幸せのカタマリ 〜 遙かなるお題50 〜
イサト君の言うことはいつも唐突だ。 今日だって・・・・ 「なあ、花梨。」 「ん?」 ぎゅーっとイサトに抱きしめられた状態だった花梨は窮屈そうにイサトの腕の中から顔を出した。 京を鬼から救ったあの戦いから早1年が過ぎていた。 戦いの中で想いを通わせた二人は幾多の葛藤の末に花梨が京に残るという形で落ち着いて今に至っている。 といっても八葉の役目が終わった後のイサトは極一般人に戻っているので、花梨という嫁さんが出来た今、毎日忙しく働いていた。 だからたまの休みの今日は、朝から甘えるように抱きついてきたイサトのさせたいようにしていたのだ。 「何?」 見上げてくる花梨の視線がくすぐったいというように目を細めるイサト。 そうすると普段きつめな印象が緩んで一気に可愛くなる。 しかし花梨は何となく警戒していた。 さっきの何の前触れもない呼びかけ・・・・ああいう時は往々にして 「なあ、幸せってなんだろう?」 「はあ?」 思った通り唐突なセリフの内容に花梨は思いっきり首を捻ってしまった。 「えーっと・・・・何?」 「だから幸せ。」 それはまた、偉く哲学的な。 むむっと眉間に皺を寄せた花梨をイサトはじっと見つめる。 「・・・・なんでそんな事、思ったの?」 「うん、ちょっと考えたんだ。幸せって何だろうって。だから花梨がどう考えてるのか聞きたくなった。」 「・・・・それ理由になってなくない?」 イサトの言葉から理由らしきモノを発見できなかった花梨は軽く睨み付けるが、その鼻先に小さくキスを落とされて黙ってしまう。 (これだけで誤魔化されちゃうって情けないよね、かなり・・・・) とは思うけれど小さなキス1つだってとても甘くてイサトが愛しくなってしまうのだから仕方がない。 花梨はため息を1つついて考え出した。 (幸せ・・・・しあわせ・・・・シアワセ・・・・仕合わせ?) 「・・・・・・・・・・・・・・・・ポン酢しょうゆ・・・・・・・・・・・・・・・」 「?」 「あーーーごめん、今のはちょっとしたぼけだから!」 しあわせ〜ってなんだっけ、なんだっけ〜♪とか、おてての皺と皺を・・・・とかCMオンパレードに支配されかけた頭をあわあわと振る花梨。 そんな花梨をしばらく楽しそうに見ていたイサトはヒントをくれることにしたらしい。 「じゃあ、どんな事している時がお前は一番幸せだ?」 「え?」 きょとんっと首をかしげて花梨は少し考える。 (幸せな時?・・・・) 「あ!」 「思いついたか?」 「うん!おいしい物食べてる時!」 ガクッ・・・・ 意気込んだ答えにイサトは脱力して花梨の肩に頭を落とした。 「え?え?何?いけなかった??」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや」 そう言いながらもガッカリした、という感じを隠せないイサトに、花梨はおろおろする。 「それじゃ駄目?じゃあ、えーっと・・・・誰かとおしゃべりしてる時!」 「ふーん」 「それ以外は・・・・綺麗な景色を見た時とか、煮物が上手く煮えた時とか」 「ああ。」 「あ、勝真さんや泰継さんに褒められた時とか!」 「・・・・おい」 さすがに最後のには口元を引きつらせる。 おいしい物を食べてる時も結構(花梨はおいしい物を食べると本当に嬉しそうな顔をするし)。 おしゃべりも結構(呆れてしまうほど花梨は楽しそうによくしゃべるし)。 煮物も結構(最近料理にも慣れてきて美味くなってきたし)。 けれど勝真や泰継が登場して 「・・・・俺が出てこねえんだよ。」 ふてくされてぽつりと呟いた言葉は抱きしめていたのが災いしてばっちり花梨に聞こえていたようで、花梨はびっくりしたように顔を上げた。 そしてイサトの顔を見上げてきょとんと数回瞬きをしてから言った。 「それでいいの?」 「え?」 何か理解不能な事を言われたような気がして花梨を見下ろすと、花梨はなんだ、とくすくす笑っていた。 「わざわざ聞いてくるからそれは前提なんだと思ってたのに。なんだ、すごく悩んじゃったよ。」 「??」 なんで花梨がほっとしているのかさっぱり理解できずに首をかしげるイサトに、花梨はにっこり笑って言ってのけた。 「だって、イサト君は丸ごと私の幸せだもん。」 そう言う花梨の表情は出会った頃には見たこともなかった酷く綺麗な笑顔で、イサトは言葉を失った。 ただもう、壊れそうなぐらいに心臓がうるさい音をたてている事と、すっかり慣れてしまったはずの花梨が腕の中にいるという状況さえ恥ずかしくなるような想いに心底困った。 そんな固まってしまったイサトに気付いているのかいないのか、楽しそうに花梨は指を折りながら言葉を重ねる。 「朝、イサト君におはようって言われるのも幸せだし、ご飯が美味しいって言ってもらえると幸せだし、抱きしめてくれるのも幸せ。数え上げたらきっときりがないよ。 だって、イサト君と一緒にいられる『今』が一番幸せだって思うんだから。」 ちょっと言い過ぎかな、と照れて笑う花梨にイサトは頭を抱えたくなった。 (勘弁して欲しいぜ・・・・) これ以上 ―― 俺を惚れさせてどうするんだよ。 危うく口に出しかけた言葉(ほんね)はなんとか喉もとで食い止めた。 いつだって奇想天外な元龍神の神子は、ちっとも油断させてくれない。 今日だって本当は答えに詰まる花梨に、イサト自身の答えを教えて照れた顔を見てやろうという悪戯のつもりだったのに・・・・。 しかし見事イサトの悪戯を(無意識にも)撃退した花梨は無邪気な笑顔で聞いてくる。 「ね、何でそんな事聞いてきたの?さっき考えたって言ってたよね?てことは、イサト君の答えもあるの?」 はあ、とため息をついてイサトは苦笑した。 (もう、俺の負け決定なんだけどな。) でも、まあ・・・・少しも悔しくないからよしとするか。 本当は『勝つ』つもりで用意した答えを言うためにイサトは花梨の額に自分のおでこを合わせてゆっくり口を開いた。 ―― さあ、イサトの囁いた言葉は無意識に彼の計画を返り討ちにした幸せのカタマリに一矢報いることができたのか。 ―― 数秒後に真っ赤に染まった花梨の頬がその答え 〜 終 〜 |