正装 〜 禁じられた遊び 〜
その日、源頼忠は極限まで途方に暮れた顔で四条の尼君の屋敷の控え室・・・・ならぬ、平勝真の館の一室に座り込んでいた。 そのあまりの悲壮な雰囲気に、なんであまり仲の良くない源家の武士がここにいるのか、とかいう疑問を差し挟むより早く家人達はさっさと逃げ出してしまった。 「おいおい、いつまでそんな死にそうな顔してんだよ。」 半ば呆れたように横に座っていた勝真に言われて頼忠はぎっと勝真を睨み付ける。 「誰のせいでこんな顔をするはめになっているかわかっていないのか。」 「花梨のせいか?」 「違う!!神子殿に非はない!ただ少々お遊びがすぎるだけだ。そもそもお前があのような・・・・」 牙をむいた番犬よろしく、そのまま頼忠が説教に雪崩れ込みそうになったちょうどその時 「見て見てー!かんせーいv」 弾むような声と同時に御簾を跳ね上げて入ってきた人物を見て、頼忠はきっちり凍り付いた。 しかし勝真の方は面白そうに自分より頭1つ小さいその人物を上から下まで見て頷いた。 「へー、上出来じゃないか。」 「でしょー。へへ、似合う?」 上機嫌にくるっと一周してみせる。 確かにこの季節らしい濃紺の下に淡い青の月草重ねの『それ』がいささか薄目の髪の色に意外にも映えて、なかなかに上品に見えた。 が、『それ』を纏っているのが最近ようやく認められてきた龍神の神子、高倉花梨でなければ。 そして纏っている『それ』が 「貴族の若君って感じ?」 にっこり嬉しそうにそう言う花梨が着ている『それ』は、狩衣 ―― つまり男性装束なのである。 普段着崩している勝真とは違い、きりっと着付けられた狩衣を着て短い髪を烏帽子で誤魔化した花梨は本当に彼女の言うとおり貴族の若君然としていて。 「そうだな、なかなか似合うぜ。花梨。」 「ありがとうございます。頼忠さんはどう思います?」 無邪気に感想を求められて常識の固まりのような青年は脂汗を流さんばかりに返答につまり・・・・そして切れた。 「勝真ーーーーーーー!!!」 「って、おい!俺か!?」 ―― そもそも事の発端は青龍2人の協力のいる四方の札を探していたある日の勝真と花梨のちょっとしたお遊びからだった。 どうもここのところ力の具現が今ひとつの花梨にやる気を出させるために勝真が賭を持ち出したのである。 『札めくりで完璧を出したなら1つだけ言うことを聞いてやる』という賭を。 果たして花梨が現金だったのか、勝真の策が当たったのか、その日見事に花梨はパーフェクトを叩きだした。 ・・・・そこまでは良かったのである。 が、花梨が勝真に言った賭の褒美の内容が頼忠を固まらせるに十分な力を持っていた。 すなわち 『こっちの世界の男性の正装が着てみたいです!』 という内容が。 『み、み、み、神子殿!?何をおっしゃるのですか!?』 『え?駄目?』 思わず動揺が丸出しになってしまった頼忠にちょこっと小首を傾げて聞いてくる花梨。 そのポーズは龍神の神子の必殺技『八葉殺し一の段・不安げにお願い』に違いなく(注:笑うところです) 技の直撃をくらい頼忠が言葉に詰まっているうちに勝真がけろりと言ってしまったのだ。 『いいんじゃないか。俺のでもいいんだろ?だったら明日にでも着せてやるよ。』 『本当ですか?やったーー!』 『ああ。うちの女房達にでも言いつけておけば適当な物を用意してくれるだろう。』 『ちょ、ちょっと待て勝真。神子殿は女性でいらっしゃるのだぞ?それなのに男性装束など・・・・!』 ノリノリの二人をなんとかとめようとした頼忠の言葉に勝真と花梨は顔を見合わせて、同時に一言。 『『別に楽しそうだし。』』 ぴったり合った二人の呼吸に嫉妬すべきか、意地でも男装を阻止すべきかせめぎ合ってしまった頼忠に二人を止めることが出来ようはずもなく、あれよあれよと言う間に花梨男装計画は決定してしまったのである。 「頼忠さ〜ん、大丈夫ですか?」 