―― 時折、どうしようもなく思い知らされる

              ・・・・あいつがいつかはいなくなる存在であることを・・・・










風の後ろ姿










師走も中程になった晴れた日に、伏見稲荷に2人の人影があった。

「雪が積もってるのも綺麗なんですね!」

楽しそうに歓声を上げる人影は少女 ―― 今では京を二分していた両勢力から認められる龍神の神子、高倉花梨。

さくさくと真っ白な雪を踏むことに夢中な花梨の後ろから、半ば呆れたようにやってくる青年は彼女の守護者たる地の八葉、平勝真であった。

「花梨、あんまりはしゃいでると転ぶぞ。ただでさえ何もない所でも転ぶんだからな。」

「何もない所で転んだりなんかしませんよ!」

「ほお、じゃあこの間神護寺に行った時に何もないそりゃあ平坦な道でつまづいて前にいたイサトまで巻き添えにして転んだ奴は誰だ?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・あ、あの時は足下に小石があったんです!!」

先日の失敗を持ち出されて最後の抵抗のように必死に言い返してくる花梨の額を追いついた勝真はちょいっと小突く。

「じゃあ小石でもつまづいたんだから雪の上はもっとよく滑るぜ。気をつけろよ。」

「うう・・・・はい。」

耳を伏せてしまった子犬のようにしゅんとした花梨を見て勝真は小さく笑ってしまう。

いつもながら喜怒哀楽がはっきりとわかる少女だ。

「まあ、俺の手の届く範囲にいるなら別にいいけどな。こける前に捕まえてやる。」

「じゃあこの辺ならいいですよね!」

勝真の許可をもらったなり、ぱっと顔を輝かせて再び雪を踏み始める花梨。

それを見ながら勝真は1つため息をついた。

こうして踏まれていない雪を探しては踏んではしゃいでいる花梨はどこから見ても普通の少女に見える。

むしろ幼いぐらいのどこにでもいるような娘に。

・・・・でも勝真は知っている。

花梨がただの少女ではない事を。

その身の内に確かに龍神という伝説の神の力を宿している神子なのだと。

初めてあった時はこちらの事は何もわからない様子で、困ってる少女を見捨てるわけにもいかないから手を貸してやるか、と思っただけだった。

それなのに花梨は次々と伝説の再来を思わせる力の片鱗を見せた。

常人には感じることすら難しい五行の力を操って怨霊を倒し、八葉を集めて、ついには怨霊を封印するまでになった。

それでもけしておごることなく、真っ直ぐにひたすらに京のために戦ってくれる。

・・・・そんな彼女に勝真は惹かれた。

今まで誰も理解してくれなかった勝真の居心地の悪さを理解し、どうしても開かなかった未来をあっさりと勝真に見せてくれた花梨。

自分だったら嫌になって逃げ出してしまいたくなるような辛い状況でもけして諦めることをしない彼女を見守っているつもりが、気が付けば目が離せなくなっていた。

いつも側にいたくて、誰よりも自分が守ってやりたくて、暇さえあれば花梨の所へ行くようになって・・・・そして気づいてしまった。

―― 花梨はいつかけして手の届かない所に還っていく存在であると。

きりっと胸が痛んで、勝真は舌打ちをするといつの間にか下に向いていた視線を上げた。

そうすれば必然的に飛び込んでくるのは、夢中で雪で遊んでいる花梨の姿。

いつの間にか背を向けている花梨の後ろ姿は小さくて、特別なものはなにも感じられない。

(このまま抱きしめて・・・・繋ぎとめてしまえたら・・・・)

天女の羽衣を奪うように、どこへも行けないように。

とても簡単な事に思えた。

手を伸ばせば届くところに、花梨はいるのだから。

(側に居て欲しい。離したくない!)

何度も、何度も荒れ狂う想いに突き動かされるように、勝真の手が花梨に向かってゆっくりと伸ばされる。

その時










風が吹いて










―― 花梨が振り返って笑った










ああ、こんな時だ。

花梨がけして捕らえることのできない、神聖な風であると思うのは・・・・。

「勝真さん?」

片手を持ち上げたまま、動かない勝真を不思議に思ったのか花梨がぱたぱたと駆け寄ってくる。

その姿はやっぱりただの少女で、さっきの神聖さは感じ取ることは出来ない。

それでもたった一瞬で十分だった。

捕らえることのできない風、ただ胸を通り過ぎ人の追いつけないどこかへ去ってしまう風に恋してしまった事を知るには。

「・・・・ないんでもない。」

なんとかそれでけ絞り出して、勝真は伸ばしかけていた手で花梨の前髪をくしゃっとかき回した。

「ひゃあ、なにするんですか!」

驚いて首をすくめる花梨の額を軽く弾いて、勝真は笑った。

「何を気取ってんだか。さあ、そろそろ帰るぜ。結構いたから冷えただろ。」

「え〜」

不満そうに唇をとがらせる花梨の手を捕まえてみれば、やっぱり冷たく冷え切っていた。

「ほらこんなに冷たくなってるぜ。風邪でもひかれると俺が八葉(ぜんいん)に責められるんだよ。」

「はーい。」

名残惜しそうにしたものの、花梨は大人しく勝真に並ぶように歩き出した。

繋いだ手は離さぬままに。

ゆっくりと同化していく手の体温は胸が痛くなるほどの愛おしさと、同じぐらいの切なさを与える。

いつまでも繋いでおくことはできない、手。

いつかは還さなくてはいけない手。

それでも、今だけは・・・・

「花梨」

名前を呼ばれて答える代わりに首を傾げて見上げてくる花梨を、少しだけ見つめて、勝真はゆっくりと微笑んで言った。

「ゆっくり・・・・帰ろうな。」










―― いつかはすり抜けていく風

        それでも、風を愛した事だけは消えることはけしてない・・・・












                                                        〜 終 〜







― あとがき ―
遙か2にしては珍しい切ない系・・・・のつもりで書いたんですが思った以上にヘタレました。
う〜ん、花梨ちゃんってなんとなく「風」っていう形容がとっても似合う感じがするんですよね。
それでちょっとこんなお話を書いてみたんですが・・・・あ〜文才が欲しいっす(^^;)
ほんのちょっとでも勝真さんの切ない想いを感じていただければ幸いです。