迷子
「う〜ん、困ったかも・・・・」 龍神の神子、高倉花梨は珍しく心底困った表情で立ちすくんだ。 周りを見ても180度見覚えのない光景が広がっているせいだ。 龍神の鈴の音に導かれるように紫姫の館を出たのは午後の事。 アクラムか千歳が呼んでいるのかもしれないと、夢中で歩き回っているうちに気付けばここにいたのだ。 ここ、といってもここがどこだかは全然わからない。 紫姫の館から南に下ってきた事は確かなのだが、京に召還されて2ヶ月程度しかたっていない花梨には整地された京といえども立派な迷路だった。 要するに花梨は完全に迷子になってしまったのだ。 「誰もいないし・・・・」 一縷の望みをかけてもう一度周りを見回してみるが、人っ子1人見えない。 まあ、考えてみれば末法の京で逢魔が時である夕暮れに出歩く命知らずな人間などいないであろう。 普段はなんとかなるを合い言葉にのほほんっとしている花梨だがこれにはさすがに頭を抱えざるをおえなくなった。 (困ったよ〜。どうしよう・・・・) 右に行っても左に行ってもさらに迷ってしまう気がして、花梨は立ち止まってしまった。 誰もいない路地で、どんどん空が茜色から藍色へと変化していく様子を見ながら花梨は途方に暮れる。 京の夜はまさしく闇の世界だ。 ネオンが輝き街灯の灯った夜ならばまだしも、こちらの夜は真っ暗で来たばかりの頃は恐かったというのにそんな闇に取り残される。 それを想像して花梨はぶるっと身を震わせた。 いくら時が止められているとはいえ、秋の深まった夕暮れの外気は容赦なく花梨の体温を奪う。 ひどく心細くなって花梨は路地の壁際に身を丸めてしゃがみ込んだ。 (そういえば昔はよく迷子になってお母さんやお兄ちゃんが迎えに来てくれたっけ・・・・) 目線が下がった事で小さな頃の事を思いだして花梨は溜め息をついた。 どうも方向感覚が弱いらしく小さな頃から迷子になっていた自分。 それをどうやって見つけてくれるのか、迎えに来てくれた家族はこの世界にはいない。 そう思うと余計に世界に1人取り残された気がして花梨は泣きたくなった。 どこへも行けない、どこへ行ったらいいのかわからない・・・・そんな気分はこの世界に来たばかりのようで。 ・・・・ふと花梨の脳裏をオレンジ色の髪の青年が過ぎった。 この世界に来たばかりで右も左もわからない花梨を見つけてくれた人。 口は悪いし態度はぞんざいだけれど、本当は優しくて面倒見のいい・・・・花梨の好きな人。 見つけてくれるだろうか、彼なら。 見つけて欲しい、と思った瞬間切なさと心細さが一気に溢れ出してきて花梨はとうとう顔を覆った。 (勝真さん・・・・勝真さん・・・・!) 「花梨!!」 耳を打った声に花梨は弾かれるように顔を上げた。 その瞳に映ったのは路地の向こうから走ってくるさっき自分が呼んだ青年の姿だった。 それを認識した瞬間、花梨は走り出していた。 そしてそのまま走ってきた勝真の胸に飛び込んだ。 「うわ?!」 驚いた声をあげるものの、なんなく勝真は花梨を受け止める。 「やっと見つけたぜ、まったく・・・・花梨?」 耳元で聞こえる声があまりにも望んだ声で、自分を包んでくれる腕があまりにも暖かくて力が抜けると同時に花梨の涙腺が一気に緩んだ。 「・・・っく、ふえ〜ん」 情けない嗚咽付きで泣き出してしまった花梨の背中を勝真がぽんぽんと叩いてくれる。 「たく、しょうがねえ奴だな。」 呆れたような言葉もとても優しくて、花梨はますます勝真の胸に顔を埋めて泣き続けた。 「で、落ち着いたか?」 「・・・・はい。」 やっと泣きやんだところで勝真に聞かれて、花梨は小さく頷いた。 「そりゃよかった。・・・・で、何でお前はまだくっついてんだよ?」 ごくごく当たり前の質問なのだが、花梨はうっと詰まった。 「・・・・だって・・・・」 「ん?」 「だって・・・・思いっ切り泣いちゃって、目も腫れっちゃったし・・・・きっとすごく可愛くないから、見せたくない・・・・」 その答えを聞いて、勝真はぶっと吹き出した。 「ばか。このままじゃ帰れないだろーが。ほら見せて見ろよ。」 言うなり顎をすくわれて強引に仰向かされてしまえば花梨にはどうする事もできなくて、ただ最後の抵抗に顔を背けてみる。 が、あっさりその顔を真っ直ぐにもどすと勝真は泣いてちょっと赤くなった花梨の瞼に軽く口付けを落とした。 「!」 真っ赤になった花梨の額にもおまけ、とばかりに口付けをして勝真は花梨を離すとにっと笑って言った。 「あのな、お前が何度迷ってもどこまで行っても俺が見つけてやるから、飛びついて泣く相手は俺だけにしておけよ?」 意味を理解するより先に反射的に頷いた花梨に苦笑しながら勝真は背を向ける。 「じゃあ帰るぞ。」 そう言った勝真の耳がほんのちょっと赤くて・・・・ 花梨はさっきまでとうって変わって心に溢れてきた嬉しさにくすくす笑い出す。 「なんだよ?」 不機嫌そうに振り返る、そのタイミングで花梨は思いっ切り背伸びをすると勝真の頬にさっきのお返しをした。 「!か・・・・」 「勝真さん、見つけてくれてありがとうございます!」 満面の笑顔でそう言われて、勝真は赤くなった顔を手で覆う。 しかしすぐにその手で花梨の髪を梳くと優しく呟いた。 「何度でも見つけてやるよ・・・・」 そっと傾けられた勝真の髪越しに、あれほど恐ろしかった夜の闇を満天の星空が照らしているのが見えて・・・・ほんの少し、迷子も悪くないと花梨は思ったとか。 〜 終 〜 |