―― 数多の恋を遊んで辿り着いた『真実の恋』は・・・・ 月下の恋 〜 遙かなるお題13、45複合 〜 近頃、都の内裏をまことしやかに流れる噂が一つ。 「・・・・友雅殿、お聞きしたい事があるのですが。」 内裏の廊下でかなり思い詰めた表情の鷹通に呼び止められた橘友雅は例によって薄く口元に笑みを掃いた表情で振り返った。 「これはこれは。また、いたく悲痛な顔だね、鷹通。」 「あ、いえ。その・・・・」 「ふむ、言い返してもこないとすると本当に悲痛な話なのかな?場所を変えるかい?」 「はあ、場所は変えて頂いた方がありがたいですが・・・・」 困ったようにそういって周りを見回す鷹通に友雅は扇で開いている部屋を指した。 さほど機密性が護られているというわけでもないが、立ち話よりはましだろう。 部屋に入り、腰を落ち着けると鷹通は伺うように友雅を見た。 その視線から友雅は一つの事を察知する。 「どうやら、神子殿に何かあったというような話ではないようだね。私の事かい?」 「・・・・はい。単刀直入に言えばそうです。ですが神子殿にも関係ないとも言い切れないかもしれません。」 「ほう?一体君は何を聞きに来たんだい?」 ズバリ切り込まれて鷹通は迷うようにしばし視線を泳がせる。 そして言った。 「友雅殿は近頃貴族の間で噂になっている事を知っていますか?」 「噂?」 「友雅殿の屋敷の近くで満月の夜になると怨霊が出る、というものです。」 鷹通の言葉に友雅は面白そうに目を細めた。 「おかしな話だねえ。鬼の放った怨霊はとうの昔に神子殿が全て封印されたはずだ。」 「そうなのです。夏に鬼達との決着を付けて以後、怨霊と呼ばれる類のものが徘徊したという話はありませんでした。 これが別の場所でしたら泰明殿か晴明殿にお話しして・・・・という事にもなりますが、貴方は元八葉です。貴方の屋敷の周りに怨霊がでるとなれば友雅殿自身に何か心当たりがあるのではと思いまして。」 「直接私に聞きに来た、というわけだね。」 「はい。」 至極真面目に鷹通がこっくり頷くと友雅は扇を口元に添えたまま、くつくつと笑いだした。 「友雅殿!?」 「あ、ああ。すまないね。君があまりに真面目なものだから。ところで鷹通。その話を神子殿にはしたかい?」 「は?いえ、していませんが。」 「そうかい。」 そういうと友雅は裾も乱さず立ち上がった。 驚いて視線でそれを追う鷹通を見下ろして言った。 「ならば、神子殿にその話をしてみるといい。きっと彼女は言うだろう。『気にしなくていい。それは怨霊ではないから。』とね。」 「それはどういう・・・・?」 首を捻る鷹通に友雅は晴れやかに笑って付け足した。 「憑かれては、いるけれどね。」 それだけ残してとても『取り憑かれている』とは思えないような足取りで去っていく友雅の姿に、ますます鷹通は疑問を深めるはめになったのだった。 満月の月が上がる様を肴に杯を傾けていた友雅は昼間の鷹通との会話を思い出しながら一人くすりと笑う。 (相変わらず真面目な男だ。もしかしたら今夜が満月だと言うことに気づいてそのあたりに潜んでいるかもしれないな。) 彼を彼の言う『怨霊』に引き合わせるのも面白そうか・・・・と考えて友雅は軽く首をふる。 (その後、事情を説明したり驚く鷹通をなだめたりするために使う時間がもったいない。) ただでさえ少ない『彼女』との時間なのに。 ゆっくりと杯を傾ける仕草と裏腹に気が急いてくるのがわかる。 「『憑かれている』とは、我ながらよく言ったものだな。」 友雅が呟いたちょうどその時 ―― 「誰が『憑かれてる』んですか?」 空中から降ってきた声に友雅は顔を上げた。 そこにある姿を認めて少し笑う。 (なるほど、『怨霊』に見えなくもない、か。) やっと浮かんだ満月を背に変形の水干を身につけた桜色の少女は半分透けて、僅かに白い光を放っている。 しかし彼女は『怨霊』ではありえない。 彼女の姿を見たなら鷹通でもそう思っただろう。 彼女の姿 ―― 夏に龍神を召還し京を鬼の驚異から護った龍神の神子と『同じ姿』。 けれど、友雅は知っている。 彼女が『龍神の神子』その人ではない事を。 否、正確には彼女は『龍神の神子』の心の一部。 鬼と戦っている最中に鬼の呪詛によって剥離し、この存在として夢の京で友雅と行動を共にし・・・・恋に落ちた彼女。 本来、夢が覚める時に心の一部として核となる心に同化するはずだった彼女は、消える運命にあることを知った後も惹かれ合った友雅と彼女を哀れに思った龍神の力か、満月の夜だけこうして個の存在として姿を現すことが出来るようになった。 ふわふわと宙に浮いている彼女に友雅は手招きをする。 すいっと氷の上を滑るように側に寄ってきた彼女に手をさしのべて友雅は言った。 「あかね」 友雅がそう呼ぶのは彼女一人。 呼ばれたあかねは嬉しそうに微笑んだ。 「友雅さん。元気でした?」 「おかしな挨拶だね。君はいつも神子殿の目を通して見ているのだろう?」 「えっと、まあそうなんですけど。」 くすくす笑うあかねを抱き寄せるように手を引いた。 途端にあかねが質感を伴って友雅の腕の中に転がり込んでくる。 「びっくりした!」 不思議なことにあかねは友雅と触れる時だけ実態を持った。 それが友雅には嬉しかった。 誰かをただ抱きしめることができる事がこれほど嬉しい事だとは知らなかった。 現世に戻ってきて満月の夜、初めて彼女が目の前に現れた時、抱きしめることができるだけで泣きたいほどに嬉しかった。 確かめられること。 そこに彼女が存在していると知ることが出来て、彼女に触れることが出来るならもう何もいらないと、本当にそう思ったのだ。 ―― 例えそれが僅かな幻のような逢瀬にだけ許された物であったとしても。 「・・・・あかね」 「はい?友雅さん。」 見上げてくる瞳は現世にいる『龍神の神子』と同じものだけれど、友雅にはまるで違う。 一方は心配な妹のような存在の瞳、そしてもう一方は・・・・誰よりも愛おしい瞳。 「不思議なものだ。姿形は寸分変わりなく神子殿と同じはずなのに、君でないと心がざわめかないとは。」 「でも、あの子も『私』ですよ?」 「そうだね。でも・・・・」 そういってあかねの髪を掻き上げる。 「この髪も」 そっと頬に指を滑らす。 「この頬も」 そして優しく瞳に唇を寄せた。 「この瞳も『君』だから私は惹かれるのだよ。」 「・・・・友雅さんってば相変わらず口が上手すぎです。」 かあっと赤くなるあかねにくすりと友雅は微笑んだ。 その微笑みがあまりにも優しいものだったので、余計に赤くなったあかねは慌てて話題を変えるように口を開いた。 「そ、それでさっきの『憑かれてる』って誰が何に憑かれているんですか?」 「おや、残念だ。私はまだどんなに『君』を愛しているか語り尽くしていないのに。」 「い、いいです。遠慮しておきます。」 「残念。」 悪戯っぽく見下ろせば、あかねはいささかホッとしたように息をついて「それで?」と問いかけてくる。 だから友雅は自然な動作であかねの耳元に口を寄せて囁いてやった。 「・・・・私が君への恋慕に『憑かれている』ということだよ・・・・」 ―― 触れられるのが僅かな時間であろうとも、君に焦がれているから・・・・ 真っ赤になったあかねと、満足そうな友雅を満月が澄んだ光で照らし続けていた・・・・ ―― 数多の恋を遊んで辿り着いた『真実の恋』は 儚く、月に溶けるような逢瀬 それでも尚、君に触れることが出来るなら 私は君に焦がれ続けるだろう・・・・ 〜 終 〜 |