内緒のおまじない



「う〜ん、なんて書いたらいいんだろう・・・・」

今まで1度も使ったことの無いような低めの文机に向かって花梨は先刻からずっとうなっていた。

文机の上に広げてあるのは浅黄色の綺麗な紙。

そりゃあ力を入れて具現化した大事な大事な戦利品だ。

文机に、紙、ついでに花梨が指に挟んでもてあそんでいるのは筆。

となればやることは決まっている。

手紙を書こうとしているのだ、花梨は。

明日は花梨の物忌みにあたるから八葉の誰かとすごすようにと紫姫に言われてさっきからうなっているのだが、もともとがアウトドア派な花梨には上手い文章が出てこない。

しかも花梨が自分で文を書こうとするのは今回が初めてなのだ。

今までも何度か物忌みなるものは経験しているのだが、今までは筆で上手く書けない事もあって女房さんか、紫姫に代筆を頼んでいたのだ。

まあ、こちらの世界ではそういう事もわりとあることらしく誰も気にしなかったのでこれまではそれですませてきた。

では、なぜ急に慣れない筆をとりだしてきてこうして文机の前でうなっているのかというと・・・・

「う〜ん、変な手紙書いたらそっちの方が嫌われるかなぁ。」

嫌われて困る相手で、それでもなお自分で手紙を書きたい相手・・・・となればだいたいは想像がつくというもの。

そう、花梨は好きな人に手紙を書こうとしていた。

最近花梨の心の中を見事に占拠して、さっぱり出ていこうとしない地の青龍こと平勝真に。

花梨は手元の紙に目を落として、はあっとため息をついた。

「最初はひどいなあ、と思ったのになあ。」

(だっていきなり踏みつぶされそうになったし。)

いきなり馬に踏みつぶされそうになるなんて一生のうちに何度も経験するような事じゃない。

だいたいあんな怖い思いをしょっちゅうするなんてごめんだ。

(その上こっちは全然事情もわかんないのに、神子を騙るとか変な事をすると困るとか、考えてみたら結構ひどいこと言われてるよね。)

出会ってすぐ頃の勝真はぶっきらぼうで言い方も結構きつくて、しぶしぶ付き合ってくれているという感じだった。

それなのになんでだか花梨は勝真に嫌われたくなかった

出会った時に心配そうな顔をしてくれたのが印象的だったせいか、それとも別の原因だったのか・・・・予感だったのか。

今となってはわからない。

でも勝真と付き合っていく内に、彼の内面が見えてくるようになった。

ぶっきらぼうなのは実は照れ隠しとか、監視だとか大義名分をつけていたものの本当は花梨を放り出せなくて面倒を見てくれている、だとか。

1つ1つ勝真が見えていくごとに花梨は勝真を信頼するようになっていった。

(そうそう。頼りになるお兄ちゃんって思ってたんだっけ。)

時々手厳しい事を言いながらも、ちゃんと甘やかしてもくれる。

気が付けば他の八葉も全員見つかっても他の誰より彼の側が一番居心地が良くなっていた。

一緒にいたくて。

側に居て欲しくて・・・・

ありがたいことに、左胸の声は正直にその感情が何を意味するかを花梨に告げていた。










「・・・・大好き・・・・」










ぽつり、と口に出してみて。

頬に熱が集まる感覚に、花梨は慌てて両頬を手で押さえた。

もちろん誰が聞いてるわけでもないければ、見ているわけでもないのだけど。

自覚して心に住み着いた想いはまだ柔らかくフワフワしているようにつかみどころなく花梨を翻弄する。

でも・・・・

(私は京の人間じゃないし、この先どうなっちゃうかわからない。)

