暖かい雪









―― それは京にその年初の雪が降った翌日の事。








「うわあ!こんな雪初めて!」

朝起きるなり花梨の発した第一声がこれだった。

正確には起きて庭を見て、だが。

昨日結界の要を1つ壊したことによって季節が巡り降り始めた雪は、夜のうちに景色をすっかり真っ白に塗り替えていた。

「神子様のおかげですわ。」

朝餉を運んできた紫姫は子どものようにはしゃぐ花梨を見て微笑んで言った。

「神子様が頑張ってくださったからこの雪が降ったのです。だから美しいのですわ。」

「やだな〜、紫姫。雪が綺麗なのは私のせいじゃないよ。」

紫姫の掛け値なしの褒め言葉に照れ笑いをしつつ、花梨は再び庭に目を向ける。

花梨にとっては今まで見たことのないぐらい真っ白で綺麗な雪だった。

なんせ花梨の育った現代ではもっぱら雪は北国のもので、積もることも滅多になかったしそれに排気ガスやら人に踏まれたりでつもりたての早朝でもなければ真っ白な雪など見られなかった。

朝日を受けてきらきらと輝く雪を見ていると、平安時代の風雅人たちがもてはやした理由もよくわかる。

が、花梨は風雅人というよりは花より団子(?)

「!そうだ!紫姫」

急に何かを思いついたように花梨は目を輝かせると紫姫を勢いよく振り返った。

「はい?なんでしょうか?」

「今日ってみんな来てる?」

みんな、とはいわずもがな八葉の面々である。

「いらしておりますわ。皆様おそろいです。」

「よし!紫姫、今日はお札探しちょっとお休みしてもいいかな?」

「ええ、かまいませんけれど・・・・」

八葉がいるか、と確かめた後にそんな風に聞かれると思っていなかったので紫姫は首を傾げてしまう。

そんな紫姫にいてもたってもいられない、というような満面の笑みを浮かべて花梨は宣言したのだった。

「今日は雪合戦をしよう!」








「「「「「「「「雪合戦?」」」」」」」」

「はい。」

どういうわけか花梨の部屋ではなく雪の積もった庭に案内された八葉の面々は花梨の言葉にさらに困惑の色を深める。

が、花梨はにっこり笑って頷いた。

「その雪合戦ってのはなんだよ?」

「え?雪合戦知らないの?」

考えるより聞いてしまえ、の代表格イサトに聞かれて花梨は驚いて聞き返した。

八葉たちはそれぞれに顔を見合わせたり首をひねったりしたものの、結局全員首を縦に振った。

「それは武術の稽古でしょうか?」

頼忠が控えめに言ってみるが、花梨は笑ってしまった。

「違いますよ〜。そうだなあ、うーんと遊びです。」

「遊び?」

「そうです。雪をこんな風に・・・・」

と言って花梨は手のひらだいのおなじみの雪玉を作って見せる。

「で、これをぶつけるんです。」

「ぶつけてどうするのだ?」

至極もっともな泰継の疑問に花梨はぐっと詰まった。

「ど、どうって別にどうってこともないんですけど、だから遊びですってば!」

「遊びにも勝敗の決め方など決まりがあろう?この遊びの決まりはなんなのだ?」

「うう、別に決まりってほど決まりがあるわけじゃ・・・・ただ」

花梨が返答に窮したちょうどその時

べしゃ!

花梨のすぐ脇にいた勝真の後頭部にものの見事に雪玉が命中した。

「な、なんだ!?」

「おお、あたったぜ!」

どうやら雪玉を投げた張本人らしいイサトが近くの木の脇で驚いたように歓声をあげる。

それを聞いて勝真の頭に怒りマークがびしっと張り付く。

「イサト、いい覚悟じゃねえか・・・」

「へっ修行がたりねえぜ!」

「なにい!」

こぶしを振るわせた勝真はすかさず足下の雪をすくい取ると力一杯投げつける!

が、残念!ひらりとイサトの方が身をかわしてしまう。

そのやりとりを見ていた花梨はにっこり笑って泰継に言った。

「まあ、こんな感じでやるんです。」

「なんとなくは理解した。しかしその意味が・・・・」

なおも泰継が言い募ろうとした瞬間

べしっ!

