幸せは歩いてこない!
(何か、騒がしいな・・・?)
朝稽古の後、支度を終え西の対に向かっていた頼久は目的地のあたりから聞こえてくる人の声に
首を傾げた。
もう朝餉もすんで他の八葉たちも集まり出す刻限ではあるがそれにしても足音や、何か大きな声を
出している気配もある。
自然と頼久の足も早まる。
なんたってこの先にはあかねの部屋があるのだ。
騒ぎの元はあかねである確率が高いと頼久は思ったのだ。
頼久の予想はあたっていた。
あかねの部屋の降ろされた妻戸の前に頼久以外の八葉と藤姫がすっかり困った顔でならんで
いたのだ。
「どうかなされたんですか?」
「あ、頼久。遅いですわ。今、呼びに行かせようと思っていたのよ。」
「申し訳ありません。」
藤姫の前に片膝ついて頭を下げた頼久だったが、心の中ではあかねに何が起こったのか
気になって仕方ない。
その様子を感じ取ったのか、友雅がその内裏中の女房達に溜め息をつかせてやまない美しい柳眉を
寄せて言った。
「神子殿がね、閉じこもってしまわれているのだよ。」
「閉じこもって?」
「そうなんだよ、頼久。」
すぐ近くにいた地の青龍、天真も困った顔で頼久を振り返った。
「藤姫の話じゃあかねの奴、何日か前からろくに物も食わねえで何かに悩んでたらしいんだ。
それで今朝、藤姫が起こしにきたらいきなり『今日は一人でいたいから入ってこないで』って
言ったんだと。」
「それでは神子殿は朝餉も・・・」
「朝だけじゃなく、夕餉もほとんど召し上がらずに閉じこもってしまったそうだよ。」
それでさっきから声をかけているのだけどね、という残りの言葉を聞き流して頼久は妻戸に寄った。
食事もとらなくてはあかねの体に触るし、何より何かであかねが苦しんでいるならそれを取り除いて
やりたかったのだ。
「神子殿?頼久です。」
「・・・・・・頼久さん・・・?」
か細い声が返ってきた事に少し安堵しつつ同時に頼久は胸が痛んだ。
あの快活な少女をここまで追いつめたのは一体なんだというのだろう。
「神子殿、どうかここを開けてくださいませんか?」
「・・・・・・・・」
「神子殿、ではせめて食事だけでもお取りください。」
「・・・・・・・・」
「神子殿、何かお辛い事がおありなら私も皆もお聞きしますから。」
「・・・・・・・・」
いくら尋ねても返ってくるのは沈黙ばかり。
たぶん他の八葉も皆試したのだろう。
同じような結果に全員が溜め息をついた時だった。
「・・・・・・・神子じゃない・・・・・・」
『?!』
ポツリと、しかしはっきりと分かるあかねの声に全員が妻戸を振り返った。
「何とおっしゃったのです?神子殿」
あわてて聞き返した頼久に返ってきたのはさっきとはまったく違う声だった。
「神子じゃないってば!!私は『神子』なんかじゃない!」
「神子殿?どうなされたのです?神子殿は立派に勤めを果たされて・・・」
「やめて!『神子』って呼ばないで!」
頼久の声は激しいあかねの言葉に遮られる。
「・・・もう放っておいて・・・明日からまたちゃんと龍神の神子としての勤めは果たすから
・・・だから放っておいて・・・」
また弱々しくなったあかねの声の語尾が微かに震えている事に気がついて頼久は唇を噛みしめる。
「しかし・・・」
放っておける訳がない、と言い募ろうとした頼久の言葉はあかねの心にまた油を注いでしまった。
「お願いだから放って置いて!頼久さんの声なんか聞きたくない!」
「神子殿?!」
「ほら、また言う!頼久さんの主は『龍神の神子』なんでしょ?!神子だから護るんでしょ?!」
「みこ・・・」
「だったら放っておいて!こんな我が儘な『あかね』なんて!」
「み・・・」
「ほっといてってば!」
― ここまできて頼久もさすがに腹がたって来た。
放っておけと言われても放っておける訳がないのに。
少しでもあかねの力になりたいのに言う言葉を片っ端から消されてしまっては何もできない。
不甲斐ない自分にも腹が立ったが、まったく自分の気持ちが通じない事に苛立った。
彼女が何かに苦しんでいるだけでこんなにも胸が痛むというのに。
一人で涙を流しているということが耐えられないほど自分にも辛いというのに!
