勝負!

 



「あ、神子殿!」

あかねが転びそうになったのに焦って思わずかつての呼び方であかねを呼んでしまった頼久をその腕にすがった新妻は恨めしげに見上げた。

「頼久さん!」

「あ、申し訳ありません・・・」

シュンッと叱られた子犬のような顔をした頼久にあかねは軽く頬を膨らます。

 

龍神の神子の使命を終えて二ヶ月、あかねはあの戦いの中で心を通わせた天の青龍、源頼久の妻となった。

それはそれは時間をかけて、やっと心を通わせあった二人は周囲が砂吐くほどの幸せ絶頂期。

・・・しかし時々、その幸せに影を落とす事がある。

それが時々ふいに頼久が言ってしまう彼女の呼び方。

『神子殿』

この呼び方をなんとか『あかね殿』にかえるのにゆうに二ヶ月かかったのだ。

神子だった時、この呼び方に『頼久さんは私を神子としてしかみてくれない』と泣いたこともあるのだ。

想いを通わせた今でもこう言われるとなんとなく不安になるのだ。

 

「神子殿じゃないってば!」

「申し訳ありません。あかね殿。」

あかねの機嫌を直したい一身で大きな体を小さくして一生懸命あやまる青年の図はなかなか滑稽とも言える。

こんなシーンを某少将にでも見られたら、やっかみとからかい半分にしばらくからかわれる事は間違いない。

しかし今日に限ってあかねはつんっと可愛らしく顔を背けてしまう。

「知りません!だいたいいつまで私を『殿』つきで呼ぶの?自分の妻をそんな風に呼ぶ人なんていないんだから!」

 

・・・とここまではいつもの調子。

あかねがこう言うとだいたい困り切った頼久が蚊の鳴くような声で『あかね』と呼んでくれて、それをきっかけにあかねは頼久を許す。

頼久を困らせているのはわかっているけど、そうやって無理してでも頼久に名前を呼んで貰うと『ああ、私大事にされてるんだ』と思える。

それに困った頼久の顔も実は好きだし・・・

そんなふうに思いながらもあかねは顔にはまったく出さずに頼久が言ってくれるのを耳を澄ませて待っていた。

 

しかし、今日は違った。

何を思ったか頼久は上目遣いにあかねを見て言ったのだ。

「・・・あかね・・はいつまで私を『頼久さん』と呼ばれるのですか?」

「えっ?」

『あかね』と呼び捨てで呼ばれたことと質問の内容が一瞬理解できずあかねは目を丸くした。

「いつまで私は『さん』付けで呼ばれるのです?」

「え・・・ええっ?!そ、それは・・・」

やっと頼久の言ったことを理解したあかねはばばーっと赤くなる。

わたわたと意味不明に暴れるあかねにずいっと近寄る頼久。

その瞳はあかねが一番弱い、心細そうななんとも母性本能刺激しまくりのものであかねは耳まで赤くなってしまう。

(よ、頼久さん可愛い〜・・ってそんなんじゃなくて!ああ〜もうどうしよう〜)

すっかりパニックになったあかねに更に追い打ちをかける一言。

「あかね・・が言ったのでしょう?自分の妻を『殿』付きで呼ぶ者はいないと。だったら私の事も『頼久』と呼んで下さい。」

「うう・・・」

どうも頼久のほうも『あかね』と呼び捨てにするのに一泊間があるがパニックになっているあかねはそんな事には気がつかない。

「え〜っと、あの・・・」

「はい?」

なんとか誤魔化そうとして視線を彷徨わせるあかねの頬をいつの間にか近づいた頼久の片手が捕らえて逃がさない、とばかりに自分の方を向かせてしまう。

こうなっては観念するしかない。

「あ〜・・・う〜・・・その・・・・・・・頼久・・・・・・・」

「はい!」

耳まで真っ赤になってまさしく蚊の鳴くような声でやっと言ったあかねの言葉に頼久は聞いた者が恥ずかしくなってしまうほど嬉しそうな声で返事をする。

いつもの武士団をまとめる精悍な青年からは考えられない少年のような満面の笑顔にあかねは盛大な溜め息をついた。

(すっごく恥ずかしいけど、こんなに嬉しそうな顔してくれるなら・・・言って良かったかな)

「ありがとうございます!できればいつもそう呼んでもらいたのですが?」

「う゛・・それは少し待って・・・」

まだ赤い顔のまま呻くあかねを愛しそうに見つめて頼久は頷いた。

「少しずつ、お互い呼べるようになりましょう。あかね殿。」

見つめ合った二人はどちらからともなくふわりと甘く溶けるような微笑みをかわす。

 

と、頼久の瞳に再び悪戯っぽい光が浮かんだ。

「あかね殿」

「なに?頼久さん。」

「折角はじめて名前を呼んで頂いたのですから、お礼を差し上げます。」

「?」

なんのことだろう?という顔で頼久を見返したあかねの唇に頼久はすばやく己のそれを重ねる。

「・・ん・・」

僅かに身じろぎしたあかねの体から力がぬけるタイミングを見計らって頼久は名残惜しそうに唇を離した。

「よ、頼久さん?!」

「今度、私が名前を呼んだ時には、こんなご褒美をくださいね。」

にっこり

真っ赤になったあかねに余裕たっぷりの笑みを頼久は向けたのだった。

・・・この勝負は珍しく頼久の勝ちのようである。

しかしそこは惚れた者同士、勝つか負けるか勝負は続くのである。

 

 

                〜 終 〜

 

 あとがき 

なんか今回もギャグですね(笑)しかもまた頼久×あかねだし。

私はやっぱりこの二人が書きやすいようです(^^;)

頼久が強気の頼久×あかねって結構少ないですけど、私は大好きです(って前にも書いた気が)

しかし今回は甘さ控えめな上にどうにもこうにも・・・(汗)

文才のない東条を勘弁して下さい〜m(_ _)m