悪戯な彼と戸惑う彼女
「・・・・・・・」 「・・・・・あ、の」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・えーっと」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・イサトくん?」 目の前で無言の沈黙を積み上げているイサトを布団の中から顔を半分だけ覗かせて、花梨が見上げる。 その視線にちらっとだけ目を向けたかと思うと、イサトはぷいっと顔を背けてしまった。 そして一言。 「俺は怒ってんだからな。」 「うっ・・・・」 取付くしまもないイサトの言い方に花梨は思わずうめいた。 そんな花梨に容赦のないイサトの言葉は続く。 「俺は言ったぞ?雪の日に薄着で外出すんなって。なのにいつものまんまで出かけやがって。しかも俺に声をかけりゃ付いて行ってやったのに、一人で頼忠追いかけて行って、帰ってきたと思ったらびしょ濡れで・・・・そんなん、風邪引いて当たり前だっっ!!」 最後にはほとんど怒鳴るような声に、花梨はますます小さくなって布団に首を引っ込めた。 確かに、イサトの言うことは一理ある。 昨日、いつもと明らかに様子の違う頼忠に慌てたとはいえ一人で頼忠を追いかけて、考えなしに彼を追いかけて真冬の凍る寸前の池に入ってしまったのは自分だ。 いくら頼忠がすぐに着物を貸してくれたからといっても、真冬に水になど入れば現代の充実した暖房事情の中でぬくぬくと育っていた花梨が風邪を引くのは当たり前。 しかもイサトがこんなに怒るのは心配してくれているのだとよくわかっている。 わかっているけれども・・・・ 「・・・・イサトくん〜」 再び、びしっと眉間に皺を刻み込んで枕元で黙ってしまったイサトを見上げて花梨は実に情けない声を出してしまう。 口に出すのはちょっと・・・・否、かなり怖いが確かめなくてはならないという気持ちもあって、かなり恐る恐る、花梨は尋ねた。 「なんで・・・・そんなに怒ってるの?」 瞬間、ぴくっとイサトの肩が跳ねたのを花梨は見た。 そう、今日のイサトは心配をして怒っているを明らかに通り越している不機嫌さがあったのだ。 花梨が風邪で倒れた事を聞いて朝飛んできてくれたものの、来てからこちらは花梨の側に座ったままブスッとしている。 時折口を開けば花梨を叱るセリフばかり。 怒りながらも側にいてくれるところを見るに、嫌われたとか呆れられたとか言うことはなさそうだが、このままではいつまでたっても針のムシロだ。 風邪は治っても胃に穴があくかもしれない。 というわけで決死の覚悟で聞いた花梨だったのだが、イサトは肩を跳ね上げた後、なぜか無言で花梨に背を向けてしまった。 「イサトくん?」 急に思いっきり拒絶したようなイサトの態度に、花梨は慌てる。 「何か、いけないこと聞いた?」 不安げに聞いてみても、返事はない。 こちらに向けられっぱなしの背中に花梨はじわっと自分の中に嫌な気持ちが広がるのを感じた。 (もしかして・・・・嫌われた?) さっと全身の血が引くような感覚に襲われる。 風邪のせいでぐらぐらする頭が余計にぐらぐらして、花梨は思わずイサトの袖を掴んだ。 「イサトくん・・・・・」 不安で、不安で、少しかすれるような小さな声しか出なかったけれど、効果は――あった。 イサトがぎょっとしたように振り返ったのだ。 「おい、何・・・・泣いてんだよ!?」 「え?」 言われて、初めて花梨は自分の目尻から涙が伝っている事に気が付いた。 「だ、だってイサトくんがぁ・・・・」 「あー!泣くなよ!泣くなって!!」 「そんな事言ったってとまんないもんっ。イサトくんのあほー・・・っく・・・・・」 一端意識してしまうと、逆にどんどん悲しくなって涙を止められなくなった花梨がイサトの袖口を握ったまま文句を言う。 それを困ったような、苦々しい表情でイサトは見下ろす。 そして ふいに、花梨の身体がぐいっと引っ張られた。 「!?」 驚いて目を見開くより先に、花梨の身体がイサトの腕の中に転がり込む。 その感触と、いきなり起こされてくらくらする感覚に目を白黒させる花梨の耳元で大きなため息がつかれた。 「お前・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 妙に感情のこもらない言葉に、花梨は良くない先を予測してきゅっと目をつむった。 と思った時、抱きしめていた腕が急にぎゅっと強くなったかと思うと、耳元に囁かれた言葉は 「鈍感」 「なっっっ!」 