「いえ・・・・大丈夫です・・・・」 ぴょこんっと覗き込んでくる花梨に明らかに嘘としか思えないセリフで頼忠は答える。 「おい、被害者は俺だぞ?」 さっき切れた頼忠にスッパリ殺られかねそうになった勝真が講義するが、朱雀大路を行く通行人の目から見ればどう見ても勝真が被害者には見えないであろう。 「それより花梨。お前、もうちょっと堂々としてろ。じゃないとどっちが家臣(役)なのかわからなくて周りが怪しむ。」 「あ、そうでした。」 そう言われて勝真と頼忠の間でちょんっと胸を反らせて偉そうに振る舞おうとする花梨を見て頼忠は深く溜息をついてしまった。 男装に着替えた花梨は、さあもうこれでご満足でしょう?と早々にその格好をやめさせようとする頼忠を脇にうっちゃって勝真と外に出てみようと相談を始めたのである。 そして反対する頼忠を説き伏せて(その際、龍神の神子の必殺技『八葉殺し二の段・上目遣いにお願い』が非常に効果を発揮した)朱雀大路に『お忍びの若君とその従者たち』を装って繰り出したのである。 「あ、麿だ。」 何気ない花梨の言葉に頼忠はぎくっとする。 見れば確かに斜め前方からいつも花梨の蹴鞠相手になっている貴族が歩いてくる所だった。 (気づかないでください・・・・!) 必死で祈る(といっても表情にはでないけど)頼忠の願いはあっさり仏に無視された。 ・・・・というか、こんな時期に腕を晒して歩く勝真と仏頂面で周囲に殺気(花梨が心配なあまりに出し放題になってます)をまき散らした頼忠がそろって歩いていたら普通目立つ。 なにはともあれ、麿は気づいた。 そして何の気まぐれかこちらに近寄ってきたのである。 「これはこれは。」 「・・・・・・・失礼いたします。」 礼だけはきっちりと守って頭を下げて速攻で逃げようとする頼忠の肩を無情にも貴族の杓が押さえる。 「これ!麿が話しかけておるに勝手に終わらせるでない!」 「は、はあ。」 慌てて花梨を背に隠して勝真の方を見ると心得たようにさっと自分も花梨の前に出た。 しかしその態度が余計に貴族の関心を誘ってしまったらしい。 「ふむ、今日はあの小娘の共ではないのだな。そちらは・・・・」 「いやっ、そ、その・・・・」 「ほう、頼忠がそのように慌てるとは。一体どなたであらせられるのじゃ?」 覗き込もうとする貴族を持ち前の体格でどうにか誤魔化しつつ、頼忠はかなり焦り始めていた。 こんなところで花梨がこんなお遊びに興じていたとこの貴族にばれれば、最近やっと上がり始めた龍神の神子としての花梨の評価が下がってしまうかもしれない。 そんな事になれば折角の花梨の努力が水の泡に・・・・!! ―― 物事の原因が花梨本人だという事は神子様至上主義なので頭にないらしい(不憫・・・・) だらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだら・・・・ ギャグマンガであったなら顔面に縦線が入って拳大の滴マークが周囲にやたら張り付いているに違いない状況に頼忠がにっちもさっちもいかなくなった その時 「きゃあーーーーーーーーーー!!!」 「「「「!?」」」」 朱雀大路を切り裂く悲鳴に全員が振り返る。 そして目に入った光景は、暴走する牛車とその進路上に立ちつくしている一人の娘! あまりに唐突な事に誰もが凍り付いている瞬間に、たった一人動けた者がいた。 まるで風の如きスピードで牛車と娘の間に小柄な『若君』が滑り込んだ。 そして何かをぶつけるように思いっきり両手を前に突き出した。 瞬間、何かにぶつかったように牛はどうっと横に倒れ込んだ。 同時に車も横に転がり、濛々と土煙が上がる。 やがて、その煙が収まり始めた頃 ―― 「大丈夫ですか?」 完全に腰を抜かして、何が起こったのかもわからないまま座り込んでいる娘に真っ直ぐに手を差し伸べる『若君』・・・・花梨。 土煙の中でも遜色ない藍の色に縁取られた、彼女を安心させるような笑顔。 