特殊スキルレベル1 〜 遙かなるお題 33 〜
それは花梨が京に召還されて、ほとんど本人の意思とは関係なく龍神の神子になってしばらくたったある日の話。 「はああ・・・・」 今日も一日、これでもかとばかりに京の街を歩き回った花梨は紫姫の屋敷の部屋でぐったりと文机に突っ伏してため息をついてしまった。 本音は床に大の字に寝っ転がりたい気分だったが、以前それをやっているところを深苑に見つかりこっぴどく叱られた事を思い出してやめたのだ。 しかしそれはどうやら良い選択だったらしい。 「神子、だらしがないぞ。」 声だけは幼い癖に、頭の天辺にグサッときそうな辛辣な台詞を食らって花梨は起きあがって振り返った。 そこには思った通り、そっくりだが眼差しの感じが全然違う二人、深苑と紫がいた。 「あ、兄様。そんな風におっしゃっては・・・・。神子様はお疲れなのですわ。」 「紫、甘やかしてはいかんぞ。供をした二人は疲れ一つ見せずに帰っていったではないか。」 「そんな。お供をされたのは勝真殿と頼忠殿でございましょう?お二人と神子様を比べるなど・・・・」 「違うんだよ〜、紫姫〜。」 神子様贔屓の紫と深苑が危うく言い合いになる前に、花梨が情けない声を出して紫に抱きついた。 「!こ、こら!神子!」 「あらあら・・・・どうかなさったんですか?」 慌てる深苑を横目に(妙に)嬉しそうに紫は花梨を覗き込む。 その動きに促されるように花梨は座り直した。 「うん、体力的にはね、もう慣れたんだよ。さすがに都縦断とかすれば疲れるけど今日は近場だけだったし。 でもね〜」 そこまで言って思い出したのか花梨はううっと涙目になりつつ訴えた。 「勝真さんと頼忠さんがしょっちゅう喧嘩してばっかりで・・・・!」 「まあ・・・・」 「ああ・・・・」 花梨の言葉に紫のみならず、神子に厳しく当たりがちな深苑まで同情的な呟きをこぼしてしまった。 彼らにとっても覚えのある疲れであることを悟ったからである。 何せ、やっと協力体制を組む事になったとはいえ、天地の八葉の仲の悪さたるやすさまじいものがある。 朱雀の二人はまだ若く一方通行の嫌悪感だし、玄武の二人も一方的に片方が片方に対して怯えているだけなので多少マシとしても、青龍、白虎は酷い。 白虎は過去の因縁がある上に、なまじ年がいっているので喧嘩と言うより冷たい言葉の押収で本人達は(少なくとも片方は)楽しんでいるとはいえ、間に挟まれる者にとってはたまったものではない。 できるなら耳を塞いで、自分の存在を無かったことにして欲しいぐらいである。 それに対して青龍の方は冷たくは、ない。 冷たくはないが熱すぎるのである。 勝真にしても頼忠にしても、朝廷を守る役職につく武芸自慢。 そんな二人がかなり本気の殺気を漲らせて言い合う様はハッキリ言ってかなり怖い。 しかもそれを調停しなくてはならないとなると、一方ならぬ覚悟がいるわけで・・・・ 「・・・・それはお疲れになりましたわね。」 「・・・・ああ。ゆっくり休むと良い。」 八葉の話合いの時や、控えの間で待っている間に彼らが起こす一悶着を一度ならず納める羽目になったことがある二人は深くため息を付きながら言った。 「うん、そうする。・・・・でもさあ、どうにかならないかなあ。」 「そうですわね。院側と帝側に別れているとはいえ、同じ八葉。協力して頂かなくてはいけない事もこれから多くなりますから。」 「ふむ・・・・。歴代の八葉も天地という正反対の性質故、当初は反発し合っていたと言うが、最終的には皆、一丸となって神子を護ったと伝えられている。 ・・・・やはり、本物の神子には何か特別な力が備わっているのではないか・・・・」 「兄様!!そんな言い方ではまるで、花梨様がそうではないかのような・・・・!」 驚いたように眉を寄せた紫に責められてバツが悪そうに深苑はそっぽを向いた。 「別に特別な意はない。ただそう思っただけだ。」 なんとも居たたまれない空気が漂ってしまった事に花梨は苦笑する。 「で、二人は何か用があってここへ来たんじゃないの?」 「あ、忘れるところでした。今日、母の代から伝えられている葛籠の中を調べていましたらこんな書物が出てきましたの。見たこともない文字でしたので、もしや神子様ならばおわかりになるかもしれない、と・・・・」 そう言って紫が取り出した物を見て、花梨は目を見開いた。 