ひとりぼっちの帰り道
冬の週末の街は、肩を寄せ合う人たちのせいか行き交う車のヘッドライトやネオンまでキラキラと輝いて見える。 そんな街の真ん中を、花梨は早足に歩いていた。 しかし、その表情は周りの週末を堪能している人たちとはあまりに違っていた。 きゅっと引き結ばれた唇に肩をいからせ、極めつけは険しい瞳。 早足も何かに向かって歩いているというよりは、意識していないのに感情の高ぶり故に早くなってしまっているという感じだ。 傍目に見ても、怒っているのは一目瞭然。 (勝真さんが悪いんだ!!) かつかつとヒールのあるブーツで雰囲気たっぷりに作られた舗装道路を蹴りながら、花梨は何度目になるかわからない言葉を心の中で繰り返した。 ―― 本当は、予定ではこの時間は勝真と手をつないで映画館に向かってるはずだった。 そう思った途端、むっときて花梨は目に付いた道路に転がっている空き缶をけっ飛ばす。 カーンッ! 途端に思いっきり喧噪にも不自然な音が響いて、通りすがりの人が振り返る。 その視線にさすがにばつが悪くなって花梨は慌てて視線を逸らすと、近くの小さな児童公園に駆け込んだ。 夕暮れよりはちょっと遅くて、夜と言うにはまだ早い、そんな時間に児童公園にいる人はいなくて・・・・花梨は目に付いた背もたれのないベンチにぺたっと座り込む。 そして、力が抜けたように呟いた。 「・・・・何、してるんだろう、私・・・・」 京で出会って恋人になった勝真は、花梨についてこの世界にやってきた。 最初、突然こちらの世界にやってきて戸籍も何もないのにどうしようかと心配していた花梨はその心配が無用のものであることを帰ってきて知った。 龍神の加護なのか、否かはわからないが、勝真はこちらの人間として存在していたのである。 もちろん戸籍もあれば、こちらの知識もある、普通の大学生だった。 ただ京の記憶の方が強い勝真は最初のうち、この世界の事でずいぶん戸惑うことも多かった。 しかし、こちらに来てそろそろ一年たつ今はすっかり順応している。 ・・・・それに関しては花梨は何の不満もない。 それどころか、勝真に変な苦労をさせないで済んだ分、堂々と恋人をしていられると喜びさえしたのだ。 だが、現実はなかなかシビアなもので。 勝真は大学生、花梨は高校生・・・・この当たり前な年齢差が二人で会える時間を制限した。 勝真は一人暮らしだが、花梨には家族がいる。 となると、勝真の家でのんびりしているわけにもいかないし、勝真が暇な時には花梨が試験だったり、その逆だったり・・・・ともかく、京にいた時には考えられなかったぐらい二人は会えなくなっていた。 (だから、今日は久しぶりのデートで楽しみにしてたのに・・・・) 強ばった肩の力を抜くように大きく花梨はため息をついて、足下の石をけっ飛ばす。 今日が最終日の映画に行く予定で、した待ち合わせ。 なのに、約束の時間が10分過ぎても、30分過ぎても勝真は来なかった。 そしていい加減心配になってきた時、携帯に入ったメールは 『講義が長引いた。悪い。今から行くから。』 (あんな言い方ってないよね!?それならもっと早く言ってくれればよかったのに!!) 心配したのに、待っていたのに、そんな悔しさが爆発して花梨は携帯電話を親の敵のごとくにらみつけて返信を打った。 『もう、来なくていいです!』 それっきり携帯は電源を落として鞄の中に放り込みっぱなし。 ベンチに座った花梨はさらにもう一つ石を蹴る。 (勝真さんの馬鹿・・・・馬鹿!馬鹿ー!) 心の声がそのまま口に出ないようにぎゅっと唇を噛んで花梨はうつむく。 もう、あまりに噛みすぎて折角つけてきたピンクのリップはとれてしまってるに違いない。 視線を落とした拍子に目に入った精一杯おしゃれした自分の姿が悲しかった。 『たまには大人っぽい格好もしてみろよ』 そんな冗談めかした勝真の言葉が頭にあったから、今日は大人しい色目のロングスカートなんかはいてみて。 