黄昏ロマンス 〜 遙かなるお題 48 〜
「ひまならちょっと付き合えよ。」 そんな言葉であかねが天真に左大臣邸から連れ出されたのは数刻前。 で、今 「て、天真君・・・・」 「あ?」 「な、なんで、わ、私たち・・・・」 「なんだよ。」 「山登りしてるわけ!?」 とうとうあかねが爆発したのも至って無理はない。 たとえ山が指し示す場所が船岡山だといっても、覚悟のない山登りは必要以上の体力を消費するのだ。 だというのに、天真ときたら行き先も告げずにズンズン歩いていきザクザク登り始めてしまって、気がつけば反論する間もなく、もうすぐ船岡山の頂上だ。 いつの間にか穏やかだった午後の日差しも西に傾いている。 「山登りってほどのもんでもないだろ?」 「ほどのもんだよ!だいたい先に行き先を言ってよ。ほら、もうすぐ日が暮れちゃうでしょ。」 びしばし反論されて天真はちょっと押され気味に前髪を掻き上げる。 「何も言わずに来たのは悪かったよ。・・・・けど、この時間じゃないと意味がないんだ。」 「意味がない?」 「あー、もう、いいから黙ってついてこいって!」 「・・・・そんな一昔前のプロポーズみたいな台詞で誤魔化したってダメなんだからね。」 「プロっっ!?って何言ってんだ!!いいからいくぞ!!」 あかねの突っ込みに面食らったように顔を赤くした天真は今までにもましてガシガシと登り始めてしまった。 「ああ、待ってよ!天真くん!」 慌てて追いかけてくるあかねの気配をちゃんを背中で感じながら天真は、「人の気もしらないで・・・・」とこっそりため息をついた。 そして肩越しにちょっと振り返ってひーひー言いながら着いてくるあかねに言った。 「頑張って着いてこられたら良い物見せてやるから。」 「いいもの?」 「そうだ。もうちょっとだから頑張れ。」 「・・・・うん。」 渋々頷いたようなあかねが実は今の一言でかなりやる気になった事はあかねとつきあいの一番長い天真にはお見通しだ。 遠慮無く歩調を少し早めながら内心自分に苦笑する。 (本当は俺の方が「いいもの」を見られるのかもしれないけどな。) それから数分とたたずに目の前に一気に開けた視界にあかねは思わず歓声を上げていた。 「すっっごーい!」 あかねの目の前に開けたのは、夕焼けで緋色にもえる京の都だった。 180度の展望すべてが夕暮れの街。 まるで染め抜かれたような黄昏色の街の向こうに太陽が沈みかけている。 「すごいね!すごい綺麗!」 「だろ?バイトの帰りに見つけたんだぜ。この絶景ポイント。」 どことなし誇らしげに言う天真にあかねは素直に賞賛の視線を向ける。 「うん、綺麗。これを見せるためにつれてきてくれたの?」 「ああ、まあな。」 実は数日前から夕日が綺麗そうな日を待って、しかも誘うタイミングを考えていたなんておくびにも出さずに天真はなるべくさりげなくを装う。 「そうなんだ。文句なんか言っちゃってごめんね。」 さっき山道の途中で文句を言った事を思い出したせいだろう。 しゅんっとなったあかねの頭を天真はくしゃっと撫でる。 「驚かせたくて話さなかった俺も悪い。それに違うだろ?」 「へ?」 「俺はごめんより別の言葉がいいぜ。」 「あ」 言われて思い当たったのか、あかねはくしゃくしゃにされた髪をなでつけてにこっと笑う。 「ありがとう、天真君。」 ―― とくん ―― (うわ・・・・) この笑顔が見たくてやったくせに、実際に目の当たりにしてみると跳ね上がった鼓動をもてあます。 ・・・・うっか出そうになった手をなんとか押さえ込んで天真は照れ隠しに絶景の方へ目を向けた。 碁盤の目状に整然と整備された街が紅に染まっている。 見える人工物はそれだけで、サイドの山は黄昏の元にあって一足先に夜の気配を抱えている。 そこで暮らす人も、鬼も、いろいろなものの感情などお構いなしに緋色に染めぬかれた美しい都。 それは文句なしに美しい光景で。 「ここにカメラがあればな。」 「はあ?」 思わず天真の口から零れた現代っ子な発言にあかねはきょとんとしたように天真を見上げた。 「カメラって修学旅行じゃないんだから。」 「わ、わかってるって。ただなんつーか、残せといたら綺麗だろうな、なんて思っただけだ。」 なんだか酷く間抜けな事を言った気がして顔を赤くする天真に、くすくす笑いながらあかねが頷く。 「気持ちはわかるけどね。とはいっても、カメラなんてものはないし・・・・じゃあ、心のフォトグラフ、なんてどう?」 「んな恥ずかしいこと言うか!」 「あははは!」 笑い転げるあかねに憮然とした表情を作るものの、天真はすぐにため息と共に表情を和ませる。 「そんだけ笑えれば大丈夫だな。」 「え?」 「お前、ここのとこ落ち込んでただろ。」 言われてあかねは驚いたように目を見開いた。 確かにここのところいろんな事がうまくいかなくて悩んでいたのは事実だが、人にわかるほどのものではないつもりだった。 隠しているつもりだったのに。 「なんでわかったの?」 「お前と何年つきあってると思ってんだ。馬鹿にすんな。」 (いつだって見てるしな。) 心の中でつけたした言葉はとてもじゃないが口に出せないので黙っておくことにして、天真はあかねの頭をぽすっとたたく。 「誰にも言わずに無理するのだけはやめろ。」 「大丈夫だよ。」 「大丈夫じゃねえだろ。今回だって・・・・」 「大丈夫。」 無理していても他に悟らせずに限界まで頑張ってしまうあかねだから、心配なんだと言いつのろうとした天真の言葉を妙にきっぱりとあかねが遮る。 その確信に満ちた言い方に天真が目線で疑問を投げかけると、あかねは口元にゆっくりと笑みを刻んで言った。 「私が無理したって、見ててくれるんでしょ?天真君が。」 「!?」 面食らってうぐっと天真は言葉に詰まった。 (時々、こいつって確信犯じゃねえのかって思うよな。) でもなぜだかどこか得意げに微笑むあかねには真っ直ぐな感情しか読み取れない。 一瞬、友雅ならばこんな時どう答えるだろうと考えてしまって、あわてて打ち消した。 どのみちあの気まぐれな蝶のような少将の真似は天真にはできないし、する気もない。 だから結局天真は天真らしく、ぶっきらぼうに言った。 「人に頼るな!」 「はーい。」 ちっとも気にした様子もなく楽しそうに京の街を見るためにあかねは天真に背をむける。 その背中に、小さくて華奢で・・・・凛としたその背中に天真は声をかける。 「あかね」 「何?」 振り返るあかねの髪が揺れて、袂が風を起こす。 そのシルエットを縁取るのは、彼女の名と同じ色の空。 「・・・・やっぱりカメラ、惜しかったな。」 きっと、どんな絵画にも負けない、綺麗な写真になった。 (俺にとって、だけどな。) 密かに笑って、天真は冗談ぽく両手で枠を作って目線まで上げる。 ―― 親指と人差し指で作った四角の枠の中で、あかねがにっこり笑った。 〜 終 〜 |