携帯電話 (遙かなるお題44)
ことんっ 「あ・・・・」 ばたばたと少ない荷物を片づけていた花梨は荷物の間からこぼれ落ちた『それ』を見て思わず手を止めた。 メタリックピンクの手のひらにも収まってしまいそうな『それ』。 花梨が好きだったマスコットやらキーホルダーのついた小さな機械。 それはこちらの世界ではまったく意味を失ってしまった物 ―― 携帯電話だった。 高校に入学したお祝いにとねだって買ってもらった携帯電話はたまたまポケットに入ってたため制服とブレスレット以外と一緒に数少ない花梨の元いた世界の痕跡だった。 「懐かしい〜。」 思わずそう呟いてしまうのは、その機械を使っていたのが半年以上も前のせいだろうか。 ぱちっと音をさせて二つ折りの携帯を開けてみても、その画面は暗いままで何も映さない。 ほんの少し寂しい気がして花梨がふふっと笑った時 「花梨いるか?って、何してるんだよ、お前。」 ばたばたとおよそ優雅とは言いにくい足音と共に顔を出したイサトは部屋に一歩足を踏み入れたところで驚いたように目を丸くした。 「え?あ、ごめんね。散らかってて。」 「それはいいけどよ。何やってんだ?」 「うん、もうすぐ夏だから模様替え。」 ふーん、と言いながら器用に散らかっている机やら着物やらをさけて隣に座ったイサトは、ふと花梨の手の中の物に目をとめた。 「何だ?それ。」 「これ?えーっと、うーん、なんて説明したらいいのか・・・・」 「もしかして向こうの世界のもんか?」 「あ、うん。掃除してたら出てきたから。」 見たい、とばかりに出されたイサトの手に花梨は携帯電話を落とす。 不思議そうな顔のまま携帯をひっくり返したり眺めているイサトを笑いをこらえて花梨は観察する。 やがて二つ折りの部分を両側に引っ張った途端、ぱちんっと音と共に開いたそれにびっくりしたようにイサトが仰け反った。 「わっっ!」 「あはは!大丈夫だよ〜、何も出てこないから。」 「そ、そんな事わかってら!!」 笑われたのが恥ずかしかったのか、驚いてしまったのが悔しかったのか(たぶん両方だと思われる)、拗ねたように言って今度は携帯の内側に熱中し出す。 その横から頬を寄せるように覗き込んだ花梨は通話ボタンを指さして言った。 「この印を押して電話番号っていう特定の数字をしたの部分で押すとどんなに遠くにいる人とでも話ができる。これはそういう機械だったんだ。」 「?泰継の式神みたいなもんか?」 「う〜ん、合っているような違うような・・・・。例えば、今私とイサトくんが話してるでしょ?」 「ああ。」 「それが目の前にいなくてもできるの。この上の所から相手の声が聞こえて、下の所から自分の声が相手に送られるって仕組み。」 「???花梨が近くにいなくても花梨と話ができる、ってそういう事か?」 「あ、うん!そうそう!夜でも昼でもいつでも。もちろん相手が寝ちゃってたりしてたら電話に出てくれないから駄目なんだけど。」 「夜でも昼でも?それ、いいな。」 「でしょ?」 なんだか認めてもらったような気がして花梨が嬉しそうに頷くと、にかっとイサトはくったくなく笑って言った。 「それならいつでもお前の声が聞けるって事だもんな。」 「うん、そうそ・・・・え?」 「それで、これ使えるのか?」 一瞬すごい口説き文句を聞いたような気がしたが、取りあえずイサトが次にいってしまっているので今更問い返すのも恥ずかしいので花梨もスルーしておくことにした。 (・・・・でも顔、赤くなってるような気がするんだけど。) 「なあ、これ使えないのか?」 「え?あ、ご、ごめん。何?」 「これ使えないのかって聞いたんだけどよ。」 「あ・・・・これは、もう使えないんだ。」 そう言ってイサトの手の中から携帯を受け取ると花梨は手の中で転がした。 そして苦笑する。 「これは2つ対じゃないと意味がないの。話したい相手がこれを持ってないと自分がもっていてもただの箱。で、この世界じゃ誰ももう声を受けられる方の機械を持ってないから電話がかかるわけない・・・・。 それがわかってるのに、この世界に来てすぐぐらいに何度も使おうとしちゃってね。それで電池・・・・とと、動力が切れちゃったの。」 だからもう動かないんだ、とそう言いながら花梨は自分の顔が寂しそうにしていない事を祈った。 もし少しでも悲しそうな顔をしたら、この世界に花梨を引き留めた事をイサトが悔いてしまいそうで恐かったから。 ふっと息を付いて気持ちを切り替えるように花梨は笑って 「だからこれはもう唯の役立たずで・・・・」 そう言いながらイサトの方を見ようとして・・・・ ちゅっ 「!?イ、イ、イ、イサトくん!?!?」 不意打ちでキスされた唇を押さえて真っ赤になる花梨の至近距離で、イサトは派手に笑い出した。 「お、お前、驚きすぎ〜!」 「当たり前でしょ!!いきなりキスするなんてーーー!」 「鱚?」 「ちっがーーーーう!!そんな使い古されたボケは認めなーーーい!!」 イサト的には意味不明な事を言ってぽかぽかと殴りかかってくる花梨を、イサトは難無く自分の懐に抱き留めてしまった。 「うぐぐ・・・・」 「なあ、花梨?」 自分の腕の中で悔しそうに呻く花梨の耳元でイサトは内緒話でもするように囁いた。 「な、何?」 「やっぱりない方がいいな、それ。」 「?携帯の事?」 「よくわかんねえけど、それ。だってよ、それがあると・・・・」 そう言ってゆっくり花梨を離したイサトは、少年と青年の間のような大人びた顔で言った。 「お前が悲しいとか寂しいとか思ってる時に、こうやって抱きしめられねえだろ?」 「イサトくん・・・・」 「俺はそれが使えなくてもできるだけお前が話したいって思ってくれる時には来るよ。だから俺と話す時はいつでも、抱きしめられる距離にいろよ、な?」 ―― それ以後、花梨の携帯電話が制服と一緒に行李にしまわれてだんだん忘れられていったとか。 〜 終 〜 |