はあ・・・・ 花梨の唇から深いため息が零れた。 (違う・・・・馬鹿なのは、私だ。) 勝真は講義が終わってからすぐに慌ててメールをくれたんだろうし、慣れない勉強を一生懸命がんばっている事は知っている。 なのに、許してあげられなかった。 自分よりずっと大事なものが勝真にはあるような気がして、それが悔しかったから。 京にいた頃は毎日会えたし、守ってくれたり一緒に戦ってくれる勝真を見て大事にしてくれているんだって実感できたのに・・・・ そこまで考えて花梨は首を振った。 (違う違う!あの時は・・・・本当に小さい事だって嬉しかった。) まだ想いが通じる前。 怨霊退治に成功して褒めてもらった時とか、ほんの小さな笑顔とか、そんな事で一日幸せでいられた。 そう、それこそ (目が合うだけでドキドキしてたのに・・・・) 視界が、ゆっくり滲んだ。 ぽつっと、膝の上で組んだ手に生暖かい滴が落ちる。 「なんで・・・・こんなに我が侭になっちゃうんだろ・・・・」 頼りなく震える声が勝手に零れた、、その時 「馬鹿、そんなの俺もだ。」 ぎゅっと、肩を抱きしめられた。 びくっと震えた花梨は信じられない想いで自分の胸の前で交差している手を見つめる。 彼のお気に入りの赤いスタジアムジャンパー・・・・何より、見間違うはずのない大きな手。 「お前が・・・・絶対待っていてくれるって俺は疑いもしなかった。謝れば必ず笑って許してくれるだろうって。 いつの間に、お前を俺の都合で振り回すほど我が侭になったんだろうな、俺は。」 耳の横で話す声が、少し乱れている。 そう、走ってきて慌てて話しているみたいに。 「ごめん、な。」 ゆっくりと、自信なさそうに呟かれた瞬間、花梨の身体が勝手に動いていた。 「勝真さん!!」 名前を呼んで振り返って抱きつく。 「ごめんなさい!私・・・・私・・・・」 言いたいことは色々あるのに、勝真の暖かさに包まれて涙ばかりが出てしまう。 ただただ、今抱きしめている勝真が幻でないことを確かめるように花梨はぎゅっと勝真を抱きしめた。 そんな花梨の髪を勝真がそっと撫でる。 「俺も、お前もきっと我が侭になったんだな。・・・・でも、それでいい。」 「え、でも私、勝真さんの事・・・・」 「いいんだよ。俺も、お前も我が侭言おう。それでお互いの我が侭を認めながら側にいようぜ。ため込んで我慢なんか絶対するな。そうじゃないとまた今日みたいになるかもしれないだろ?」 びくっとして花梨が顔をあげると、勝真は笑っていた。 優しく、少し照れたように。 花梨の一番好きな顔で。 「かなり、焦った。俺はお前を失うなんて耐えられないから。ここで見つけるまで生きた心地がしなかったぜ?」 「ごめんなさ・・・・!」 慌てて謝りかけた花梨の唇をついばむようなキスで勝真が黙らせる。 そしてそのまま、至近距離で言い聞かせるように言った。 「花梨、もっと我が侭言ってくれ。俺はお前の我が侭を一生聞く気でここにいる。その事を忘れないでくれ。」 「!・・・・はい!」 一瞬、驚いたように目を見開いて、花梨は笑った。 花の咲いたような。 勝真の一番好きな顔で。 満足そうに勝真は花梨を解放すると、ベンチの前に回って片手を差し出した。 「さてと、遅くなったけどどこか行くか?姫君。」 「!勝真さん、それ翡翠さんみたいですよ?」 「う、うるさい!折角人が格好つけてみたってのに。」 くすくす笑いながら花梨は、少しばつが悪そうに赤くなった勝真の手を握る。 「じゃあ、今日は美味しいもの食べに行きましょー!」 「まさか、俺のおごりとか言うなよ?」 「えー?遅れてきたのは一体どこのだ・・・」 「あー!悪かったって!おごればいいんだろ。」 「嘘ですよ。あ、でもデザートぐらいはおごってね?」 「わかったよ。さて、行くとするか。」 「はーい♪」 ―― そうして ―― キラキラした冬の街角に、幸せそうな恋人同士が、また一組・・・・ 〜 終 〜 |