それは藤色の和紙で表紙の付けられた本だったが、それ以上に紫姫が『見たこともない』と表現した表紙に書かれた題名は筆で書かれたためにかなり下手くそになっている現代字だったのだ。 しかもその題名は 『 龍神の神子極秘ノート 』 「・・・・ちょっと見せて。」 若干緊張しながらそれを手に取った花梨は取りあえず開いて・・・・数分後、満面の笑みを浮かべた。 「紫姫、ナイスタイミング!」 「な、ない、す・・・・?」 「あ、気にしないで!深苑君、やっぱりあったみたい。神子様の必殺技。」 「・・・・必殺技??」 なんだかわけがわからないが、とにかく上機嫌に転じた花梨の機嫌に戸惑う深苑と紫に花梨はびしっとブイサインを決めて言い放った。 「まあ、見てて!龍神の神子の必殺技、拾得して見事八葉を一つにしてみせるんだから!」 ―― さて、龍神の神子の必殺技とは。 ―― 数日後 再び花梨は青龍の二人と外出する事になった。 目的地は嵐山。 遠いと言うことは、それだけ争いも起こりやすいという事で、今までだったらどんなに良いお天気でも気が重くなるような道行きだったが、今日の花梨は違っていた。 (一人で鏡で練習もしたし・・・・あんまり自信はないけど。とにかく、今日こそ先代神子様達の残してくれた技を試す時かも!) 一人、ぐっと拳を握った花梨を横目に見て隣を歩いていた勝真が笑った。 「おい、何を一人で気合いいれてるんだ?嵐山はまだ遠いぞ?」 「あ、別にたいしたことじゃないんです。」 慌てて手を振って見せる花梨の頭を勝真はくしゃっと撫でる。 「気合いを入れるのはいいけどな、空回りするなよ。」 ぶっきらぼうな台詞だが、その中にはちゃんと優しい響きがある事に気が付いて花梨はにこっと笑う。 ・・・・と、これが別の地の八葉が同行者の時に行われたやり取りであったなら、特に問題はなかっただろう(もっとも牽制代わりに何かやったかもしれないが) しかし生憎と今日の同行者は天の青龍、頼忠という至極真面目きわまりない男だったわけで。 「・・・・勝真」 ぼそっと呟かれた名前に、花梨はぎくっとした。 反対に、勝真はぴくっと眉を跳ね上げる。 「ああ?」 応対した言葉にさっき花梨にむけた優しさは欠片もない。 (こ、この展開は・・・・) ごくっと唾を飲んだ花梨の頭の上でびしっと二人が睨み合ったのがわかった。 「神子殿は女性である上に尊い身の上の方だ。気楽に触れるのは感心できない。」 ごく冷静な口調に聞こえるが、周りに殺気をまき散らしていては逆効果も良いところである。 ばっちり煽られた勝真は負けず劣らず冷たく言い返す。 「悪いな、なんせこいつがこっちへ来た時から知ってるからつい気安くなっちまうんだよ。」 言外に『お前より花梨と親しいのは俺だ』と言っている事を感じ取って頼忠は気づかれない程度に歯がみする。 最初、花梨を疑っていた天の八葉達にとって、それは言われたくない事実だったから。 ますます不穏になっていく空気に、花梨は頭を抱えそうになった。 (ああ、もう!なんでこんなに・・・・って!そうだ!龍神の神子必殺技!) はっとの脳裏をここ数日の修行(?)が駆けめぐった。 (まさに今こそ龍神の神子の必殺技を試す時だよね!) よし、と力を入れて花梨はあの『龍神の神子極秘ノート』に書かれた『一の段』の項目を思い出そうとした。 (えーっと確か・・・・) |
『 一の段 : この技を使う時はタイミングが命である。ベストタイミングを探すべし。 』 |
(よし、タイミング、タイミング・・・・) 花梨がそっと頭上の二人をうかがうと、竜虎よろしく睨み合っている勝真と頼忠。 (うう、怖い〜。・・・・でも、本格的な言い争いになる前のチャンスかも。) |
『 二の段 : この技は二人同時には使えないので最初に言いがかりを付けた方から使うべし 』 |
花梨は覚悟を決めて、『最初に言いがかりを付けた方』、頼忠にくるりと向き直る。 「?」 いつもなら言い合いになりそうな時は首をすくめている花梨が急に動いた事に青龍二人組はほとんど無意識にお互いから視線を花梨に向けた。 それを感じて花梨は思わず心の中で歓声をあげる。 (すごい!先代神子様!本当に二人が私の存在に気がついた!) |
『 三の段 : よく相手の注意をひきつけるべし 』 |
