超怪異的初恋  〜遙かなるお題 29〜



―― その日、陰陽寮は異様な雰囲気に包まれていた。

外は春の陽ざしが溢れ、小鳥がさえずりそれはそれは暖かな日和だというのに、部屋の中は凍り付かんばかりの緊張感が漲っている。

一見すると部屋に集う陰陽師達はそれぞれ机にむかい仕事をこなしているように見えるのだが、よく見れば全員顔色が青い。

・・・・否、一人を除いては。

「・・・・・はぁ。」

部屋の中で唯一青くない顔をした青年の口から意識していないようにため息が漏れた瞬間、部屋中がぎくっと揺れた。

『お、おい・・・・泰明様、どうしたんだよ?』

先刻から筆先が震えてまっとうに字が書けない若い陰陽師の一人が小声で隣に座る同僚に呟く。

もちろん、隣の同僚も青い顔で首を振った。

『知るか!けど、あの人がた・・・た・・・・ため息なんて・・・・』

ぶるぶると震えながら答えた陰陽師も、問いかけた陰陽師もそぉっと部屋の中でも奥に近い所に座っている青年を盗み見た。

途端に目に飛び込んでくるのは顔をまじないで半分覆った異相。

それが巨大すぎる能力を制御するためのものだという話は陰陽師の間では知らぬ者はいない話だ。

稀代の陰陽師安倍晴明の愛弟子、安倍泰明。

彼の名を知らぬ者もまた、宮中にはいない。

冷静沈着、正確無比。

この言葉を体現したような泰明は時には冷酷なまでに正確に仕事をこなし、一切感情を露わにすることはなかった。

・・・・そう、「なかった」のだ、ごく最近までは。

泰明の才能をねたむ命知らずな者に言わせると氷の人形のように、人らしい感情を覗かせることのない男だった。

それが、ため息。

しかも物憂げという言葉がピッタリくるほどに憂鬱そうに。

いつも文書しかみていない目は何故だか中を彷徨っている。

―― もう、陰陽師達にとってこれは「怪異」以外の何物でもなかった。

「・・・・・・・・はぁ・・・・」

「辛気くさいのお。」

朝から何度目になるかわからない泰明のため息にまたも陰陽師達がびくっと震えた時、部屋の中からからかうような声音がした。

『!?』

弾かれるように陰陽師達が部屋の奥へ目をやると、いつの間にか当たり前のようにそこに安倍晴明が座っていた。

突然地から湧いたように現れた晴明の姿にも一瞥くれるだけで泰明は興味なさそうに視線をそらした。

「・・・・お師匠」

「またえらく嫌そうな目で見てくれる。なんじゃ、泰明。お前があまりに辛気くさいため息なんぞつくから出向いてやったものを。」

「余計な世話だ。」

「不機嫌だのお。」

扇の影でくくっと晴明が笑うのを泰明はまさに「嫌そう」な目で見た。

「式まで使って、よほど暇なのか?」

「ふん、言いよる。暇ではないぞ?だが愛弟子が憂いに沈んでいると聞けば放っておくわけにもいくまい?ほら、話してみい?」

核心をえぐる問いに部屋の中にいた陰陽師達は息を詰めた。

あの泰明にため息をつかせる怪異・・・・。

「お師匠・・・・」

「話してみれば解決策を見つけられるかもしれんぞ?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ほれ。」

