「つまんない・・・・」 誰もいない部屋で幸鷹から借りた絵巻物を広げていた花梨は机に両肘をついてため息をついた。 そして顔を軒の方へ向ける。 目に映るのはしとしとと音も静かに降り続ける雨。 朝から何度かやまないかと淡い期待を抱いたものの、ことごとく裏切られ、今度もまったくその気配を見せてくれない空模様にがっかりしたため息をついて、花梨は呟いた。 「やんでくれれば今頃は・・・・」 ――イサトと一緒に出かけているはずだった。 |
「つまんねえ・・・・」 朝から八葉の役目もなく、寺の仕事をしていたイサトは手が空いてしまって寺の縁側に寝っ転がってぼやいた。 いっそ昼寝でもするかと目をつぶってみるものの、軒から落ちる雨の音ばかりが耳についてそれもかなわない。 腹立たしげにため息をつくと、イサトは目を開けて軒から見える雨空を不機嫌な顔で睨み付けた。 「ちっ、雨なんか降りやがって。」 この雨さえなければ今頃は・・・・ ――花梨と一緒に出かけているはずだった。 |
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本当は雨が降らなくても神子の役目はお休みにして、紅葉狩りに行こうとイサトと花梨は約束をしていた。 どこの紅葉が綺麗で、お弁当には何を持っていって・・・・と二人で楽しく計画をしていたのだ。 なのに生憎の雨で、あえなく計画はおじゃん。 |
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「折角イサトくんが誘ってくれたのに。」 イサトは毎日八葉として誘いに来てくれるけれど、二人で出かけようと誘われたのは初めてだったから、とても嬉しかったのに。 いつもは誰か必ずもう一人一緒だからイサトばっかり見ていたらあっという間に気持ちがばれてしまいそうだからなんとか見たい気持ちを抑えていた。 でも二人で出かけたら遠慮無くイサトを見つめていられる。 それだけで、花梨は心の中で歓声をあげたというのに・・・・。 「龍神様もちょっとは神子のやる気のために天気ぐらい操ってくれても・・・・」 無茶苦茶な注文だが、花梨の今の気持ちを的確に表現していた。 「この雨じゃイサトくんも今日は顔みせてくれないだろうし。」 |
「折角ちゃんと約束できたのによ。」 龍神の神子として毎日京中を駆け回っている花梨。 だからたまにはゆっくり休ませてやりたかった。 それに、それ以上に二人で出かけていつもより長い時間一緒にいて・・・・花梨を見つめていたかった。 だから心臓がバクバクいっているのをなんとか覆い隠して必死でちゃんとした約束を取り付けたのに。 「ちっくしょう!これじゃあ一緒に出かけるどころか会いに行くこともできねーじゃん!」 いつの間にか花梨の所へ行くのが日課になっていたから顔を見られないとなると、落ち着かない事この上ない。 こんなやることもないポッカリ空いた時間がひどくつまらないものに思えてイサトは苛立たしげに自分の頭を掻いた。 |
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やることもなく、ため息をついて外を見てみれば秋雨はやむ気配もなく。 薄い水のカーテンごしにみる紅葉も綺麗なのだけれど、今は色あせてしか見えない。 雨にうつるのは今日会えるはずだった相手の姿。 でも映したそれは幻で、本物は水の壁の向こう側。 |
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「イサトくん・・・・」 名前を呟くだけで鮮明に浮き上がる緋色の姿に花梨は切なくなる。 心配性でしょっちゅう怒りながら花梨の面倒を見てくれるイサト。 明るくて歯切れのいい性格なのに、時折ちらりと翳る瞳が気になった。 それが彼の背負った辛い過去のせいだと知ってからは余計に、イサトの側にいたくなった。 もうそんな顔をして欲しくなくて。 いつも一緒に笑っていたくて。 ・・・・そうして、大好きになった。 「う〜〜〜〜・・・・」 花梨はごんっと文机に突っ伏して呻く。 |
