「・・・・おい、花梨。なんか匂うぞ?」 「えっ!?」 「あ、そういう意味じゃねえよ。覚えのある・・・・香の匂いか?」 「お香?・・・・そう言えばするかも。ああ、もしかしたら翡翠さんのお香の匂いかも。」 「翡翠?」 「うん。今日はいつになくからかわれちゃって、その、抱きしめられたりしたから。」 「・・・・・ふーん・・・・・」 ―― そんな話をした翌日だったと思う。 君色の香り 〜 遙かなるお題11 〜 「やるよ。」 「へっ?」 その日、花梨の部屋に現れた途端にイサトに手を突きつけられて、花梨は間抜けな返事を返してしまった。 何せ、バタバタと駆け込んできていきなりの行動。 飲み込めない方が当たり前だ。 というのに、イサトはそっぽを向いてさらにぐいっと手を突きつける。 「だから手出せ。」 「ど、どうして・・・・」 「いいから出せ!」 「はい!」 イサトの勢いに押されて花梨は反射的に両手を差し出す。 その手にぽとんっと落とされたのは、小さな巾着袋。 「あれ、これって・・・・」 花梨は自分の手の上でも小さく見えるその袋をまじまじと見つめる。 錦色の布で作られた巾着袋の口は朱色の糸で括られていて、ぷっくりとふくれている。 (あ、もしかして!) 記憶の中から重なる物を見つけ出した花梨は、巾着袋を顔に近づけた。 と、ふわっと鼻を掠めた匂いに花梨はイサトを見上げる。 「これって匂い袋でしょ?」 「ああ。」 短く答えるだけでそれ以上何も言わないイサトの横顔をじーっと花梨は見つめたまま、至極当たり前な問いを投げかけた。 「私にくれるの?」 「あのなあ、やるって最初に言っただろ!」 「だって!いきなりどうしたの?今日って別に何もないよね?何かした覚えもないし・・・・。」 何かイサトに貸しがあるとか、お祝い事があるとかならわかる。 しかし何にも覚えがないのにいきなりくれると言われて、驚くのだ。 だから何か意味があるのか、という意味で聞いたつもりだったのに、イサトは何故かうっと詰まって、あーとかうーとか呻いた。 その様子に花梨はますます不信感を強める。 「イサトくん?」 「あ・・・あ、そうだ!いつもお前は頑張ってるからな!その労いだ!うん!」 (・・・・嘘が下手すぎる。) あまりの誤魔化しの下手さに思わず呆れてしまった花梨だが、ここまで頑張って誤魔化そうとするのに、これ以上追求するのもさすがに申し訳ない気分になった。 (ま、いっか。くれるっていうなら、嬉しいし。) いつもは勝真などにお転婆と称される花梨とはいえ、やっぱり女の子。 細々した可愛い物にはなんとはなしに愛着を感じてしまう。 加えて手の中の小さな匂い袋は、花梨の好きな、甘くてそのわりに何処か爽やかさを感じさせるいい匂いで。 結局、そっと匂い袋を手に包み込んで、花梨はにっこり笑った。 「じゃあ、もらっちゃうね。ありがとう、イサトくん。」 「お、おう。」 素直にお礼を言われたら言われたで、今度は照れくさそうにそっぽを向いてしまったイサトに花梨は笑いを押し殺した。 と、イサトがちらっと花梨に目をやって呟いた。 「それさ、ずっと持ってろ。」 「え?」 「ずっと袂に入れとけば邪魔にもならないし、持ってられるだろ?」 「え、まあ、うん。」 確かにそのとおりなので頷いた花梨を、イサトはいつになく緊張したような顔でじっと見つめた。 「ずっと持っててくれよ、な?」 「うん、よくわかんないけどわかった。」 気圧されるような形で花梨が頷いた途端、イサトははあっと深いため息をついた。 「だ、大丈夫?」 「ああ、なんでもねえ。いいか?それはお守りみてえなもんでもあるんだからな?無くすなよ。」 「うん?わかった。」 「よしっ!んじゃ今日の怨霊退治に出かけようぜ!」 かけ声一発、。 急に元気よくいつもの調子に戻ったイサトに花梨は首をかしげるばかりだった。 「おや?神子殿。いい香りがするね?」 「?そうですか?」 自分でも無自覚だった事を翡翠に言われて花梨は驚いたように鼻をひくつかせた。 「ああ。甘いけれど、そればかりではなく涼やかな香りも混ざっている・・・・まるで、神子殿自身を表すようにね。」 「!もう、口が上手いんだから!」 「おや、信用がないねえ。ところでその香はどうしたんだい?何処かの香合の名手にでも合わせて頂いたのかな? 他の男の合わせた香を身に纏うとは、つれない姫君だ。」 「〜〜〜〜、そんなんじゃないんですってば!これはたぶんイサトくんがくれた匂い袋の香りです!」 翡翠の言葉にさっと赤くなって花梨は叫んだ。 と、代わりに翡翠がすっと目を細める。 「・・・・へえ、イサトが、ね。」 「そうですよ!きっと私があんまり女の子っぽくないからくれたんです。深い意味なんてありませんよ。」 「・・・・そうまでわかってもらえないと、敵ながら同情したくなるね。」 「??どういう意味ですか?」 「いいや、なんでもないよ。気にしないれおくれ、姫君。」 思い切り狙った笑顔で花梨の追求を交わした翡翠は、小さく呟いた。 「・・・・香で戦線布告とは、やるじゃないか、イサト。だが」 ―― 譲る気はないからねえ、と酷く楽しそうに口角を上げた翡翠の鼻先を、花梨の袂から零れた香りが掠めて消えた。 〜 終 〜 |