迷惑な家出
「花梨が家出してきたってホントか!?」 バタバタと貴族の家には不似合いきわまりない足音を立てて駆け込んできたイサトを向かえたのは、6人の男達と一人の少年、完全に困り顔の紫姫。 そして紫姫をぬいぐるみよろしくぎゅっと抱きしめた元龍神の神子、花梨だった。 その花梨の泣きそうな、でも瞳の奥では怒りがくすぶっている表情を見た瞬間、イサトは紫姫の使いが今朝持ってきた「神子様家出」の知らせが嘘でない事を悟った。 そして思わずため息をつくと、連鎖反応的に幸鷹、彰紋、泉水も同じようなため息をつく。 「なんだって、家出なんかしてきたんだよ?」 座り込んだままの彼女に目線を合わせて問うても何故か花梨は口を開かない。 ちらっと周りを見回せば側にいる全員が同じ結果を予測している目で頷き返してきた。 (やっぱり「あいつ」のせいだよなあ、これはどうみても。) 「あいつ」・・・・こと、現在の花梨の家の主人であり今この場にいない元八葉、平勝真の顔を思い浮かべてイサトはため息をついてしまった。 ―― 花梨と勝真が出会ったのはもう、1年ほど前になるだろう。 龍神の神子としてこの京に召還されてきた花梨と最初に出会った八葉が勝真だったのだ。 以来彼女は何かにつけて勝真を頼るようになり、勝真は勝真で花梨を大事に思うようになった。 その想いが恋愛感情に変わる誰も止めることはできなかった。 八葉の他の者達もそれぞれがそれぞれなりに花梨を特別に思っていたが、花梨の「特別」から勝真を引きずり下ろすことはできなかったのだ。 そして結局彼女は龍神を呼び京を平常に戻した後、土壇場になってやっと花梨に想いを告げた勝真と無事に結ばれ、今は彼の妻として平の屋敷に北の方として住んでいる。 それはもう周囲が羨んでも足りなくて、ちょっとグッタリするぐらいに仲睦まじいと評判の若夫婦である・・・・はずなのだが。 「だいたい今回に限って何でここまで家出してきたんだ?いつもなら千歳の所へ行くだろ?」 どうも直球でも口を割りそうにないと判断したイサトは次に抱いていた疑問を口にした。 今まで花梨と勝真が喧嘩をしなかったわけではない。 というか、実はよくするのだがだいたい花梨が転がり込む先は元黒龍の神子であり今は花梨の親友になっている平千歳の所であった。 花梨を溺愛(?)している千歳は花梨が転がり込んでくるたびに、それは気合いを入れて守ってくれるせいで謝りに行っても門前払いを食わされる勝真のフォローをさせられた元八葉もいる。 「・・・・だって・・・・」 今まで一言も発せずに黙っていた花梨が口を開いたので一斉に全員が彼女を見る。 「・・・・だって、千歳まで勝真さんの味方なんだもん・・・・」 「「「「「「「「「????」」」」」」」」」 千歳が勝真の味方? ますますわからなくなって全員が首を傾げる。 「ということは千歳の所へも行ったのか?」 泰継がぽつりと聞くと花梨は頷いた。 「最初はそっちの方が近かったし、そっちへ行ったんです。でも話しをしたら千歳まで兄様の言う事の方が正しいなんて言って・・・・だから・・・・」 「こちらへ来られた、という事なのですね?」 「はい。」 「それはいつ頃の事だい?」 「え?ちょっと・・・・えーっと朝早くですけど。勝真さんがまだ寝ているうちに出てきましたから。」 ちょっとだけ勝ったような口調で言う花梨に、この場にいた者はちょっとだけ同情した。 朝起きてみたら最愛の少女が消えていたのでは、さぞかし心臓に悪い目覚めになったことだろう。 「・・・・ということは」 何かに気が付いたように言った幸鷹に、人生経験が豊富なコンビ翡翠と泰継は頷いた。 「そろそろだろうね。」 「そうだな。」 「「「「「?」」」」」 残りの5人が不思議そうに首を傾げた瞬間だった。 ・・・・タバタバタバタッッッ!! 「花梨!!!」 「ほら来た。」 ほとんど怒鳴るような勢いで名前を呼んで飛び込んできた渦中の人物、勝真には肩をすくめた翡翠など目にも入っていないようで飛び込んできたままの勢いで部屋の中央にいた花梨にズカズカと迫った。 そのあまりの迫力と勢いに反応できたのは、花梨だけだった。 花梨は抱きしめていた紫姫をさらにぎゅっと抱くとぷいっと勝真に背中を向けたのだ。 「何しに来たんですか。」 すげない口調に一瞬詰まった勝真だったがすぐに気を取り直したように言った。 「お前を連れ戻しに来た。・・・・取りあえずこっちを向けよ。」 「嫌です。」 「話しをしにきたんだ。」 「嫌だったら嫌です。」 「強情な奴だな。」 「どっちが!」 イライラした空気を滲ませ始める勝真に、頑なにそっぽを向いたままの花梨。 『・・・・随分、面白い展開になってきたねえ。』 『止めろよ、翡翠。』 『おや、君にはあれが止められるのかい?』 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理』 『まあまあ、大人しく見物していようじゃないか。止める必要がある所まで行ったら止めるさ。』 おろおろしたり、黙して展開を見守っているギャラリーの中でイサトと翡翠がそんな会話をしている内に、ますます険悪な雰囲気は加速していた。 「気が付いたらお前がいなくて、俺がどんな気分になったかわかるか?」 「知りません。どうせ勝真さんだって私の気持ちなんてわかってもくれないんですから!」 「それは・・・・!く・・・・大体、俺はお前の事を心配して、だ」 「嘘だ!絶対信じてないんですよ!私の事!!」 「違う!ただ、俺は・・・・!」 「もう知りません!勝真さんなんて・・・・勝真さんなんて・・・・!」 「・・・・あの〜・・・・」 花梨が涙目になって言い募ろうとした瞬間、絶妙のタイミングで泉水が声を発してしまった。 同時に二人に睨まれて「ひっ」と悲鳴を上げたものの、言いかけた言葉を無かったことにする事も出来ずに蚊の泣くような声で言った。 「あの・・・・そ、それでその・・・・原因は・・・・なん、なのですか・・・・・?」 「「原因!?」」 またも同時に怒鳴られて今度こそ泉水は泰継の影に隠れてしまった。 しかしそんな様子は目に入っていないのか勝真と花梨は互いの顔を見ると、同時に叫んだ。 「勝真さんが料理をするなって言うんだもん!!」 「こいつが料理をするなんて言うんだぞ!!」 「「「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」」」 全員が沈黙したことを誰が責められよう。 がっくりと脱力した者、呆れたようにため息をつく者、茫然としてしまった者などの間でこの状況を招いた本人達はまるっきり真面目に言い合いを続けていた。 「だいたいお前は不器用なんだ!だからそんな事はしなくてもいいって!」 「嫌です!少ししたらしてもいいって前に勝真さんだって言ってたじゃないですか!」 「そう言いながらいつまでたってもお前はちょっと包丁を持つだけで指切ったりしてたじゃないか!」 「うっ・・・・だけど、それだって経験でなんとかなりますよ!」 「だからそれは俺が嫌だと言っただろう!」 「なっ!」 怒鳴るように言われて、とうとう紫姫を離すと花梨は勝真に向き直った。 ・・・・ちなみに後ろで「紫!!」「兄様〜!」「よしよし、怖かったな・・・・可哀想に」などという場面が繰り広げられてることは全く視界に入っていない。 「だいたいその「俺が嫌」ってなんですか!?昨日の夜もそれだけ言ってさっさと寝ちゃうし。別に料理ぐらいさせてくれたっていいじゃないですか!