促されて泰明はしばし口を閉じる。

無表情ながら珍しく悩んでいるとわかる沈黙に、誰かがごくっと喉を鳴らした。

どんな恐ろしい話が飛び出すのか・・・・陰陽寮の中に言いしれぬ緊張が走る中、泰明はおもむろに口を開いた。















「恋の病だ。」















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カタンッ・・・・

誰かが手に持っていた筆を落とすまで、ゆうに数十秒。

「ふぁははははっ!」

心底面白そうな笑い声を上げたのは晴明一人だけだった。

ちなみに、他の陰陽師達はまったくもって泰明の発言そのものから理解できていない。

というよりもむしろ、あまりにも理解とかけ離れたことを言われたので、脳が受け入れを拒否しているといってもいいかもしれない。

もっともそんなその他大勢などはなから目に入っていない泰明は眉間に皺を寄せて晴明を睨んだ。

「お師匠、何故笑う?」

「い、いや、いや馬鹿にしたわけではないぞ?ところで泰明、それは誰の診断じゃ?」

「友雅だ。」

「ふむ、お主は橘少将殿に自分の事をどう説明した?」

「暇さえあれば神子が脳裏に浮かんで困る、と言った。」

「困る、か?」

揚げ足を取るような晴明の言葉に泰明はしばし考え、首を縦に振る。

「困る。仕事の時でも、屋敷にいる時でも暇が出来ると神子の事が頭に浮かんで、色々な事が手につかない。そもそも神子の行動が突飛過ぎる私が側にいれば守れるがいない時には何かしていないか気になって仕方がない。」

「だが泰明、神子殿にはお前の他にも七人の守り手がいるではないか。お前がおらぬ時は彼らが神子殿をお守りするじゃろうて。」

もっともな晴明の言に泰明は奇妙に顔を歪めた。

「・・・・以前はそう思っていたが近頃は・・・・不快だ。」

ぽつりと呟いた泰明に晴明はぱらりと広げた扇の影でほお、と零した。

(あの泰明が戸惑っておるのか。)

感情が凍り付いていると言われた泰明が、今まさに自分の気持ちの矛盾に揺れている。

しかも周りの者から見てもわかるほどに、初めての独占欲と矛盾に。

「たいしたものだな、龍神の神子殿は。」

「?お師匠?」

眉をよせて見上げてくる泰明に晴明は少しいたずらっぽく口角を上げて言った。

「泰明、その病の特効薬をやろう。」

「?そんなものがあるのか?」

「まあな。」

そういうと晴明は目の前のあたりの中を緩やかな動作で薙ぐ。

と、泰明の前にパサッと軽い音をたてて書状が一通舞い落ちた。

「それを土御門の末姫様に届けてこい。」

「!」

「その後は休みをやるから好きにしていいぞ。」

「特効薬、か?」

「泰明、恋の病にはな相手に会うのが一番なんじゃよ。」

某少将あたりにいわせれば会わないのもまた一興ぐらいはいいそうだが、なにぶん初恋だ。

そしてその名にふさわしく、泰明は書状をすばやく拾い上げると立ち上がって歩き出した。

「あー、泰明。」

「?」

丁度部屋を出ようとした所で、晴明に呼び止められて泰明は迷惑そうに振り返った。

その視線をうけて、晴明は相変わらず面白がるような顔のまま先刻からの疑問を口にした。

「ところでお前、「恋の病」の意味はわかっているのか?」

「調べたがわからなかった。どうも不確実な情報が多すぎる。・・・・もう、行っていいか?」

「あー、かまわん、かまわん。神子殿によろしくな。」

言うだけ行って泰明が足早に出て行った直後、晴明は扇に顔を伏せた。

「あやつめ、何で調べたのやら。くくっ。」

泰明が真面目な顔で恋物語の本を捲っている図で一頻り笑う。

そして顔を上げて部屋を見回して「やれやれ」と呟いた。

その視線の先には、先ほどの「恋の病」発言から凍り付いたままの陰陽師の面々が。

「まったく、人騒がせな恋煩いじゃの。」

―― そう言って晴明がパンッと扇を打ち鳴らした次の瞬間、陰陽寮から響きわたった阿鼻叫喚は宮中どころか、市井にまで広がるほどのすさまじさだったとか。




















                                               〜 終 〜


















― あとがき ―
・・・・ごめんなさい、あまりにつまらなくてごめんなさい(- -;)
いや〜〜〜〜、もうスランプ(><)
久しぶりの泰あかなのにこんなんで、本気ですいません!