「神子殿、どうしても出てこられないのであれば、この扉ごとき私一人でも壊せますよ?」
突然物騒な事を言いだした頼久に周りの八葉と藤姫はぎょっとする。
しかしあかねは少しも動じた様子もなくまくし立てる。
「やれば?できるならどうぞ!でもここにいるのは『神子』じゃないわ!
貴方にはなんの価値もない小娘がいるだけよ!」
頼久のなかで何かがぷつんっと音をたてて切れた。
「価値がないなどと言わないでください!
『神子』でなくとも貴女は素晴らしい方です!
私のお慕いするたった一人の女性なんですか
ら!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ほう」
「おや」
「何?!」
「ええ?!」
「はあ」
「・・・」
「なっ?!」
「まあ・・」
八葉+藤姫+あかねの声に肩で息をしていた頼久は突然自分が言ったことの意味を理解した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
瞬間、頭の上から湯気でも吹き上げそうな勢いで真っ赤になる頼久を次の衝撃が襲った。
あかねがいきなり妻戸を押し開けて飛び出してきて、頼久に飛びついたのだ!
「☆×△▽●□×◇★?!」
あまりの事に声も出ない頼久にしがみついてあかねは大声で泣き出した・・・
しばらく泣き続けたあかねがそっと頼久から離れた時にはもう周りに藤姫と八葉の姿はなかった。
なんだか天真とイノリが何か騒いでいたようだったが、そんなもの頼久の耳には入っていなかった(笑)
頼久から少し離れたあかねは俯いたまま言った。
「ごめんなさい。心配かけて・・・」
「構いません。それより、もう落ち着かれましたか?」
極上の優しい声で囁かれてあかねの頬がさっと朱に染まる。
「あの、大丈夫。・・・あのね、私哀しかったの。」
「何が、ですか?」
「頼久さんがいつも私の事を『神子殿』って呼んで大切にしてくれることが。
頼久さんに大事なのは『元宮あかね』じゃなくて『龍神の神子』なんだって呼ばれる度に思えて
・・・だから嬉しかった。」
「なに・・・!」
あかねが言っているのがさっきの頼久の言葉を指している事に気がついて頼久はまた真っ赤になる。
「あ、あれは・・・」
「本当だよね?」
あわてて弁解しようとした頼久の言葉をあかねの微かに不安そうな声が遮った。
はっとして見ればあかねは揺れる瞳で頼久を見上げている。
頼久は鼓動が煩いくらい高鳴っているのを自覚しつつ、観念した。
この瞳に誰が逆らえるというのだろう。
「はい。私はずっと神子殿を・・・あかね殿をお慕い申しておりました。」
― 瞬間、あかねは極上の笑みを浮かべた。
そして頼久の肩に顔を寄せて言った。
「嬉しいです、本当に。私もずっと頼久さんが好きだったから。
だから最後の戦いが終わっても・・・側にいさせてください。」
「は・・い、もちろんです!側にいてください・・・」
頼久は降って湧いたような幸福に頭の天辺から足の先までどっぷり浸ってあかねの細い体を
抱きしめたのだった・・・
後日、あの頼久の切れっぷりを目の当たりにした八葉のあいだで、
『頼久はいつかまた切れて今度は神子を襲うのでは・・・』という不信な噂が流れ
(噂の出所は・・・わかりますよね?)天真は親友の名誉を守るため
(本当の所、これ以上あかねに手を出させないため)夜の警備をはじめたとか・・・
〜 終 〜
― あとがき ―
ども〜東条です。今回は頼久×あかねのラブラブギャグ、といことでお送りしました(笑)
いや、切れる頼久が書いてみたかったんですよ。それとその時の八葉の反応!ちなみにあの八葉の反応の台詞は上から友雅、鷹通、イノリ、詩文、永泉、泰明、天真、藤姫となっております(^^;)
タイトルから考えると幸せ捕まえるために頼久、無意識に突っ走ってます(笑)
しかし東条的に頼久は何故か書きやすいんですよ。
これでもう三作目だし、八葉全員出演のも入れれば五作目になります。う〜ん、忠犬君は色んな意味で遊べるからでしょうか?