意地悪は何の裏返し?



「あ、あのぅ・・・・幸鷹さん・・・・?」

「はい?なんでしょう?」

にこにこにこにこ

―― これだけ見ればひじょ〜に穏やかなシーンがこれから展開されるであろうと思った方も少なくないはず。

場面も初冬の昼下がり、文机に向かっている花梨と机を挟んで向かい側でにっこりと笑っている幸鷹は最近できたばかりの恋人同士・・・・とあれば、本来ならその想像は正しい。

だがしかし、幸鷹の満面の笑顔を見た花梨の心の中には一瞬にしてブリザードが吹き荒れた。

(ひっぇ〜〜〜、こ、怖いよぅ【泣】)

幸鷹は笑っている。

確かに笑っているように見える・・・・のだが、眼鏡ごしに見える目が明らかに笑っていないのだ。

幸鷹の周りを包む空気もどす黒く見えるのは、多分花梨の気のせいではあるまい。

「ナ、ナンデモアリマセン。」

死ぬほどぎこちない言葉を返して慣れない筆を握りしめる花梨に幸鷹はにっこり一言。

「そうですか。では集中してすませてくださいね?あと2875文字書き写さなければなりませんよ?」

(お、鬼ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜【号泣】)










―― 今現在の花梨の状況をわかるには時間をしばらく戻さなければならない。

それは今朝の事。

いつものごとく紫姫と一緒に朝餉をすませ、さて今日はどうしようか〜?とのほほんっと会話をしているさなか女房の一人が幸鷹が来たことを告げた。

『幸鷹さんが?早いね〜。うん、来てもらって大丈夫だよ。』

朝から恋人に会える事に喜びながらためらいもせずこう答えてしまった事を、ゆうに5分後花梨は激しく後悔する羽目になった。

女房の案内で姿を現した幸鷹は両手になぜか3本の巻物を抱えてにっこり笑ってのたまわってくださったのだから。

『おはようございます、神子殿。さっそくですが本日は神子殿の残念ながら読みにくいとしかいいようのない文字の改善のため写経をしていただきます。』

と。

で、現在の文机挟んで蛇に睨まれた蛙状態という状況になっていたりする。

だが、本来の花梨であれば理由も言わずいきなり苦行を押しつけられたところで絶対にやらなかっただろう。

ちゃんと意味がわかれば反発はしない花梨だが、何かを押しつけるようにやれと言われるのは花梨の最も嫌うところだったから。

もちろんそれが恋人だろうが誰だろうが同じ事。

しかし花梨は幸鷹の宣言に数秒無言で蒼白になったものの、大人しく文机に向かい昼近くなる今まで必死にともすればはねる墨と格闘しつつ筆を動かしている。

コレは一体ドウイウコト?

・・・・実はあるのだ、花梨には。

幸鷹がこんな行動に出た理由の心当りが。

「・・・・・・・・幸鷹さん・・・・・・・・・・」

「なんでしょうか?」

相変わらず笑顔を崩さない幸鷹にめちゃめちゃ怯みつつ、花梨は聞こえるか聞こえないか怪しいほど小さな声でぼそっと言った。

「・・・・そんなに・・・・・昨日の事、怒ってるんですか・・・・・・?」










「は?いいえ。そんな事があるはずがないじゃないですか。
昨日、神子殿が翡翠殿と二人っきりで私が文をお届けすると言っていたことも綺麗さっぱり忘れて遠乗りに行っていて、あまつさえ部屋まで送ってきた翡翠殿に甘い言葉を囁かれていたなど、私は
これっぽっち全然ちっとも気にしておりませんよ。」










(ひえ〜〜〜、しっかり気にしてる〜〜〜〜〜〜〜〜〜!)

