何もない場所から始まる何か




「よし、今日は異常なしだな。」

日課にしている見回りの最終地点である子分の一人の家が、無事夕食の支度をしているのを確認して、イサトは呟いた。

気がつけば秋になって日暮れが早まった京の街が夕焼けに染まっている。

(うわ、やべえ。早く帰らねえと兄貴達にどやされる。)

イサトは慌てて帰りの方向を修正した。

向かった先は貴族の館が密集している地域。

ここを通るのはいやだったが、イサトの住んでいる寺まではここが最短距離なのだ。

「・・・・たく、悠長な連中だぜ。」

立派なお屋敷の中でぬくぬくと守られている貴族達がイサトは大嫌いだった。

ゥ分の身は守られているくせに弱者を平気で踏みにじる。

この末法の世で、それは増長するばかりだ。

(奴らの誰も俺達を助けちゃくれねえ。こないだ院の所へ現れたって龍神の神子だってそうだ。)

街の噂に聞いた龍神の神子という伝説の存在の事を思い出してイサトはふんっと鼻で笑った。

聞く噂は祈っているという事ばかりで、実際に神子の力をいうものを感じられた事などないのだから。

(結局、自分達の身は自分で守れって事か。)

自嘲気味にイサトが笑った、その時だった。








―― 目の前に『それ』はふわりと着地した。








「!?」

ぎょっとしてイサトは目を見開いて『それ』 ―― なんの前触れもなく上から降ってきた人間を凝視した。

薄い黄色の水干のような衣装を着て、短い茶の髪を持つその人物は、着地の時についた膝を軽くはたきながら顔を上げる。

その時になって初めて見えた顔に、イサトは見覚えがあることに気がついた。

髪も短いし、男のような姿をしているが、大きめの翠色の瞳が印象的な少女。

「お前・・・・確か勝真が連れてた女・・・・」

そう言えば数日前に会った乳兄弟が連れていた少女だ、と思い当たってついでに名前まで思い出せないかと記憶をたぐり寄せる。

しかしイサトが彼女の名前まで行き着く前に、少女のほうがぽんっと手を打って言った。

「ああ!勝真さんのお友達だ。えーっと・・・・イサキくん?」

「イ・サ・ト・だ!!」

素晴らしいボケをかましてくれる少女に突っ込みを入れると、少女はむ〜っとふくれた。

「そんなに激しく突っ込まなくても・・・・そっちだって私の名前、覚えてないでしょ?」

少女の反撃にイサトはうっと詰まった。

確かに少女の名前はいまだに思い出せていない。

どう答えようかイサトが答えに窮していると、少女ははっとしたように空を仰いだ。

「あー、こんなことしてる場合じゃなかった!早くいかないと夜になっちゃう。じゃあね。イサトくん。」

それだけ言って踵を返す少女にイサトは驚いた。

「おい!お前、どこいくつもりなんだよ?」

「どこって、イサトくんには関係ないよ。」

あっさりと言い切って少女は歩き出す。

「そりゃ関係ねえけど・・・・でも、こんな時刻に女一人で危ねえ ―― って聞けよ!おい!」

人が親切で言ってやっているのに、てくてくと歩いていってしまう少女の背中に小さく舌打ちして―― 結局、イサトは彼女を追いかけた。










少女は路地を何度か言ったり来たりしながら京の街を歩き回った。

その足取りは迷っているようでもあり、ちゃんとした目的に向かっているようでもあり、イサトはついていくしかなかった。

「なあ、どこへいくんだよ?」

もう何度も繰り返した問いに返ってきた答えも、もう何度も聞いたもの。

「別に大丈夫だからイサトくんはつきあわなくてもいいよ。」

(そういうわけにいくかよ。)

