「二文字と五文字どっちがいいですか!?」

唐突に投げかけられた問いに返せたのは

「は・・・・?」

という恐ろしく間の抜けたものだった。














二文字と五文字と双六の関係

                            〜 遙かなるお題5 〜















「だから、二文字と五文字です!」

再び同じ意味不明な問いかけをされて源頼久は途方にくれた。

(問われている意味がまったくわからない・・・・)

ならば聞き返せばいいようなものだが、問いかけてきた人物が人物だけに頼久は迷った。

その人物とは、今、頼久の頭一個分下の位置からじっとこちらを見上げてきている一人の少女、かつては龍神の神子として頼久が主と仰ぎ、現在はこの邸の藤姫の姉がわりとして丁重に扱われている元宮あかね。

そして同時に頼久の恋人でもある少女だ。

この年下の恋人に、頼久が惚れ抜いている事は左大臣邸でもはや噂にもならないほど、知れ渡っていて、不器用にもとにかくあかねを大事にしようとする青年の姿は左大臣邸では日常茶飯事だ。

そして現在、あかねの問いかけに頼久が問い返せない理由もやはりそこにある。

あかねが大事故に、できるかぎり彼女の顔を曇らせたくないと願う頼久としては問い返した事であかねをがっかりさせてしまったら・・・・と危惧しているのだ。

とはいえ、二文字と五文字。

頼久にはさっぱりなんの事やら見当もつかず、結局あかねの表情を伺いながら問い返す。

「その、二文字と五文字とはなんのことでしょうか?」

「えっ・・・・」

遠慮がちに問い返した途端、あかねがはっとしたように顔を上げて、それから目に見えてうろたえた。

「えーっと、その・・・・なんて言ったらいいのか・・・・あ、そう。私が頼久さんに言うなら!」

「あかね殿が私に、何か言われるのですか?」

「う、うん。」

頷くあかねに頼久はますます首を捻る。

わざわざ文字数を聞く以上、ただの会話ではなさそうだ。

とすると。

「ご命令ですか?」

「え!?ち、違います!」

慌てて首を大きく振るあかねに、少し口元を緩めるが、同時に不思議にもなる。

「では、何のお言葉をくださるのですか?」

「だから、それは、その・・・・と、とにかく!二文字か五文字!選んで下さい!!」

追いつめられたように目線を彷徨わせたと思ったら、とうとう攻めに転じられてしまったらしい。

逆に詰め寄ってくるあかねに、頼久は戸惑う。

(こんなあかね殿の姿は珍しいが、何か・・・・)

あったのだろうか、と思って少し注意深く見てみたが困っているとか辛そうだとか、そういう負の感情は見つけられない。

むしろどちらかというと、うっすら頬を赤くして一生懸命と書いてあるような顔で見上げてくるあかねは、照れているようにも見える。

「ど、どっちですか?二文字と・・・・」

「五文字でお願い致します。」

「えっ」

再度問い返そうとしたあかねの言葉が半ばのうちに、頼久は反射的に声を挟んでいた。

深く考えたわけではないが、あかねからもらうならなるべく長い言葉がいい、と思ったような気もする。

しかし言った途端、あかねが凍り付いた。

頼久が惹かれてやまない瞳を大きく開いて、とても意外な事を言われたように。

その反応に頼久は慌てる。

「申し訳ありません!何か、お気にさわることを・・・・」

「い、いい!違うんです!」

頭を下げようとした頼久を慌てて制して、あかねは困ったように苦笑する。

「違うの。ただちょっと予想外だったんで驚いただけです。・・・・でもわかりました。五文字ですね。」

「いえ、あかね殿がよろしければ二文字の方でも」

「いいんです。」

きっぱりと言い切る声に、頼久は顔を上げる。

そして、どきっと鼓動がひとつ跳ねる音を聞いた。

目を合わせたあかねは、さっきまでの落ち着かなさそうな表情から一転、顔を赤くしながらも優しい瞳で頼久を見つめていたから。

こういう時のあかねは酷く綺麗で、頼久は言葉に詰まる。

うっかり声を出してしまったら、ここが左大臣邸の渡殿であることも忘れて体も動いてしまいそうな気がするせいだ。

手を伸ばして腕の中に囲い込んでしまいたくなるから。

自分の腕の中で同じようにあかねが微笑んでくれることがどんなに甘美な事か、頼久はもう知ってしまっている。

密かにそれを望んでしまう自分を浅ましいと思いつつ、目をあかねから反らすことも出来ない。

ただただ見惚れているしかない頼久の視線をくすぐったそうに受け止め、あかねは二歩ほど頼久から離れる。

一瞬行ってしまうのかと思い、思わず手を出しかけた頼久の前であかねはくるっと振り返った。

頼久に背中を向けたまま、小さな肩が上下する・・・・まるで深呼吸でもしているように。

そうして、勢いよく振り返ったあかねは頼久の知っている中でも最上級の笑顔で。

「頼久さん!」

「は、はい。」















「あ い し て る」















―― 言うだけ言うなり、あかねは恥ずかしさのあまり駆けだしていた。

(言っちゃった!言っちゃったよ〜!)

とにかく頬が熱くて、体中がフワフワしているようで。

無意識に頬を押さえながら廊下の角を曲がったあかねは、目の前にいた人に思い切りぶつかってしまった。

「おわっ!?」

「わっ!あ、天真くん。」

「おお。」

「・・・・見てたの?」

「そりゃまあ、俺が言えっていったんだしなあ。」

なんだか複雑そうに言う天真をあかねは軽く睨み付けた。

「本当だよ!顔から火が出るかと思ったんだから。」

「しょーがねえだろ。双六程度で負けたお前が悪いんだ。」

「だからって、あんな事言うなんて思ってなかったんだもん。」

「だから五文字が二文字でいいって選択肢をつけただろ?で、頼久が五文字を選んだ。」

「う〜・・・・頼久さんなら二文字って言うと思ったのに・・・・」

どこか悔しそうに呟くあかねに天真は苦笑した。

(どっちにしたって籠もってる気持は一緒ってやつだろ?なら二文字も五文字もかわんねえと思うけどな。)

あえて口に出さずに黙っていると、あかねは居心地悪そうにため息をついて言った。

「とにかく、ちゃんと言ったからね。もう、顔真っ赤だよ・・・・。ちょっと顔洗ってくる。」

「おう。」

去っていくあかねを見送って、天真はちらっとあかねが走り去ってきた廊下の方を覗く。

そこには ―― 片手を半端に伸ばしたまま、完全にフリーズした一人の青年。

「あーあ・・・・。あれはしばらくあのままだな。」

半分同情しつつ、天真は笑いをかみ殺した。

(滅多に言ってもらえない言葉を聞かせてやったんだからな。感謝しろよ?頼久。)

心の中でそう呟きながら、天真はこの後我に返った途端、真っ赤になるであろう頼久を見物するか、それともあかねが頼久に真相をばらすまえに逃げるか、真面目に迷ったのだった。

―― なお、この固まった姿は左大臣邸の多くの者に目撃され、頼久の下手惚れ認識に磨きがかかったのは言うまでもない。















                                     〜 終 〜

















― あとがき ―
頼あかでやるか、銀望でやるか迷ったネタでした(^^;)
でも、頼久の方がずっと「あいしてる」なんて言われ慣れてないだろうなあ、と。
ちなみに、二文字ならもちろん「すき」でした。