自然とクリアされた三の段にほのかな感動すら覚えつつ、花梨は一つ息を吸う。 ここからは花梨の資質の勝負だ。 ぎゅっと握った両手の拳をファインティングポーズに見えないようにそっと胸元へ持って行き・・・・ (龍神の神子必殺・・・・!!) |
『 四の段 : なるべく顎を上げすぎないように、目だけで、真っ直ぐに相手を見上げるべし。』 |
身長差が幸いして見事、『型』を決めた花梨は困ったように、でも悲しげにという絶妙のバランスをにじませた声でそおっと言った。 「あの・・・・喧嘩、しないでください。ね?」 ―― 龍神の神子必殺、『八葉殺し、上目遣いにお願い』炸裂。 「「!?」」 咄嗟に声を出してしまわなかった自分を頼忠は褒めてしまった。 自分に向けられたはずでなかった勝真まで咄嗟に口元を覆っている。 眉を困ったようによせて、悲しそうに見上げてくる花梨はいつもの活発な印象がなりをひそめて、いっそ可憐なまでにかわいらしかったのだから。 ほんの少しどこか悪戯っぽい雰囲気を漂わせているのはこの『お願い』が功を奏するかうかがっているせいだろう。 そのあたりがまたただのかわいらしさではなく、この元気で明るい神子様に想いを寄せている者にとっては大いに心臓を落ち着かなくさせるわけで・・・・。 心なしか耳まで熱くなってきたような気がするのは気のせいではないだろう。 きっと赤くなっているに違いない顔を覆うように頼忠は額に手を当てた。 「??どうしたの??」 予想外の反応だったのだろう、驚いたように覗き込んでくる花梨を避けるように視線を上げれば、ちょうど彼女を挟んだ向こうで勝真がやっぱり赤い顔で苦笑していた。 その表情がまるで『まいったな』と言っているようで、頼忠も口元をゆるませる。 まいった。 一生懸命、二人をなだめようと不慣れなことをしてみせる花梨が可愛くて、まいった。 彼女を見て同じ事を感じている男が目の前にいるのに、嫉妬や焦燥感より共感を抱いている事に、まいった。 そして、こんなにも自分たちを惹き付けてやまない花梨に・・・・まいった。 なんだか可笑しくなってしまって頼忠は口元をゆるめ、勝真は低く笑い出す。 「????な、何なに?」 いきなり笑い出した男二人を、不安げに花梨が見比べる。 その顔にはありありと「失敗?失敗した??」という戸惑いが見て取れて、ますます二人は笑みを深める。 「ど、ど、どうして二人とも笑ってるの!?」 ????を量産して思わず叫ぶ花梨の頭にぽすっと大きな手が乗る。 「勝真さん?」 「別にお前を笑ってんじゃねえよ。なあ?」 花梨の後ろから頭を撫でてやって勝真が頼忠に視線を投げてくる。 しかしその中に先ほどの険悪さは微塵もなく、自然と頼忠も頷いた。 「はい。ご心労をおかけしました。」 「?よ、よくわからないけど、二人とも機嫌よくなったの?」 自分より頭一つ分大きい青年達を見上げて不思議そうに問いかけてくる花梨に、二人は一瞬視線を交わして、それから笑って答えた。 「はい。」 「ああ。」 「??・・・・ま、あ、いいか!二人が仲直りしたしね。」 今一歩釈然としない表情だった花梨は自らそれを吹っ切るように明るく言って笑った。 (良くわかんないけど、成功したみたいだし。必殺技、マスター!!) きっと今、花梨の頭の中では某異世界ファンタジーゲームのレベルアップ音が華々しく鳴り響いたに違いない。 あいにく突っ込みがないのがこの時代の辛いところだが。 「じゃ、気を取り直して嵐山まで行きましょう!」 「お供致します。」 「はりきるのはいいが、前見て歩けよ。」 和やかに響く青龍コンビの声に、上機嫌で花梨は歩き出した。 (ところで、あの必殺技ノートのこの技の最後に書いてあった一言はなんだったんだろ?) 『上目遣いでお願い』の項目の最後、注意!というなにやら鬼気迫った一文を思い出して花梨は首をひねった。 最後の一文、それは・・・・ ―― 「ひゃああああ!ひ、翡翠さん!なにするんですかーーーーーー!!」 ―― 「そりゃあ、姫君からそんなかわいらしいお願いをされれば、ね。」 ―― 「な、な、な、何が『ね』ですか!?」 ―― 「・・・・翡翠、成敗!!」 ―― 「わーーーーーー!!幸鷹さん!成敗はまずいですってーーーーー!!!」 ―― 「ははは」 ―― 「笑ってないで離してくださーーーーい!!」 |
『 龍神の神子必殺技、八葉殺し『上目遣いにお願い』注意事項 けっっっっして地の白虎には使わない事!!!』 |
〜 終 〜 |