さすがにこれにはかちんっと来て花梨はイサトの腕の中から抜け出そうとじたばたともがく。 しかし、時すでに遅し。 さっきしっかり捕まえられているので、イサトの腕はゆるみもしない。 「離して!」 「いやだ。」 「離してってばー。イサトくんの馬鹿ー!」 「あほの次は馬鹿かよ。」 「人にいきなり鈍感なんて言う奴は馬鹿で十分!」 「鈍感だから、鈍感っつったんだろ。お前、本気で俺がなんで怒ってんのかわかんないのか?」 「え・・・・・?」 思いの外冷静なイサトの言葉に、花梨は急に顔を上げた。 途端にぶつかったのは・・・・なぜか、うっすら赤いイサトの顔。 (なんで怒ったか・・・・?) 少し首を傾げて、花梨はなんとか事の次第を整理しようと昨日の出来事を思い出してみる。 (昨日は・・・・頼忠さんが北山に行ったって聞いて、なんだかわからないけど大変な事っぽかったから慌てて追いかけて・・・・それから北山で池に入っていく頼忠さんを止めて・・・・色々あったけど送ってもらって帰ってきたらイサトくんに会って・・・・・・・・・・あ) 「まさか・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「イサトくん・・・・妬いた?」 「ああ、そうだよ!」 自分で言っておきながら、なんとなく半信半疑だった花梨は耳元でやけくそ気味に叫ばれて、大きく目を見開く。 と思ったらいきなりイサトの胸に頭を押しつけられた。 「ぶっ!な、なにするの〜。」 「俺の顔、見んなっ。」 「やだ!見たい!」 がばっと気合いで首をあげた花梨の目に映ったのは、耳まで真っ赤なイサトの顔だった。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜///」 ――現金な物で、赤くなった顔をかくそうとそっぽをむくイサトを見ているうちに、さっきまで冷え切っていた心の中がどんどん暖かくなっていくのを感じて、花梨はこらえられなくなったようにくすくすと笑いを漏らす。 「お前は〜〜〜〜〜〜///」 気恥ずかしさと、照れくささでイサトは花梨の額にグリグリと自分の額を押しつける。 「ごめん〜。だって、イサトくんすごく可愛いんだもん〜。」 「呑気な事いいやがって。」 「だって・・・んっ!」 まだ笑いが零れてきてしまうといった風だった花梨の唇をイサトが手っ取り早くふさぐ。 軽くふれるような、イサトらしい軽快なキスの効果は絶大で。 反対にかあっと目に見えて赤くなる花梨の耳元に、わざと唇を寄せるとイサトは吹き込むように囁いた。 「早く、治せよ。風邪。それと・・・・」 「今度俺以外の男と二人で出かけたりしたら、こんな口付け(こと)じゃ・・・・済まないからな?」 意地の悪い響きを含んだ最後の言葉に花梨は思わず耳を押さえて飛びすさってしまった。 「な、な、な、な・・・・」 あまりに普段のイサトと違う声が耳にこびりついたように残って、際限なく上がっていく心拍数に花梨は真っ赤になる。 そんな花梨を見てイサトはいたずらっぽく笑って言った。 「あれ、顔真っ赤だぜ?熱があがったか?じゃ、紫姫を呼んできてやるよ。」 そう言うなりさっさと立ち上がって部屋を出ていってしまうイサト。 その後ろ姿が完全に縁から消えた後に、我に返った花梨はこれから慌てて駆けつけて来るであろう紫姫に現状をどう説明したらいいのか、という難題が突きつけられた事に気づいて頭を抱えた。 (あああああ、もう、ホントに・・・・) 「イサトくんの馬鹿ーーーーーーー!!!」 叫んだ後に、花梨は心底可笑しそうなイサトの笑い声を聞いた気がした・・・・ ――風邪が完治した後、花梨が他の八葉と二人きりになることを極度に警戒し始め、イサト以外は全員首を捻ることになったとか。 〜 終 〜 |
― あとがき ―
・・・・黒イサト・・・・??(笑)
いや、久しぶりだったんでイサトのキャラクターがちょっと間違ってます(^^;)
でもイサトはイノリより大人なイメージなんで、たまにはこんな確信犯系もいいかな〜なんて。
素直なイサトくんじゃなきゃ嫌だという方。
本気でごめんなさい(汗)
ついでに書き終わってみたら幸鷹×花梨の「意地悪は何の裏返し?」にやたら似た落ちに(大汗)
意図的じゃなかったんですけどね〜。
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