花梨は深くため息をついた。

八葉は全員なんとか集まったものの、彼らの力を充分に発揮させることが出来るほど自分が神子として役立っている自信はない。

それに京の気はいまだ正常には巡っていない。

先になにが待ち受けるかわからないこの状況の中で、勝真の存在はとても支えになると同時にとても不安な事の1つでもあった。

嫌われてないとは思うけれど、向こうの気持ちもわからないし・・・・

「でも、いつか・・・・伝えたいよね。」

折角心に宿った大切な気持ちだし、受け取ってもらえなくても知って欲しいと思う。

嫉妬したり、寂しかったりそんなことも全部ひっくるめて大事で、一番綺麗な気持ちだと思うから。

「へへ」

照れくさそうに笑って花梨はこつんっと文机の上の額をつける。

「あ、そうだ!」

急にそう言って花梨は勢いよく頭を上げた。

「いいこと思いついた♪」

花梨は目を輝かせて、今まで滞っていた筆をとるなり一気に文面を書き上げた。

そしてお世辞でぎりぎり読める程度という情けない文字ではあるものの、書き上がった文面を小さな声で読んでみる。

「平勝真様。
こんにちは、花梨です。
初めて自分で文を書いてみているのですごい字かもしれないけれど、頑張って読んでくださいね。
では本題ですが、明日は私の物忌みなんだそうです。
だから八葉のどなたかと一緒に過ごしてくださいと言われたのですが、できれば勝真さんに来てもらいたいんです。よろしくお願いします。」

読み終わって筆の柄を頬にあて花梨は小首をかしげる。

「う〜ん、短すぎるかなあ・・・・ま、いいや。簡潔なのはいいこと、いいこと!」

ちょっとばかり強引に納得して、花梨は最後の行の後に名前を書き込む。

それで終り・・・・と思いきや、紙の方向を横にしてさらにちょこちょこっと端っこになにやら書き込んだ。

「よし、完成♪でも、やっぱり筆で書くと変かも。」

そう呟いて花梨は愛おしそうに出来上がった手紙を見つめて微笑んだ。










―― 翌日

「おい、花梨。今日は物忌みなんだってな。文もらったから来たぞ。」

いつもながら遠慮なく部屋に入ってきた勝真を花梨は満面の笑みで迎えた。

「いらっしゃい。勝真さん。」

「ああ。調子悪いとことかないか?」

「はい。大丈夫です。」

最低限の事を確認して進められるままに腰を下ろした勝真は、向かいに座ろうとしている花梨を見てふと思いついたように言った。

「あの文は俺の好きな色と花を選んでくれたんだな。気に入ったぜ。
だが、最後の端の方に書いてあった字だけ・・・・その、読めなかったんだが、何て書いてあったんだ?」

たぶん読めなかったと言ったら花梨が傷つくと思ったのだろう。

言いにくそうに言う勝真に、花梨は逆に嬉しそうに笑って言った。

「あ、読めなくていいんです。あれはおまじないみたいなものだから。」

「まじない?」

「はい。そうですね・・・・ちゃんと相手に届くようにっていうおまじないです。」

その言葉があまりにあっさり紡がれたので、勝真は気づかなかった。

花梨は『文』が『相手に届くように』というおまじないとは言っていない事に。

「そうか。ありがとうな。」

そう言って花梨の頭をくしゃっと撫でた勝真が、その『おまじない』の意味を知るのはもう少し後になってからの事。

花梨が手紙の最後に添えた『おまじない』の言葉。

それは小さな小さな――













―― I Love You ――
















                                                 〜 終 〜







― あとがき ―
題字を打ち込んでみて初めて気づく、このタイトルのこっぱずかしさ(///)
いやあ、青臭いっすね。
なんとなく『恋する女の子』が書いてみたくて書いた創作なんで乙女ヴォルテージMAXです(笑)
とりあえず英語なら幸鷹さん以外なら偶然にも意味を知る事はないだろうなあ、と思って使ってみました。
ばれちゃった後の花梨ちゃんは恥ずかしいでしょうけどね〜(笑)
スランプ中なんでこれぐらいの壊れっぷりは見逃してやってください(切実)