イサトは小さくため息をついた。

ここまでついてきて見捨てたなんて寝覚めが悪いし、勝真にも悪い。

そう考えて、ふとイサトは思いついた事を言ってみる。

「お前、勝真の何なんだ?あいつの家を探してんならこっちじゃねえぜ?」

イサトの言葉に少女はちょっと驚いた顔をして振り返る。

「勝真さん?別に勝真さんを探しているわけじゃ・・・・ああ、変な誤解してるでしょ。私は勝真さんに拾ってもらっただけだよ。」

「拾う?」

「気にしないで。私は普通じゃないから・・・・あ」

わけがわからない答えを返した所で、少女は足を止めた。

彼女が足を止めたのは、下町のあばら屋の間にある1つの空き地。

東寺の塔がわりと近いところを見ると、思ったより歩いてなかったのか。

そんな事を考えていると、少女が一歩空き地へ踏み込んだ。

「どうしたんだよ?」

問いかけてみても今度は答えはない。

ただ少女はサクサクとススキの生い茂った空き地に入っていく。

「おい?どこいくんだ?」

ススキの間に見え隠れする茶の髪に、ふとそのまま消えてしまうそうな錯覚を覚えてイサトは慌てて少女を追いかける。

しかし少女は空き地の真ん中辺で立ち止まっていた。

ゆっくりと空き地を見回して少女は目り゚メる。

「ここに何かあるのか?」

沈黙が着かなくてイサトが聞くが、少女は目を開けずに言った。

「ずっと未来に・・・・私の家が出来る予定。」

寂しそうに呟いて、少女は目を開けるとぽつりと言った。








「・・・・やっぱり、何もないんだ。私の場所・・・・・」








―― その時の衝動を、なんと呼んだらいいのかわからない。

ただ、少女があまりにも寂しそうで。

夕焼けに溶けてしまいそうで・・・・・気がつけば、イサトは彼女を抱きしめていた。

すっぽりと腕の中に収まってしまう小さな体をしっかりと抱きしめて、麻痺したような頭の中で繰り返す。

(消えないでくれ・・・・そんな顔しないでくれ・・・・)

「・・・・イサトくん?」

腕の中から戸惑った声が聞こえた瞬間、一気にイサトは我に返った。

飛び退くように少女を離して背を向ける。

(なっ、俺今何やった!?)

・・・・今が夕焼けで本当によかったと思う。

きっと今、自分は耳まで真っ赤だ。

「き、気はすんだのかよ?」

「・・・・うん。」

「じゃあ帰るぞ!」

照れ隠しで思いっきりぶっきらぼうに言い放つと、イサトは少女の手を掴んで歩き出した。

小さくて柔らかいその手に鼓動がうるさくなるのを感じながら。










「遅くなっちゃったね。ごめん。」

数刻前、少女が降ってきた場所まで戻ってきたところで少女は立ち止まるとそう言った。

「俺がついていったんだから気にすんな。お前こそ、こんなに遅くなって大丈夫か?」

「うん。大騒ぎになってる様qもないし気づかれてないみたい。ちょっと後ろ向いてて?」

言われた通り、後ろを向くとなにやらがさがさと木の音がして、いいよっと声がかかる。

振り返ってみれば、少女は塀の上にいた。

「お前、どうやって上がったんだよ?」

驚いて聞けば少女はにっこり笑って塀にそって生えている木を指した。

「着いてきてくれてありがとう。それから・・・・慰めてくれて。」

「!」

少女の言葉にさっきとった行動を思い出して赤くなるイサト。

その様子を見てくすっと笑うと少女は思いだしたように振り返って言った。








「花梨だよ。覚えといてね!」








「え・・・・」

イサトが顔を上げた時には、少女はもう塀の向こうへ消えた後で。

彼女が残した余韻に浸るようにたたずんだイサトは小さく呟いた。

「花梨、か・・・・」

思ったより甘い響きにイサトは少し笑って、やっと帰路についたのだった・・・・








―― イサトと花梨が、天の朱雀と龍神の神子として出会う、少しだけ前のお話・・・・














                                                       〜 終 〜





― あとがき ―
2002年初更新は自分自身の予想も裏切ってイサトでした〜(笑)
このお話は「花梨ちゃんが現代で自分の家があった場所に行こうとして脱走。それをたまたま見付けてしまったイサトが巻き込まれる」
というお話だったんですが・・・・わかりましたでしょうか?
ちょっと(かなり?)わかりにくかったらごめんなさい。
でも、実際こういう事ができるかどうかは全然わかりません(^^;)一応京ならできなくないかな〜という思いつきだけで書いたもんで。
ちなみに「上から女の子が振ってくる」は東条永遠のテーマです(意味不明・汗)
花梨ちゃんは着地をばっちり決めそうなイメージなんですが、あかねちゃんだったら絶対人の上に着地するだろ〜な〜。
それにしてもこのお話、書いてて思ったんですが先が書けそう?
京に来て出会ったのが勝真さんで、イサトくんともこんな出会い方して・・・・これは夢の三角関係創作がかけるだろうか(<夢!?・汗)
できたら書きます!