不器用 〜 遙かなるお題 34 〜
(私・・・・結構、ひねくれ者なのかも。) 元宮あかねはそんな事を思って、思わず苦笑した。 さらさらと頭上からこぼれ落ちてくる五月の日差しは暑すぎず、寒すぎず、そんなくだらない思考すらなんだか暖かいものにしてくれるような気がした。 行く当てがあるわけではないあかねはぽっくりのような靴で柔らかい地面をぶらぶらと歩く。 あかねがほんの少し前までいて、生まれ育った世界(現代)と違い新緑の濃い緑の匂いは人の生活に薄められていない真に清々しいものだ。 のんびりと一人散歩・・・・などと、本人はいたって優雅な気分だが今頃、あかねが仮住まいにしている左大臣邸はちょっとした騒ぎになっているだろう。 (書き置き1つで出てきちゃったからなあ。) しかもその書き置きの内容たるや、ミミズののたくったような字で一言。 『ちょっと出かけてきます』・・・・きっと左大臣の可愛い姫君はかわいそうなぐらい心配しているに違いない。 なんといってもあかねはただの少女ではない。 京に巣くう鬼達と戦うための鍵となる龍神の神子なのだから。 しかもこの京という場所では女性が単身で出歩くような治安の良さはない。 「別に藤姫を心配させたいわけじゃないんだけど・・・・」 芽生えた罪悪感から声に出してつぶやいて、あかねはぶらぶら歩きを中断して一本の大きな木に背中を預ける。 一応危なくない場所は選んでいるつもりだ。 今いるこの糺の森だって、怨霊や鬼の手の届かない場所であることをあかねは感覚的に知っていた。 それは神子としての素質みたいなものなのかもしれない。 もっとも、いくら安全だと言ってみたところで過保護な八葉および星の姫には通じるわけもないのだが。 もちろんあかねだってしょっちゅう散歩なんて適当な事を言ってみんなを心配させているわけではない。 それどころかほとんどは必要に迫られて飛び出していく事ばかりだ。 ・・・・だけど、時々、本当に時々あかねは理由もなく左大臣邸を抜け出す。 そのわけは ―― 「神子殿!!」 鎮守の森の静寂を切り裂いて緑の向こうに現れた人影にあかねは目を細めた。 そうとう焦っているのか、高く括った髪を跳ねさせ駆け寄ってくる長身の青年の影。 (来てくれた。) 胸がふわっと暖かくなってこぼれ落ちそうになった微笑みをあかねは慌てて引っ込めた。 そうしないと駆け寄ってきた彼に確実に怒られてしまうから。 いや、怒られるのはかまわないかもしれない。 でも呆れられるのは嫌だから。 (・・・・こんな事しておいて嫌われるのはいやなんて勝手だけど、ね。) あかねが小さくため息をついたと同時に、青年はあかねの前に到着した。 軽く肩で息をする彼を見上げてあかねはばつが悪そうな様子を装って言った。 「見つかっちゃいましたね。ごめんなさい、頼久さん。」 「神子殿・・・・」 脱力したようにため息をつく青年は神子を守る天の青龍、源頼久 ―― この世界に来て、あかねの心に滑り込んだ青年。 言葉も表情も少ない頼久をあかねは最初は苦手だと思っていた。 無愛想でちょっと怖い ―― それが最初のあかねの頼久の印象。 正直にいってなんで頼久なのか、あかね自身にもよくわかっていないところはある。 それでも今はその無愛想さまで愛しい・・・・。 (でもね) 少しだけ乱れていた息を整えて頼久はあかねを見上げた。 その表情に、あかねの胸がどきっと鳴る。 頼久はなんと言ったらいいのか困ったような顔をしていたから。 (だから・・・・そんな顔をされると) 錯覚しそうになる。 頼久が大切に守ろうとしてくれているのは ―― 『龍神の神子』、ではなく元宮あかねなのだと。 (違うのに・・・・) 頼久が剣をを捧げ、守ろうとしているのは龍神の神子であってあかねではない、と。 (わかってるから、でも。今だけ。) 「ごめんなさい。龍神様の鈴の音が聞こえたから。」 顔色一つ変えずに嘘をついてみせた自分に一瞬だけ感心した。 こんなことだけ、器用にできるなんて、と。 しかし頼久はあっさりその嘘を信じてくれたらしく、眉間に皺をよせつつうなずいた。 「そうでしたか。・・・・ですが神子殿。お一人では危ない事もあります。お願いですからせめて私にぐらいは声をかけてください。」 うなずきながらあかねはちょっと苦笑する。 それじゃあ意味がない、なんて。 そりゃ声をかければ頼久はきっとついてきてくれるけど、それは『龍神の神子』を守るためだから。 (せめて探している間だけでも『私』の顔を思い浮かべて欲しい・・・・なんて。) 「・・・・我が儘・・・・」 聞こえないように小さな声で言ったつぶやきに頼久が首をかしげた。 「神子殿?何かおっしゃいましたか?」 「え?う、ううん。なんでもないです。」 「?そうですか。では戻りましょう。藤姫様が心配されていました。」 「うん・・・・」 うなずいて、あかねは何かを振り切るように笑った。 ―― 想いを口にも出せず、困らせることでわずかばかり満足して・・・・ たいがい、ひねくれてると思うけど、それでも今は気づかずにいて ・・・・いつか気づいて 不器用で不格好な、私の恋に―― 〜 終 〜 |