秘密 〜 遙かなるお題38 〜
「・・・・こういうのを無防備っていうんでしょうね・・・・」 半ば呆れたように、彰紋は呟いてしまった。 今、彰紋がいるのは四条にある屋敷の北の対、今、様々な異常現象が起きている京を救う唯一の希望たる龍神の神子が滞在している場所である。 無防備なわけがない・・・・屋敷は。 少しだけため息をついて彰紋は『無防備』の目線に合わせるように腰を落として呟いた。 「貴女は姫君なんですよ?得難く、美しい。わかってるんですか・・・・花梨さん。」 彰紋の問いへの答えは 「・・・・・・・・・・すー・・・・・・・・・」 安らかな寝息だった。 そう、『無防備』とは屋敷ではなくその屋敷の何故か縁でぐーすか眠る龍神の神子その人へ向けた言葉だった。 年頃の女性が、下手したら外から丸見えの縁で眠っているその様を『無防備』と言わずしてなんと表現したらいいのか。 まして龍神の神子は最近院の側の神子、千歳が失脚したために花梨が本物だと評判が広がって、一目見ようとやっきになっている公達もいると聞いている。 (そんな人に見つかったらどうするんですか。) 考えただけでぞっとしているのが自分だけ、というのが笑えない。 花梨本人には縁だろうが部屋の中だろうが、たいして違いがないのだろう。 (良い天気なのはわかりますけど。) 彰紋でもそう思うぐらい、日差しは晩秋の割に暖かいし、微かにそよぐ風も気持ちが良い。 「でも、ね。」 風に溶けるような呟きを落とした彰紋の瞳に、ちらりと光が過ぎったものを見た者はいなかった。 彰紋はついっと手を伸ばす。 柱に背中を預けるようにして眠っている花梨の間の距離はそれだけであっさり縮まって、指先に花梨の短い髪が触れた。 念入りに梳られた髪ではなくて、短い髪の先の感触が指先に当たる。 くすぐったいその手触りに彰紋は小さく首を傾げて相好を崩した。 ―― 酷く愛おし者を見るように、甘くとろけそうな微笑みに。 その場でその表情を見た者がいたならば、魅了されずにはいられなかったであろうその笑顔のまま、彰紋はそっと。 至上の秘密を打ち明けるように。 彰紋は眠る花梨の耳元に唇を寄せて、囁いた。 「『無防備』は誘っているのと一緒なんですよ?花梨さん・・・・」 ―― 花梨が目を覚ましたのは、それから半時後の事だった。 「・・・・ん・・・・」 小さく呻いて目を開けた。 同時に飛び込んできた色は、金に近い栗色。 「?」 縁側で寝ちゃったのか、とかなんで寒くなってないんだろう、とか思いつくより先に寝ぼけた頭は好奇心に忠実にその色に手を伸ばす。 (あ・・・・柔らかい・・・・?) ぼーっとしている花梨の耳にその時、くすりと笑う声が届いた。 「くすぐったいです。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・えっっっ!?」 一気に覚醒した花梨が見たのは、彰紋の髪に自分の手が触れている光景。 「な、あ、え?あ、あ、彰紋君???」 「はい、おはようございます。花梨さん。」 穏やかに言われて一瞬呆気にとられた花梨は次の瞬間、自分が一体どういう態勢で何をしているか理解して全身がっちり硬直してしまった。。 自分が枕にしているのが彰紋の膝だと気づいたから。 いわゆる膝枕状態という奴で、すっかり寝こけていたらしい。 (な、な、な、なんで私はこんな姿で寝てるの!?だいたい眠る前は一人だったはずで・・・・) ?????と、顔を赤くしたり青くしたりしている花梨を覗き込むように上から見下ろしながら彰紋は笑った。 「花梨さん。」 「ははははいい?」 完全に声がうわずった。 どうやらパニック状態で、いまだに自分の手が彰紋の髪に触れている事にも気づいていないらしい。 その手を、彰紋は優しく握って言った。 「縁でお休みになるのはお勧めできません。色々危険もありますし。」 憂いを含んだ声で言われて花梨は慌てる。 「大丈夫だよ。別にお屋敷の中なんだし。」 「いいえ。そんな事ありません。いくら今日が暖かいと言っても長時間外に居れば冷えますし、冷えれば風邪をひくでしょう?」 「え?そんなに冷えてないでしょ?今日、暖かいし。」 「そうですか?手は冷たくなってますよ。」 そう言われて、初めて握られたままの手に気が付いた花梨は今更ながら鼓動が跳ね上がるのを感じた。 その視線の先で彰紋はいつものくったくない笑顔でそっと自分の唇に触れて・・・・とんでもない一言を落としてくれた。 「それに、ほら」 「唇だって、冷たくなってましたから。」 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・) 一瞬の思考停止。 次の瞬間。 「☆○!?△!???☆!?」 バネ仕掛けの人形のように花梨は飛び起きた。 その顔が完全に真っ赤に染まっているのを見て思わず吹き出しそうになるのをなんとか彰紋は堪える。 「あ、あ、あ、あ、彰紋君!?」 「はい?」 「私が寝てる間に一体何が・・・・っていうか、唇って・・・・いや、その・・・・私何かした?や、でも・・・・」 とにかくなんとかしゃべろうとして、一向にまとまりが付かなくなっている花梨に、彰紋はそれは満足そうに笑った。 これで少しは警戒心というものを持ってくれるかもしれない。 「何笑ってるのーーーーー!?」 何がなにやらわからなくなっている花梨に、彰紋は気づかれない程度にため息をつく。 (・・・・かなり頑張って自制したんですから、『少しだけ』は許してください。それと、こんな意地悪も。) 正直、生まれて初めて愛しいと思った女性を前に『あれだけ』我慢した自分はなかなか我慢強い男なのではないかと思う。 だから無防備な天女に少しだけのお仕置きを。 仕上げ、とばかりに彰紋は魅惑的に、にっこりと微笑んで言った。 「秘密、です。」 ―― それからしばらく、花梨は縁側で昼寝をする事はなくなり、彰紋は時折唇に指先を当てて呟いている姿を目撃されたとか。 「・・・・柔らかかったな。」 〜 終 〜 |