何が気に入らないんですか!」 「っ!気に入らないんじゃない!ただ・・・・」 言い募ろうとした勝真の目に、大きく潤んだ花梨の瞳が映る。 その怒りと言うより不安に揺らいだ瞳に、勝真は急に頬を叩かれたようにはっとした。 (っ、何やってんだ俺は・・・・) いつも、言葉が足りない。 無口だったつもりはないのに、花梨に伝わる言葉が上手く選べない。 泣かせたいわけではないのに・・・・ 「もう・・・・勝真さんなんかきら・・・・!?」 花梨が決定的な言葉を言おうとした瞬間、勝真の何かが弾けた。 ―― ギャラリーが一瞬固まる。 ―― 花梨も、大きく目を見開いたまま固まる。 その中で一人、勝真はゆっくりと触れただけの花梨の唇から己のそれを離すと目を見開いたせいでこぼれ落ちた涙をゆっくり指で拭った。 「本当はわかってる。お前がそんなに料理にこだわるわけも。」 「え・・・・?」 ぎこちなく見上げてくる花梨を困ったように、でも愛おしげに目を細めて見つめながら勝真は言った。 「お前は自分のする事が欲しいんだろ?料理じゃなくてもなんでもいいから、自分の仕事がほしかったんだろ?」 花梨は素直にこくっと頷いた。 その瞳が「なんでわかったの?」と問いかけている。 「甘く見るな。俺はお前がこの世界に来た時から、ずっとお前を見てたんだぜ?お前が考えてる事なんて大体わかる。」 傲慢なまでにすっぱり言い切った勝真の言葉を花梨は不快には思わなかった。 代わりに疑問ばかりが膨れあがる。 わかっていたならなぜ料理ぐらい許してくれなかったのか、と。 その疑問すら汲み取ったのか、勝真は掬い上げるように花梨の片手を取り、そして 「!?勝真さん!?」 まるで姫君に拝礼する騎士のように、手に唇を寄せられた花梨は驚いて手を引っ込めかけた。 その手をしっかり握って勝真は花梨を見つめる。 「例え小さな傷でも、お前が傷つくのは見たくなかった。」 そう言って少しだけ顔を顰めて言葉を足した。 「龍神の神子をしてる時にお前が傷つくのを嫌って程見たからな。もう・・・・見たくなかった。俺の我が儘だ。」 「勝真さん・・・・」 「だから、料理じゃない何かを探そうぜ。二人で。それで、いいよな?」 「はい・・・・」 そう呟くなり、花梨の瞳からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ出す。 でもその涙は悲しいものではなくて・・・・。 「ごめんなさい・・・・私・・・・」 空いた方の片手で目を擦ろうとする花梨を、愛おしくてたまらないというように勝真はそっと抱き寄せようと ―――― して空を切った。 「「!?」」 「はい、そこまで。」 「もう、十分だろう。」 さあ、抱き寄せようかという瞬間花梨を後ろから抱き上げた泰継と、がっちり勝真の襟首を押さえた翡翠のおかげ(せい?)で二人は今の状況というやつをやっと思い出した。 ここは、生憎と自分たちの屋敷ではない四条の尼君の屋敷の北の対で。 おまけに、ギャラリーも勢揃いだったわけで。 未だに泰継にぬいぐるみか何かのように抱き上げられていた花梨は恐る恐る周りを見回す。 そこには、顔を真っ赤にして目を背けている者もいれば、笑顔のまま背中に黒オーラを貼り付けている者、怒りを隠そうともせず肩を震わせている者様々な反応を示すギャラリー達。 どっちにしてもその反応は明らかに今まで場面をつぶさに見ていたに違いない反応で・・・・ ひくっ 花梨の口元が引きつった。 次の瞬間 「勝真さんの馬鹿ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」 ―― ちなみに、勝真と花梨が仲直りをしたのはそれから7日ほどたってからだったという。 〜 終 〜 |