夜桜の狂宴




月明かりの中、桜の花びらが一片一片舞う縁で頼久は一人杯を傾けていた。

春半ばの柔らかい風が結い上げていない頼久の髪を吹き流す。

ふっと頼久は風に何かを感じたように背後を振り返った。

そして武骨な彼が滅多に見せないくったくない笑顔で、後ろに立ちつくしていた少女を呼んだ。

「あかね殿」

あかね、と呼ばれた少女 ―― かつて龍神の神子として鬼と戦い、その戦いを終えた今は頼久の妻となっている彼女は、何故か少し頬を赤くしてとことこと頼久の隣に座った。

「どうかしたのですか?」

他の人間にはとことん疎い頼久だが、さすがに愛しい少女には敏感になれるらしい。

不思議そうに覗き込まれてあかねはあわてて首を振った。

「ううん!たいしたことじゃないの!」

(髪を下ろした頼久さんが色っぽくって見とれてたなんて・・・言えないよね)

とてもじゃないけど、恥ずかしくて言えない答えを笑顔で誤魔化してあかねは視線を桜に向けた。

2人が口をつぐみ、柔らかい沈黙が空間を包む。






「飲みますか?」

頼久がポツッと言った言葉に、あかねは驚いて頼久を見た。

まあ、今まで頼久にお酒を進められた事などなかったのだから驚くのも当たり前だ。

にこっと笑って頼久は自分の杯を彼女に差し出す。

「うーん・・・飲んでみたい。・・・でも、それ辛いんでしょ?」

もちろん頼久が差し出したのは純然たる日本酒。

元の世界で好奇心に負けて飲んだサワーや、カクテルのような甘いものでないことぐらいはあかねにもわかる。

「それほどきつくはないと思いますが。」

「うーん、でも辛いのは・・・」

尻込みしつつも、好奇心たっぷりの目で見てくるあかねが可愛くて、頼久はくすっと笑った。

(飲んではみたいなあ・・・)

杯を凝視したままあかねは悩む。

少しづつ呑めるようになったら頼久と晩酌できるようになるかもしれない、という野望もちらついてあかねはさらに考え込んでしまう。

・・・・・だからあかねは、一瞬頼久の目に光った悪戯っぽい光を見逃してしまった。

「辛くなければいいんですね?」

「え?」

頼久の言った意味が分からずあかねが聞き返すと、頼久がやおら杯を煽った。

そしてあかねをぐいっと引き寄せて・・・・・





「んっ?!」





塞がれたまま驚きの声をあげたあかねの唇を、頼久の舌が割る。

そして流し込まれたのは、熱くて不思議な味のする液体・・・

こくん、とあかねがそれを飲み下した後もたっぷりあかねの唇を味わってから、頼久は彼女を解放して言った。

「辛くはなかったでしょう?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(///)」

酒のせいか、行為のせいか、真っ赤になったあかねは頼久を睨み付けて言った。

「頼久さんのばかぁ!もう、急にこんな事して!」

「すみません。」

あやまる頼久はまだまだ余裕の笑顔。

どうも頼久はあかねを妻に迎えてから、こういう事に慣れてきてしまったらしい。

しかしいつもならここで赤くなって「別にいいけど・・・」と許してくれるはずのあかねが今日は違った。

「もう、恥ずかしいんだからね、私。
・・・・・本当に出逢った時は、こんな事しない無口で無表情な恐い人だと思ってたのに・・・・・」

初めて初対面の時の印象を知り、ガンッと衝撃を受ける頼久。

しかしあかねの言葉は容赦なく続く。

「天真くんとちっとも仲良くしてくれないし、やめてって言っても私の事主扱いするし、すごい頑固者だと思ってたのに・・・・・」

八葉の時、そんな風に思われていたのかと知ってさらにガンッと落ち込む頼久。

でもまだあかねの言葉は止まらない。

「恋人になってからも何もしてくれなくて不安にさせるし、かと思えば・・・激しすぎるし、こんな事するし、もう、もう頼久さんなんか・・・・・」

「あ、あかね殿・・・・・」

痛いところ突かれまくった頼久が頭の上に三つの巨石を乗っけて、これ以上のショックを避けようとあかねの名前を呼んだ直後、最後の衝撃が頼久を襲った。





「頼久さんなんか、大っっっっ好きなんだからぁ!」





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

まさしく鳩が豆鉄砲くらったがごとく、ぽかんっとする頼久にあかねはきゅ〜〜〜〜っと抱きつく。

「無口な頼久さんも、意外な事する頼久さんも、ちょっと意地悪な頼久さんも、今のままでも大好きなのに、こんな新しい面見せられたら、もっと・・・好・・きに・・・なっちゃう・・・・・」

言いながらあかねの言葉から力が抜けて、最後にポテッと頼久の膝の上に倒れ込むとくーくーっと安らかな寝息を立て始めた。








再び落ちた沈黙に残されたのは、呆然としている頼久一人。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(///)」

先刻のあかね並に真っ赤になった頼久はなぜか片手で鼻を押さえて月を仰ぐ。

そしてぽつりと呟いた。

「・・・・・飲ませてよかった・・・・・」

―― 頼久の本音を聞いたのは、まるで照れているように薄紅色の夜桜だけだった・・・・・











                                 〜 終 〜
                   (Special Thank's 11000hit! 東条 瞠)