壮絶なまでに美しい笑みで言い切られて花梨は背筋を嫌な汗が伝うのをしっかり感じた。

(こんな事なら昨日勇気をもって翡翠さんのお誘いを断っていくんだったよー)

馬に乗せてくれると言われて面白そうだな、と思って頷いてしまったのがまずかった・・・・と今更いくら悔やんでみてもやってしまったことは仕方ない。

それに昨日は幸鷹が仕事があるかもしれないから行けるかわからないと言っていたので暇だったというのもあったのだ。

行けそうであれば文を送りますと言っていたけれど、ちょっぴり花梨は拗ねていた。

だからナイスタイミングで誘ってくれた翡翠さんのお誘いにけろっと乗ってしまったわけで・・・・

(幸鷹さんだって悪いんだよ!?仕事熱心なのはいいけど、いっそ来られないって言ってくれれば出かけられたし一人で待ってる寂しさだって感じずに済んだのに、そのへんの事全然わかってないんだから!
ある意味、私も怒っていいと思うんだけど・・・・)

恨みを込めた目でちらっと幸鷹を見上げる。

が、相変わらず腕組みをして本来在るはずのない笑顔用効果音(例・にこにこにこ)が聞こえるぐらいの表情をしている幸鷹の顔に到達する前に口元を引きつらせて文机の上に視線を戻した。

そしてはんベソに近い状態で情けなくため息をついて筆と紙との格闘戦を再開した。

―― 結局のところ、自分の方がまずかったことをちゃんと認めている花梨だった。










(・・・・まったく、子どもじみた事をして。)

文机に向かっている花梨を見ながら幸鷹は彼女に気づかれないように小さくため息をついた。

といっても彼女の事を言っているのではない。

子どもじみた事をしているのは、自分。

花梨はなんの邪な思いもなく(翡翠の方には大有りだったと断言できるが)遠乗りに行ったであろうに、それがわかっていてもどうしても素直に受け入れられない自分。

でも・・・・

(不安なんですよ。まるで奇跡のように私の手に降りてきてくれた貴女がいつか同じようにふいに誰かの手にうつってしまいそうで。)

だからほんの少し意地悪をして確かめる。

こんな事をしても付き合ってくれるぐらいは、まだ花梨が自分を想ってくれると。

(本当は怒ってなどいませんよ。ただ・・・・こんなくだらない嫉妬に狂うほど、貴女を愛しているだけなんです。)

ふっと今日初めて貼り付けた偽物ではなく本物の優しい笑みを目に滲ませて、幸鷹は花梨を見つめた。

半分泣きそうになりながら、一番苦手な毛筆に取り組んでくれる姿は『ちゃんと好きです』という答えと同じ。

一生懸命に頑張っている姿が可愛くて、もう許してやろうかという考えもちらっと脳裏をよぎったがそれは心の隅に片づけておくことにする。

(なんせ昨日貴女が翡翠殿と出かけたと聞いてから私の仕事は一向にはかどらなくて夜通しかかってしまったんですから、もう少し反省してもらいましょう。)

彼にしてはめずらしくいらずらっぽく微笑んで、相変わらずミミズ字を大量生産している花梨に言った。

「さあ、頑張ってください。あと2856字ですよ。」

「うっ!く〜〜〜〜〜〜・・・・【泣】」

「全部終わったらご褒美をさし上げますから。」

それまでにない言葉に驚いて花梨は顔をあげる。

その何か言いたげに半開きになった唇に人差し指で軽く触れて、幸鷹はにっこり笑った。

「楽しみにしていて下さい。」










―― 2856字書き終わった後のご褒美が何だったのか。

―― それはまだまだ初々しい恋人同士の秘密らしい。















                                                        〜 終 〜









― あとがき ―
やっちまいました、初の天白虎創作ですよ。
ひ〜、いいのかこんなんで〜〜〜〜〜(><;)
鷹通か幸鷹だったら幸鷹の方が書く確立は高いかな、なんて思っていたんですがやっぱりでした。
いや、別に天白虎が嫌いな訳じゃないんですよ?
ただ私的にネタが浮かばないってだけで!(<必死)
まあ、たまにはこんなテイストもいかが?ってかんじで。