冬のしあわせ




―― 冬は好き
     
     とても寒いから、小さな暖かさが幸せをくれた・・・・










「本日はここまでにいたしましょう。」

いつもよりずっと早い終了を告げた女房に、花梨はへ?っと首を傾げた。

彼女は現在の花梨の琴の師匠なのだが、普段はとても厳しく花梨が今行っている習い事の中でも一番時間を使う。

もちろんそれは花梨が早く一人前に慣れるようにという気遣いからだとわかっているから、花梨もたとえ日暮れになるまで稽古が続いても文句も言わずに頑張っていた。

のに、今日はまだ午後とはいえ日も高い。

昼から始めたのだからまだ1、2時間しかたっていないはずなのだが。

そんな疑問が思いっきり顔に出ていたのか、女房は苦笑した。

「そんなにお手が震えていらしては間違いなのか、偶然なのか私にわかりませんわ。」

「え?あ。」

言われて自分の手を見た花梨はびっくりした。

確かに手が小刻みに震えていたのだ。

(でも感覚ないのに・・・・)

何か意外なものでも見るような目で自分の手を見ている花梨の様子に、女房はこらえきれず吹き出した。

「龍神様の国は暖かかったのですわね。今、火桶と温石を用意させますわ。」

そう言って立ち上がった女房に、花梨は曖昧に笑ってみせた。

彼女達は龍神の神子である花梨がいた世界ということで、花梨の世界を『龍神様の国』と称する。

否定するのも難しいのでそのままにしてあるのだが・・・・

(まあ、確かに京とはずいぶん違うし、こっちの人がいきなり現代に行ったら神様の国と思うかもしれないしね。)

一人花梨が納得していると、部屋を出ていこうとしていた女房が思い出したように振り返っていった。

「そうですわ。先ほど内裏から使いがございました。」

「内裏から?」

「ええ。本日は殿のお帰りがお早いそうですわ。」

「え!?ホントに?」

ぱっと花梨が顔を輝かせる。

そのあまりのかわいらしい様子に女房は破顔した。

感情を素直に表す少女。

だからこそ喜びを表す時のその輝きは極上で、見ている者まで嬉しくさせる。

この笑顔を見れば年若い女主人に館中が陥落するのも無理がない事とわかるだろう。

例に漏れず花梨をとてもかわいがっている女房は優しく微笑むと言った。

「では早く持ってこなければ火桶も温石も用無しになってしまいますわね。」

「?どうして?」

「だって、お帰りになられれば殿が花梨様を暖めてしまわれるでしょう?」

「!」

ばっと真っ赤になった花梨の返事も待たずに簀子縁に出た女房は、背中から慌てた花梨の声が追ってきた事にくすくす笑いながら、その場を後にした。










「もう・・・・からかわれたぁ。」

おそらくは真っ赤になっているであろう頬に手をあててため息をつくように呟いた花梨だったが、すぐに気持ちを切り替えると琴の片付けを始める。

もうすぐ帰ってくるという愛しい旦那様 ―― 平勝真を迎えるために。

龍神の神子と地の青龍として花梨と勝真が出会ったのは去年の秋の事。

危機にある京に降り立った時から勝真は花梨を支えてくれていた(最初は踏みつぶされそうになったけど・笑)

ぶっきらぼうで、一見怖い人のように見えるが実は優しくていつも花梨を気にかけてくれていた勝真に花梨は素直に懐いた。

最初は兄を慕うような気持ちだったと思っている。

それが彼の弱さや葛藤を知っていくに従って、兄ではない別の存在へと花梨の中で勝真の位置は変わっていった。

だからすべてが終わった後も、この京に・・・・勝真の元に残ったのだ。

彼の妻として。

そんなわけで今は大好きな人の愛に包まれて毎日幸せ〜vに暮らしている花梨なのだ・・・・ただ一点を除いては。








「う〜〜〜寒いよ〜〜〜〜〜」








ぶるっと体を震わせて花梨は肩を抱いた。

そう、京は寒い。

めちゃめちゃ寒い。

盆地で気候的にも寒いのに、エアコンもストーブも当然ないのだからそれに慣れた身には辛い。

いつもよりたくさん着込んではいるのだが、その効果もたかが知れている。

「こんな寒い日は暖かいココアが恋しいなあ・・・・」

この世界にはない、甘くて暖かい飲み物を思い出して花梨はため息を1つ。

(炬燵とかに入ってココア飲みながらTVとか見て、さ。結構小さな幸せだったよね。)

冬休みになると母親に小言を言われながらも繰り返した生活をこんな風に思うようになるとは考えてもみなかった。

(あ、お風呂上がりにあえてアイス食べるのも好きだったっけ。ホットカーペットの上でごろごろしながら本読んだり、とか。)

こうやって考えてみると随分怠惰な生活をしていたんだ、と考えて花梨はくすくす笑ってしまう。

と、その時

「なに笑ってんだ。一人で。」

呆れたような声と共にふんわりと包まれて、花梨は驚いて振り返った。

至近距離にあったのは、もちろん大雑把に切られたオレンジの髪と瞳の青年、勝真。

びっくりした顔のままの花梨に軽く口付けをして勝真は笑った。

「ただいま。」

「あ、お帰りなさい!」

急に我に返った花梨は慌てて答える。

「ところで何を一人でにやにやしてたんだ?」

「え?べ、別ににやにやなんてしてないよ。」

「いいや、してた。どうせお前の事だから食い物の事でも考えてたんじゃないか?」

「う゛っ・・・・」

なぜバレた・・・・と言葉につまる花梨。

それを見て勝真は爆笑する。

「そんなに笑わなくてもいーでしょー!!」

「だって、お前・・・はは、顔に出すぎだ。」

「もう、どうせ私は単純ですよ!正確には食べ物のことだけじゃないもん。」

頬をふくらませてつんっと横を向いた花梨に勝真は少し意外そうに目を細める。

「へえ、他に何を考えてたんだ?」

「ん〜」

花梨は少し口ごもった後、器用に勝真の腕の中で身を反転させると言った。

「内緒。」

「なに?」

眉をひそめた勝真を肩越しに振り返って花梨はべーっと舌を出す。

「意地悪な勝真さんになんて教えてあげない!」

「!教えろ!気になるだろ。」

「やだよーだ。」

「教えろって!」

「やーだ。」

くすくす笑いながら花梨はふと気がついた。

さっきまで寒かったのに、今はそんな事綺麗さっぱり忘れてしまうぐらい暖かくなっている事に。

(そっか。今はエアコンもカーペットもココアもないけど、でも・・・・)

「・・・・たく、俺をからかうような奴にはお仕置きだな。」

「え・・・・ん!?」

―― 急に静かになった部屋の外で、温石を抱えた女房が出遅れた、と苦笑いをしていたとか。










―― かつて小さな幸せをくれたものは今、無くなったけど

          今は包んでくれる大きな幸せがあるから寒い日も暖かいね・・・・













                                  〜 終 〜