イサトが投げたらしい流れ雪玉が泰継のお団子の髪を直撃した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「や、泰継さん?」

「神子、よくわかった。」

ぽつっと呟いたかと思った次の瞬間、泰継の足下の雪がひとりでに丸まって雪玉になるとイサトの顔めがけてふっとんだ!

べしゃっ!

「ぶっ!な、なにしやがる!」

「修行がたらん。」

「な、今のお前がやったのかよ!ちくしょーこれでもくらえ!!」

ぎりっと歯をかみしめて手近な雪をすくい取るとイサトは力一杯泰継に向かって投げつける!

ひらり  べし!  ひらり  べし!  ひらり  べし!

「なんであたんねえんだよ!!」

「ふん、この程度の攻撃なら気を読めば・・・・」

べしゃ!

口上を始めようとした瞬間、後頭部を雪玉に襲われて驚いて振り返った泰継の後ろでほんわりと笑顔を浮かべた彰紋が一言。

「こんな感じでよろしいんでしょうか?」

「いいぜ!彰紋!その調子だ!」

爆笑して相方を激励したその時、三方から跳んできた雪玉がなんの前触れもなくイサトを襲った。

「うわ!」

「ふん、笑ってる場合じゃないぜ。」

「神子殿の仰せとあらば従わねば。」

「お付き合いいたします。」

イサトを襲った雪玉の主の勝真、頼忠、幸鷹のお三方。

それぞれ頭だの肩だのに雪がついているのはさっきの泰継めがけてイサトが投げた雪玉があたったからのようだ。

・・・・背後に黒いオーラが見えるのは気のせいだろうか・・・・

「くっそ〜、負けるか!」

「よ〜し。もりあがってきたね!私も参加しなくっちゃ!」

そういうなり腕まくりをすると花梨は威勢良く飛び交う雪玉の中に突入していった。

後に残されたのは出遅れてしまった泉水と、面白そうに見守っていた翡翠の2人。

「ひ、翡翠殿は参加なされないのですか?」

おずおずと泉水に聞かれて、翡翠は肩をすくめた。

「残念ながら私は彼らのように若くはないのでね。」

艶やかに翡翠が笑った直後

べし!!べし!!・・・・べし

―― 流れ雪玉をもろに横っ面にくらってしまった翡翠(そしておまけのように泉水にも)が無言で戦闘に参加したのは、言うまでもない。










「あ〜おもしろかったぁ!」

「神子様、雪まみれでいらっしゃいますわ。すぐにお着替えを。」

ゆうに一時ほど雪合戦を満喫した花梨たちが母屋に帰って来るなり、紫姫を含む屋敷の者は一気に大忙しになってしまった。

なんせ全員が見事に雪まみれのびしょぬれ状態なのだから。

「神子様はお部屋へ。他の方々はこちらへいらしてくださいませ。」

ベテランの女房の言葉に大人しく従って半分情けなさゆえ、半分は思い切り暴れた爽快感ゆえ笑いながらそれぞれ別れる。

「結構楽しかったぜ。」

「お風邪を召されぬようお気をつけくださいね。」

それぞれに感想を言いながら去っていく八葉達を見送って花梨も言われたとおり部屋に戻ろうとした、その時、唐突に頬に冷たい物が触れた。

「ひゃあっ!」

さっきまでならいざしらず、まったく予期していなかった冷たさに花梨は反射的に飛び退いて、悪戯を仕掛けた相手を睨みつけた。

「翡翠さん〜〜〜、何するんですか!」

情けなく抗議されて翡翠は楽しそうに笑った。

「驚かせてすまなかったね。コレが神子殿に是非挨拶したいというものだから・・・」

そう言って翡翠が取り出したのは、小さな雪兎だった。

ちゃんと南天の実と椿の葉の耳がついている可愛らしいそれを見て花梨はさっきの悪戯も忘れて歓声をあげる。

「わ!可愛い!これ翡翠さんが作ったんですか?」

「ん?私は外で神子殿に会いたいと鳴いているコレを拾って連れてきただけだよ。」

「もう、翡翠さんったら!」

翡翠らしい言い方がおかしくて花梨は笑ってしまった。

その様子に満足そうに笑い返して、翡翠は花梨に雪兎を差し出した。

「さあ、抱いておあげ。君に会いたくてはるばる空から来たんだからね。」

