眼鏡の必要性



『そんな事』を唐突に花梨が聞いてみたくなったのは、正真正銘思いつきからだった事を先に補足しておく。

で、肝心の『そんな事』とは・・・・










「幸鷹さん、その眼鏡って邪魔になったりしないんですか?」










「はい?」

読書中だったせいか急に反応できなかった幸鷹は、きょとんっとしたように首を傾げた。

まあ、さっきまで文机に突っ伏して爆睡していたと思っていた相手が唐突にそんな事を言ってきたら驚いてしまうのが普通かもしれないが。

と、思い出して幸鷹は眉間に一本皺を追加した。

「そんなことより花梨殿!女性が御簾もなしに文机にうつぶせて寝たりするなど言語道断ですよ!」

「あ、う〜・・・・えっと、それは陽気が良すぎるのが悪かったって事で・・・・」

「雨ですが?」

ざあぁぁぁぁ・・・・

これみよがしに沈黙に雨音が響く。

「あ、はははは。」

思いっきり誤魔化しモードの笑いに幸鷹は深々とため息をついた。

しばらく忙しくて5日ぶりに恋人に会いに来ていたら、人の目もはばからず爆睡していて、しかも起きたと思ったら妙な質問。

夜も寝ずに待っていて、現れた途端に可愛らしげな恨み言なんぞいいつつすがってきて欲しい、とまでは言わないけれど、せめてもう少し甘い雰囲気で迎えてはくれないのだろうか。

そこまで考えて、幸鷹は苦笑した。

(想いが通じた当時はそれだけで十分幸せだったのに、私も欲深になりましたね。)

そんな風に笑った幸鷹の反応をお許しと見たのか、花梨が再び上目遣いでちょこちょこと前によってくると覗き込んできた。

「それで、その眼鏡・・・・」

「ああ、邪魔にならないか、という話でしたね。」

「そう。だってその眼鏡、鼻の所で押さえてるんでしょ?落ちてきちゃったりしないんですか?」

「そうですね、時折・・・・。でも結構しっかり止まっているものですよ。」

そう言って眼鏡を少しずらす幸鷹に、花梨は妙に感心した顔で頷いた。

その仕草がやけに可笑しくて、幸鷹はくすくす笑う。

「でも急にどうしたんです?」

「え?うん・・・・その、私幸鷹さんが眼鏡はずしたところって見たことないなぁと思って。」

ちょっと上目遣いの、この口振りは花梨のおねだり態勢である。

なるほど、と納得した幸鷹は眼鏡に手をかけて聞いた。

「もしかして、この眼鏡を外したところが見たいということですか?」

「うん!」

思いっきり頭を縦に振る花梨が可愛らしい。

しかしそんな内心はひっこめて、幸鷹はわざと渋い顔を作って言った。

「それは・・・ダメです。」

「え?なんでですか?」

幸鷹の渋い表情にだまされたのか、断られた事に尻込みしたのか、小さくなる花梨にむくむくと悪戯心が湧いてくるのを自覚しつつ、幸鷹は花梨を見つめる。

「それは、ですね・・・・」

「それは?」

ものすごい秘密でも隠していそうな幸鷹の口調に、花梨が何の警戒もなく一歩膝を進めた・・・・その瞬間










花梨の手を勢いよく幸鷹が引っ張った!











バランスを崩して転がり込んできた花梨をしっかり抱きしめて、文句を言うより先にその唇を塞いでしまう。

・・・・もちろん、自分の唇で。

「ん!?・・・ぅん・・・・」

驚いて硬直する花梨の頭に手を回して、何度も角度をかえてはその唇を貪る。

そして固まっていた体がじょじょに、崩れて腕にその重みがかかる頃になってやっと幸鷹は唇を放した。

「は・・・はぁ・・・・・・・・ゆ〜き〜た〜か〜さ〜ん〜?」

思いっきり恨みがましい涙目で見上げてくる花梨に、幸鷹はくすっと笑う。

「ほら、じゃまではなかったでしょ?」

「え?あ・・・・で、でも!!」

眼鏡を指さされて、一瞬毒気が抜けたような顔をした花梨だったが、すぐになおも抗議しようとする。

その唇に、今度は触れるだけの軽いキスをして黙らせると、幸鷹は花梨の耳元で悪戯っぽく囁いた。






「眼鏡を外すと、貴女の事がよく見えないからはずしたくないんですよ・・・・」















                                        〜 終 〜