貴方は知らない約束
花梨は目の前の光景にぽかんっと見入ってしまった。 時は11月、小春日和。 やっと最初の四方の札の場所もわかったし、紫姫の勧めで息抜きに東寺にまでやってきたのだが・・・・ そこでこの光景と出会ってしまったのだ。 この光景とは、東寺の五重塔の下のいかにも気持ちよさそうな日溜まりで体を丸くする緋色の猫・・・・ならぬ天の朱雀イサト、という光景。 (うわあ、眠ってる。) いつもは片手に持っていて怨霊と戦う時には武器にもしている錫杖にもたれかかって目を閉じているイサトをまじまじと花梨は見つめてしまう。 緋色の髪がきらきらと日に透けて頬に影を落としている。 いつも元気よく動く瞳が閉じられているだけで随分精悍に見えた。 (イサトくんってこうしてると男の人なんだ・・・・) 自分でそう思って、花梨は苦笑した。 考えてみればあたりまえの事なのだから。 (でも普段は男の子って感じだから。) いつもはやんちゃな感じで親しみやすい彼の意外な一面を見た気がして花梨は嬉しくなる。 そして気持ちよさそうな寝息を確認すると、イサトに目線をあわせるように自分も座り込んだ。 (ひゃあ、睫長いんだあ。肌も綺麗・・・・) 女の子としては羨ましい限りの容姿に心の中で歓声をあげてしまう。 どうもこちらの世界の男性陣は妙に美形ばかりで、女としての自信を無くしてしまいそうだ。 そんな事を思いながらひとしきりイサトの寝顔鑑賞にいそしんでいた花梨は、ふいに悲しくなった。 ほんの数日前に聞いたイサトの声が今のイサトの顔にかぶったから・・・ ―― 『人は簡単に死んじまう。諦めるしかないんだ。』 ―― そう言いながらひどく悲しげで寂しそうな目をしていた少年。 (きっと色々あったんだよね。私の想像もつかないような大変な事もたくさん・・・) 唐突に連れてこられたこの世界には花梨の生活とはかけ離れた悲惨な事がたくさんある場所で。 表面上は明るく振る舞っているこの少年が心の底で生きることへの執着を諦めようとあがいているように。 (・・・・あの時は生意気な事言ってごめんね。) イサトが悲しげに心の内をぶつけてきた時、「本当は生きたいんでしょ!」と言ったのはとにかくイサトを力づけたかったから。 彼の心がどれほど傷ついているのかなんて花梨にはわからない。 それでも、イサトにあんな悲しい目をしていて欲しくなかった。 「イサトくん。」 花梨はイサトを起こさない程度に小さな声で呟いた。 「イサトくん、私、がんばるね。」 いくら龍神の神子といってもできることには限りがあるけれど。 (でもできるだけの事はする。だから・・・・) 「笑っててね、イサトくん。」 「・・・・ん・・・・わかってる・・・か・・りん・・・・・」 ぎょっとして花梨は飛び退いてしまった。 しかしその後の反応はまったく無し。 恐る恐る覗き込んでみれば・・・・イサトはいまだに寝息をたてている。 (すごい・・・今の寝言だったんだ。) 偶然繋がった花梨の言葉と、イサトの寝言。 それでけで、歓声をあげそうになって花梨は口を押さえた。 (すごい!なんかすごく・・・・嬉しい!) 花梨はどうしてもこぼれてしまいそうになる微笑みをこらえながらイサトの隣にもう一度座り直した。 そして少し迷った後、イサトの肩に自分の頭をのせた。 すると気配に惹かれたようにイサトが花梨の頭に寄りかかってくる。 その確かな重さと近くに聞こえる寝息に鼓動が早まる。 優しいお日様と、少しアップテンポの心臓と、イサトの体温・・・・ (暖かい。) 花梨は小さく欠伸をして目を閉じた。 ―― イサトが目を覚まして横でぐっすり眠っている花梨を見つけて大慌てするのは陽も傾く、この数刻後の事・・・・ 〜 終 〜 |
― あとがき ―
初のイサト×花梨創作〜〜。
この2人の東条のイメージは「日溜まりでお昼寝が一番似合いそうなカップル」なので
こんなお話ができました。
でも甘くはない(^^;)
どうも可愛い、ほのぼのが先に立ってしまうカップリングみたいです。
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