暴走した牛車を止めた後とは思えない涼やかな身のこなし。 ―― そりゃあもう、ちょっと笑っちゃうぐらいに出来すぎた絵巻物の一場面のように・・・・ 「は、はい・・・・」 完全に花梨に見とれたまま娘が花梨の手を取ろうとした時 「お、お、お、お怪我は!!!???」 「大丈夫か!?」 駆け寄ってきた2人の従者・・・・こと、だいぶ取り乱し気味な頼忠と勝真に阻まれて残念ながら絵巻物は完成しなかった。 「あ、大丈夫です(怨霊を倒すときと同じ要領でやったらこんなになっちゃって)」 ()の中身を小声で言っててへっと笑う花梨に勝真は完全に脱力したように溜息をつき、頼忠は安堵のあまり座り込みそうになった。 しかしすぐに復活すると花梨がたじろぐぐらいの必死の表情で詰め寄る。 「もう、ご満足でしょう?さあ帰りましょう。」 「よ、頼忠さん、目が血走ってる・・・・」 「よ・ろ・し・い・で・す・ね?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 あまりの頼忠の迫力に冷や汗をかきながら花梨は頷くと、ふと思い出したようにいまだに地面に座りっぱなしになっている娘の方に二人の影から顔を覗かせて言った。 「怪我していないか、ちゃんと診てもらってくださいね。」 「あ!どうかお名前を・・・・!」 「おい、人が集ってきたから行くぞ!」 「はい。では失礼します。」 そう言ってにっこり笑うと頼忠と勝真と共に花梨は娘に背を向けて走り出し、あっという間に朱雀大路から姿を消してしまった。 後に残されたのは、完全に傍観者と化していた群衆と、転がった牛車と、そして呆然と花梨達を見送った娘だけ。 「ひ、ひ、姫様〜」 そのころになってやっと気が付いたのか情けない声で縋り付いてきた娘に『姫様』と呼ばれた娘は反応すらしなかった。 「姫様〜、ですからお忍びなど危ないと申し上げましたのに〜〜」 「・・・・小菊」 「はい?」 「私は出会ってしまったわ・・・・」 「はあ?」 「運命の殿方よ!ああ、素敵な若君・・・・月草重のお似合いになる・・・・そう!月草の君!」 「はああ??」 「さ!何をしているの!帰るわよ!!帰ってすぐにでもお父様に月草の君を捜していただかなくては!ああ、待っていてくださいまし我が君・・・・」 「姫様!姫様!往来でご自分の世界に入られるのはやめてください〜!!」 ―― 数日後 「神子、いるか?」 「あ、泰継さん。」 「よお、泰継。」 珍しく人が集らず勝真と2人おしゃべりをしていた花梨は部屋に入ってきた泰継を見上げて笑った。 ちなみに、今日はいつもの神子様スタイルである。 それの姿を何故か泰継は無言で数秒眺める。 「?なんですか?」 「・・・・なるほど。月草重の衣は似合うかも知れぬ。」 「「え?」」 「先日、ある貴族から占いを依頼された。その者の二の姫が数日前にお忍びで外出したところ、暴走する牛車に轢かれそうになった。あわやと言うところでその姫を救った若者を占いで探して欲しい、というものだ。 ・・・・心当たりは、ありそうだな。」 苦笑いをしつつさりげなく視線を外す二人を見て泰継は溜息をついた。 「数日前というと頼忠が極度の過労で寝込んだ頃だな。不憫な・・・・」 「あー、その探されてるってやつ、頼忠には言うなよ?あいつ、より老けたとか翡翠にからかわれてたからな。」 「そのようだな。神子。」 「はい?」 「当分は藍の着物で外出はするな。『月草の君』、最近の巷の話題の的になっている。」 「見目麗しく、声は美しく囀る鳥のごとく、藍色の空に輝く月のように涼やかな立ち振る舞いの『月草の君』。若い娘達は貴族、庶民問わず一目みようとやっきになっている。 正体が娘だったと知れたら、京中の女子に袋だたきにされるぞ。」 泰継が言った言葉に、勝真と花梨はお遊びをちょっとだけ懲りたとか。 〜 終 〜 |