そんなきっかけ
「・・・・まったく・・・・」 心底呆れたように勝真が呟いたのは、初秋の日差しが気持ちのいい午後。 腕を組んで見下ろした枝振りのいい楓の根本には、ぐーすか眠りこける少女が一人。 この京での『女』という概念をことごとく裏切っている外見を持ったその少女は。高倉花梨。 星の一族の姫が龍神の神子だと言い張る娘だ。 もっとも勝真としてはそれについては半信半疑でどっちかというと幼い星の一族の2人が何も知らない少女を巻き込んで何かやらかさないか心配で様子を見に来ているというのが現状だ。 (しかしまあ、よく寝てんな。) 目の前に人が立とうと一向に気づく様子もない花梨に呆れを通り越して感心すらしながら勝真はしゃがみ込んだ。 そうすると木によりかかって眠っている花梨とぐっと視線が近くなる。 「おい、紫姫が半狂乱になってたぜ?」 さっき屋敷に入った時に大混乱に陥っていた紫姫とそのおかげで猛烈に不機嫌だった深苑を思い出して呟いてみるも、花梨に反応はない。 ちなみに花梨が寝っこけているこの楓があるのは糺の森でもなければ北山でもない。 四条の紫姫の屋敷である。 身分の有る女性は滅多に屋敷の外に出ないという常識があるとはいえ、目と鼻の先で寝ている人間を大騒ぎで捜している図というのはなかなか間抜けだ。 (さっさと教えてきてやるか。) そう思って立ち上がりかけた時だった。 「・・・・む〜〜〜〜・・・・・」 呻きに近い声に勝真は花梨に目を戻した。 見れば花梨は眉間に皺を寄せていた。 どちらかというと童顔な花梨が難しい表情をしているそのミスマッチさに思わず吹き出しそうになる。 何の夢を彼女が見ているのかはわからないが、好きなお菓子を目の前に2つ並べられてどっちか選べと言われた時の子どものような表情に見える。 (こんな奴が神子って事はないだろ。) 悪意ではなくそう思ってしまって勝真は苦笑した。 院のもとにいるという自分の妹は昔からどこか近づきにくい印象を持つ美少女だった。 10を過ぎた頃から会っていないので今のことはハッキリは言えないが、あのまま育っているとすればさぞ神秘的な娘になっているだろうと思う。 そういう娘が神子だと言えばそれだけで例え本物でなくてもみんな信じる気になるだろう。 だが、目の前で寝ている少女はどう見ても変わり者のごく普通の少女にしか見えない。 (しかもガキっぽいしな。) 感情を思いっきり顔に出す花梨はこっちの女性に比べてずっと幼く見える。 それが悪いとは言わない。 けれどやっぱりどう考えても百年前に奇跡を起こしたという『龍神の神子』の再来とは思えないのだ。 彼女の言動からこちらの世界の人間ではない、というのは何となく信じ始めてはいるのだが。 (まあ、紫姫達が納得するまで付き合ってやればいいか。) 勝真の花梨に対する感情はその程度のものだった。 京識として最低限の職務、ただそれだけ。 (こいつも悪い奴じゃないし。) そんな風に考えながら花梨に目を戻せば相変わらず難しい顔をしたまま、うんうん唸っていた。 「本当に、なんの夢を見てるんだか。」 苦笑して勝真は何の気なしに花梨の眉間に手を伸ばした。 そして似合わない眉間の皺に指を押しつけて言う。 「眉間の皺は癖になんだぜ。」 聞こえていないとわかっていながらにっと笑って勝真が手を離そうとした、その時 花梨が勝真の手首を掴んだ。 「!?」 ぎょっとして見下ろした勝真の目に映ったのは、ちょどふにゃっと緩んだ花梨の寝顔だった。 「―――――――――――――――――」 一瞬、勝真は息を止めた。 どうやら起きたわけではないらしい花梨は相変わらずくうくうと寝っこけている。 でも、何故か勝真の手首をしっかり掴んだまま。 何故か、安心しきったような柔らかい寝顔で。 その顔を見た途端、今までに無かった感情が一気にわき上がってきて勝真は驚いた。 ついさっきまで眉間に皺を寄せて悪夢に苦しんでいたのに、自分の手を掴んだ途端に安らいだ顔を見せた少女に感じたのは・・・・ (・・・・か、可愛いんじゃないか、こいつ・・・・) なんだか無条件に子どもに信頼を寄せられた時のように、心の中が暖かくなるような感情に勝真は空いている片手で髪を掻き上げた。 (ああ、まったく・・・・!) 花梨はガキっぽい。 表情を表に出して疑うこともせずに勝真に懐いてくる。 そんな様に不快感は抱かなかった。 むしろ気に入っているとは思っていたが、それだけですんでいたのに。 いざ何か大きな問題でも起こしたなったら検非違使にでも渡してしまえばいいと思っていたのに。 (こんな風にされちまったら放っておけねえだろうが。) こんな風に無防備にされたら、そんな事を考えていた自分がまるで極悪人のように思える。 しかもその上 「・・・・ん・・・・」 ずっと勝真の手首を掴んでいたので手がだるくなったのか、花梨が小さく呻く。 それでも勝真の手首を離そうとしない花梨に勝真は小さくため息をついた。 そしてゆっくり花梨の手をもう一方の手で外すと戻すのではなく、捕まれていた手でもう一度握り直した。 それから細心の注意を払って花梨の隣に座って自分も木によりかかると、花梨の頭を自分の肩に乗せてやった。 花梨の体温が自分の右側にかかって、勝真は苦笑する。 眠っているとはいえ完全に頼られているという感じがくすぐったい。 そして、無条件に守ってやりたくなる。 この少女が辛い目に遭わないように、笑っていられるように。 それはなんだか兄とか父親のような心境だった。 「俺はまだ親父って年じゃねえんだぞ。」 ひとりごちて、ちょっと花梨を見た勝真は微笑んだ。 気持ちよさそうな花梨の寝顔に、最初にここで花梨を見つけた時に感じた呆れ以外の感情を感じている自分の心境の変わりように笑いがこみ上げてくる。 「しょうがないか。俺が拾ったんだしな。」 呟いて勝真は視線を上に向けた。 膝の横でちゃんと繋がれている手から伝わる体温がなんだか眠気を誘った。 ふわあっと欠伸を勝真は目を閉じる。 微かに、母屋の方から深苑の怒鳴り声のようなものが聞こえたが、それは無視しておくことにする。 今は疲れているらしい花梨を休ませてやるのが一番の目的にいつの間にかすり替わっていた。 (後で一緒に怒られてやるよ・・・・) すごく過保護な気がするが、それも悪い気がしなくて。 大切な宝物でも見つけたような気分で勝真もゆっくり眠りに落ちていった・・・・ ―― これ以後、まさしく過保護な兄貴と化した勝真のせいで、花梨の特別な想いを寄せた八葉達が多いに苦労したとか、しないとか。 〜 終 〜 |