伝えられなかった言葉
京の街が夕焼けに染まるのを頼久はやるせない気持ちで見つめていた。 (・・・ついにこの日が来てしまったな・・・) 龍神の神子であったあかねのために来ればいいと思いつつ、心の奥底で来なければいいと願っていた日。 ――あかねと安倍泰明の婚礼の夜 1年前、龍神の神子と八葉として戦った日々の中で想いを通わせた2人の旅立ちの日。 彼女がこの日を指折り数えて心待ちにしていたのも知っている。 頼久もずっと祝福し、2人を見守ってきた。 ・・・それでも心は正直だ・・・ 頼久は深く溜め息をついた。 その時―― パタパタパタ 「?」 軽い足音にふと振り返った頼久はぎょっとした。 人気のない道を走ってくるのは今頃、左大臣邸で泰明の訪れを待っているはずのあかねだったのだ。 「み、神子殿?!」 「よかった!頼久さん、見つかって!」 嬉しそうに駆け寄ってくるあかねに、頼久は内心の動揺を必死で隠した。 「何かありましたか?」 「やだ、私ってそんなに事件ばっかり起こしてる?」 苦笑してあかねは頼久の横に並んで街を見下ろす。 「すごく綺麗な夕日ですね。」 「はあ・・・」 何を言い出すのか、と首を傾げる頼久にあかねはにっこり笑いかけた。 途端に騒ぎ出す心の頼久は苦笑する。 自分のものになることはけしてないのに、それでも焦がれる想いは一向に薄れてはくれない。 今夜から彼女は頼久ではなく、夫となる泰明に護られていく。 その事に狂おしいほど心が乱れていても、想いを捨てることはもう、できない。 「ところで神子殿はなぜここに?」 気持ちを切り替えるつもりでそう切り出した頼久にあかねは少し照れくさそうに笑って言った。 「あのね、私今日一日かけてみんなにお礼を言って回ってきたんです。」 「お礼?」 「ええ、こっちに来てから私、色んな人に特に八葉の方たちにお世話になったでしょ? だからちょうど良い機会だから、お礼をいって回ってたんです。 で、頼久さんには一番お世話になったと思うから、最後にゆっくり言おうと思って探してたんです。」 「私がですか・・・?」 「そう。私がこっちに来たばっかりで右も左も分からない時に、丁寧に京の事を教えてくれたでしょ? それに神子じゃなくなってからも、ずっと支えていてくれて本当に嬉しかったです。」 そこであかねは言葉を切って何も言えずに自分を見つめる頼久にとびきりの笑顔を見せて言った。 「頼久さん、今まで本当にありがとう!」 どくんっと大きく頼久の心臓が鳴った。 ――イマナラ、マダ・・・ 心の何処かで声がする。 ――イマナラ、マダ、トジコメラレルカモシレナイ・・・ コノウデノナカニトジコメテ、ダキシメテ、ジブンノモノニ・・・ ――否! 引き寄せられるように伸ばしかけた手を頼久は強く、強く握った。 ――私が願うのは神子殿の幸せのみ。 そして神子殿に幸せをもたらす者は、泰明殿だけなのだから・・・ だから想いを伝えることもしなかった。 仮に頼久が想いを告げたところであかねの想いは揺らぎはしないだろう。 しかし少しでも彼女の幸せを曇らせたくなかったから・・・ それほど、愛していたから。 頼久は微笑んだ。 優しい、暖かいその眼差しにあかねは一瞬、見惚れる。 「私の事まで気にかけていただいて、ありがとうございます。 あなたにお仕えできたのは、私の生涯の中で一番の喜びです。 どうか・・・どうか、お幸せに・・・」 あかねはこっくりと頷くとそっと頼久の手を取って言った。 「これからは主じゃない、ただのあかねになるけど、またよろしくお願いしますね?」 「承知いたしました。」 頼久は再び優しく・・・そして少し寂しげに微笑んだ・・・ ――その後、頼久は父の後を継ぎ武士団の棟梁となった。 彼の率いる武士団は非常に優秀で、左大臣家の繁栄に少なからず貢献した。 ・・・しかしながら、棟梁である源頼久は生涯、1人の妻も娶る事はなかった。 武士団の跡取りとして養子に入った少年が晩年、頼久にその理由を聞いた時、頼久は静かに笑って言ったという。 「・・・私は今でも1人の方をお慕いしているのだよ。 主として、人間として、1人の女性として、私はいつまでもあの方を愛している。 悔いはない。 あの方と出会い抱いたこの想いは、私の人生の中で最も大切なものだからな。 ・・・でも、そうだな。 生まれ変わったらもう一度あの方にお会いして・・・今度こそ想いを伝えたい。 ・・・愛していると一言だけ・・・」 〜 終 〜 |
― あとがき ―
東条がめったに書かない切ない系創作の第三弾です。
しっかし、頼久可愛そうですね〜(自分で言うなって・汗)
いや、慣れてないもんで(^^;)
なんかあかねちゃん、ものすごく悪女みたいになってるし・・・
あれ、天然じゃなかったらものすご〜〜〜く、悪女ですよねえ(大汗)
しかもその後の頼久も勝手に想像。
なんか彼の場合、泰明並に気持ちを切り替えられないと思うんですよね。
たぶん一生想い続けちゃうんだろうなあ・・・ということで。
う〜〜〜〜、しかし慣れないものを書くとどうもヘタレ度が増します(T T)
![]()