「花梨・・・・」 ぼそっと呟いた名前がイサトの体を駆けめぐって熱を持たせる。 最初は仕方がないから面倒をみてやるつもりで構っていた花梨がこんなに大切なものになったのはいつからだろう。 明朗快活を絵に描いたような京には絶対いないタイプで放っておくとどこへすっ飛んでいくかわからない少女。 つらい事があってもへこたれないちょっと信じられないほど前向きな少女。 ・・・・笑顔が抱きしめたくなるぐらい可愛い少女。 独り占めしたかった。 いつもは絶対に他の連中の邪魔が入って無理だからせめて今日ぐらいは側にいるのは、花梨を守るのは自分だけだと、そういう気分になりたかった。 「あ〜〜〜〜〜・・・・・」 |
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「会いたいよ・・・・」 |
「会いてぇよ・・・・」 |
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呟いて・・・・唐突に花梨は勢いよく顔を上げた。 「・・・・そうだ、会いに行こ。」 |
呟いて・・・・イサトは唐突に起き上がった。 「・・・・会いに行きゃいいんじゃん。」 |
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会いたい。 なら会いに行けばいい。 隔てているのは水の壁。 ・・・・たかが雨なのだから。 |
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花梨は立ち上がると今までの憂い顔はどこへやら、脱走の算段を始める。 「え〜っと、正面から行くと誰かに見つかっちゃうから・・・・う〜ん・・・・そうだ!庭から回って塀乗り越えちゃえ!」 どうやら雨ならば見回りの武士も少ない庭側の塀を乗り越える事に決めたらしい。 脱出ルートが決まれば即実行。 花梨は靴を履いて庭に出る。 当然雨は降り続いているから細かい秋雨が顔や肩に降ってくるのだが、今の花梨にはむしろ心地良いぐらいだった。 さっきまでこの雨のせいでイサトに会えない・・・・と悪の根元のように思っていた雨は出てみれば全然優しい。 悩んでいたのが馬鹿みたいに思えて花梨は一人で笑うと大きく伸びをして歩き出した。 とりあえずは誰にも見つからないように屋敷を出るために。 |
イサトは立ち上がると得物の錫杖をひっつかんで部屋を飛び出した。 「このぐらいの雨がなんだってんだ!」 勢いづいて廊下を走っていく途中で何度か僧やら僧兵仲間やらの説教と疑問が飛んできた気もするが全部聞かなかった事にする。 寺の外へ出てみればさっきまであれのほど憎々しかった雨が優しく降り注いで、少し上気した頬には気持ちが良くて。 イサトは口元に笑みを浮かべた。 目指すのは雨の向こうにいる花梨。 少し後には彼女の顔が見られると思えばこのぐらいの雨がなんだというのだろう。 「驚くかな、あいつ。」 その姿を想像して、ますます早く会いたくなってイサトは勢いよく雨の京を駆けだした。 |
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少し後 ―― 「おい!?花梨!?」 「あ!イサトくん!」 「なんでお前、こんな雨ん中走ってんだ・・・・うわ!!!」 雨のせいで人の少ない京の街に花梨に飛びつかれたイサトの声が派手に響く。 「な、な、なんだよ!?」 「イサトくん〜〜〜会いたかった〜〜〜〜」 「!・・・・俺も、会いたかったぜ。」 そう言って顔を見合わせたイサトと花梨がどうなったのか。 それは秋雨だけが知っている話・・・・ |
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| 〜 終 〜 | ||
― あとがき ―
読みにくいです・・・・すいません(- -;)
どうしても二人の心情を同時進行で書いてみたくてこんな造りにしたんですが最初っから恐れていた通り
激しく読みにくいものが出来てしまいました。
しかもこれ画面とか表示のサイズでレイアウト狂いまくるかも・・・・。
何となくこの二人だったら悶々としているより雨だろうがなんだろうが飛び出して行っちゃいそうかな〜と。
でもこれ、確実に翌日は風邪ひきますよね(笑)
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