「はい。ありがとうございます。」

そう言いながら受け取った雪兎は花梨の手にちょうど乗るぐらいの大きさで、嬉しくなって花梨は目の高さまで雪兎を持ち上げると言った。

「こんにちは。兎さん。」

「ふふ、喜んでいるようだよ。・・・・そうだ、神子殿。その兎ももしかしたらなにか良い物をくれるかもしれないよ。」

「良い物?」

きょとんっと首を傾げた花梨に翡翠は艶やかに笑って言った。

「そう。大切に暖かいところででももてなしてやれば、ね。」

でも雪兎を暖めたら溶けちゃうんじゃ・・・という素朴な疑問を花梨が口にするより先に翡翠は片手を振って花梨に背を向けていた。

その背中を見送ってから花梨は雪兎と目を合わせてぽつっと呟いた。

「どういう事なんだろ・・・・気になるよねえ?」










・・・・と、言ったものの花梨が再び雪兎と対峙できたのはその日の夜になってからだった。

あれから八葉の面々とおしゃべりをしたり、紫姫に雪合戦なるものの説明をしたりしりするのが夢中になってしまったせいだ。

「今日は楽しかった〜。」

女房達が寝る支度を整えて下がってしまってから一人になった花梨は大きく伸びをした。

と、ふと目端を黒いものが過ぎった。

「?・・・あ!」

一瞬なんだかわからなかった花梨だが、その正体を思い出して慌てて駆け寄る。

それは例の翡翠からもらった雪兎を乗せた漆のお盆だった。

上にのっている雪兎は顔を近づけてみるまでもなく、二周りほど小さくなってしまっている。

なんとか耳や目のレイアウトは崩れていないけれど。

「あーあ。やっぱり大分小さくなっちゃってる。・・・・あれ?」

ため息をつきかけた花梨は『あるもの』を見付けて首を傾げた。

『あるもの』とは、雪兎のちょうどおなかのあたりから除いている薄いピンクの物体。

途端に好奇心を刺激された花梨はきっちり30秒考え込んだ後、雪兎に向かってぱんっと手を合わせた。

「ごめん!」

雪兎がしゃべることができたならば「ええ?何???」っと驚いてしまうであろう程、勢いよくあやまるなり花梨はそーっとその薄紅色の物体を引っ張り出しにかかった。

ゆっくり引っ張ってみるとそれは意外にもするすると抜ける。

「うーん・・・もうちょっと・・・・取れた!」

ちょっとだけ下の部分を崩してしまったものの、とにかく雪兎を全壊させることだけは免れて花梨の手の中に取り出されたそれは、ちょうど花梨の手に合いそうな細身の輪っかだった。

「これってもしかしてブレスレット??」

不思議に思って手に通してみれば驚くほどピッタリと花梨の手首にそれは収まった。

薄いピンク一色ではなく、所々濃くなったり薄くなったりする色彩が美しいそれは先ほどまで雪に埋まっていたせいでひんやりとしている。

しかし意外にも軽い手応えのブレスレットの素材には覚えがあった。

「これ・・・・珊瑚?」

たぶん間違いなくそうなのだろう。

こちらの世界でも財の1つとされる美しい海の宝石を削りだしたブレスレット。

そしてこのブレスレットを抱いていた雪兎の送り主が瀬戸内の伊予でも名の知れた海賊とくれば、当然このブレスレットの送り主も・・・・。

「宝物ってこれのことだったんだ。」

ぽつりと呟けばやっと見付けたのかい?と余裕たっぷりに微笑む翡翠の顔が見えた気がした。

その残像に向かって、言い返してやる。

「まったく気障だよね・・・・嬉しいけど!」

目線の高さで左腕にはめたブレスレットを軽く揺すって花梨は照れたように敷いてあった布団に勢いよく寝っ転がった。。

明日、雪兎から贈り物をもらったと言ったら彼はどんな顔をするだろう。

ありがとう、はいつ伝えよう・・・・そんな事を考えて花梨は優しく微笑んだ。










―― 京に最初に降った雪は降らせてくれた神子様に、暖かい贈り物をくれたらしい














                                                                〜 終 〜