お持ち帰り
時期は晩冬の小春日和。 のほほ〜んと日溜まりであかねと藤姫は貝合わせをしていた。 ――去年の夏、龍神の神子としてこの世界に降臨し、鬼からこの京を救ったあかねは元の世界に帰ることなく、京に留まった。 その理由はあかねを一生懸命支えてくれた幼い藤姫を一人、残していく事がどうしてもできなかったから。 神子様至上主義だった藤姫の喜びようは言うまでもないだろう。 そういうわけで今は左大臣の養女として、藤姫の義姉としてあかねは暮らしている。 ・・・ただあかねがこちらの世界に残ったのは他にも理由があったりするのだが・・・ 「あかね様、藤姫様。源頼久がお目通り願いたいと申しております。」 御簾の外からかけられた言葉に反応したのはあかねの方だった。 「え?頼久さん?いいよ、入ってもらって。いいよね?」 「ええ、もちろんですわ。お義姉様。」 あかねとの楽しい時間を中断させられて、ちょっと不満げだった藤姫だが、当のあかねににっこり笑ってそういわれては承諾するしかない。 「失礼いたします。」 二人の承諾を得て、若竹を思わせる青年がすっと御簾をあげて入ってきた。 「何かあったのですか?」 藤姫にそう聞かれて頼久は膝をついたまま言った。 「は。源頼久、このたび父の後を継ぎ武士団の棟梁になることが決まりましたので、ご報告にあがりました。」 「まあ」 「すごい!」 姫二人の可愛い歓声に頼久は少し頬を緩ませた。 棟梁になることが決まってから、色々な人に祝いの言葉をもらったが、この素直な声にはかなわない。 頼久がそんな事を思っていると、藤姫がいかにもいいことを思いついた、と言う感じで可愛らしい手をパンッと合わせた。 「それは嬉しい事ですわね!・・・そうだ!頼久に何かお祝いをあげましょう!」 「そんなお気遣いは勿体なく存じます。」 一歩身を引いた頼久は片膝ついたまま答える。 しかし藤姫は譲らなかった。 「あら、いいんですわ。頼久にはずっと八葉としての勤めを果たしつつ、私への気配りもしていてくれたんですもの。 たまにはお礼くらいしなくては。何でも好きなものを言いなさい。」 「いえ、しかし・・・」 相変わらず忠義者の頼久が困ったように首を傾けているのを見かねて思わずあかねは口を挟む。 「いいじゃない、頼久さん。藤姫があげたいって言ってるんだもん。 ありがたく、お持ち帰りしちゃえばいいんだよ。」 フォローというか、とにかく藤姫の気持ちも頼久の気持ちもいいようにおさまるように言ったつもりの言葉だった。 思わずお持ち帰り、という言葉が出てしまったのは、某バイトの影響だろう(笑) しかしあかねの言葉にはっと頼久は顔を上げた。 そして何故か真っ直ぐにあかねを見つめる。 (えっ?どうしたの?・・・私なにかまずいこと言った?) その視線にあかねは、思わずドキドキしてしまう。 と、ぽつりと頼久が言った。 「藤姫様、本当に頂いても構いませんか・・・?」 「ええ!もちろん!」 ぱっと顔を輝かせて藤姫が言った。 「では、ありがたく頂戴いたします。」 頼久は珍しくにっこり笑って言った。 そして・・・ 「失礼」 「きゃあっ?!」 「よ、頼久?!」 驚いた藤姫とあかねの声が部屋に響いた。 なんと頼久はさっと無駄のない動きで部屋へ上がるなり、あかねを横抱きに抱き上げたのだ! 「な、な、何?!」 「頼久?!どういう事ですの?!」 頼久は腕の中でジタバタ暴れるあかねをしっかり抱きかかえて、驚きっぱなしの藤姫に言った。 「ですから、私は神子殿を頂きます。では、御前失礼いたします。」 「えっ?えっ?ちょ、頼久〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!」 藤姫の悲鳴もなんのその、頼久はあかねを抱えたままあっさりと部屋を出っていった。 「ちょ、ちょっと頼久さん!!」 もう何度目になるかわからないあかねの声に頼久がやっと足を止めたのは、武士団の者の住む棟に大分近づいた所だった。 「頼久さん!もう、何考えてるんですか!降ろしてください!」 止まってくれた事にほっとしつつも、とにかくこの状態から抜け出したくてあかねはバタバタ暴れながら言った。 しかし頼久の腕はいっこうに緩む気配もない。 「頼久さん!」 「・・・・・・・・です」 「えっ?」 頼久にしては歯切れの悪い言葉にあかねは暴れるのをやめて、今まで反らしていた顔を頼久の方へ向けた。 次の瞬間 「いやです!」 ぱっと今まで伏せていた顔をいきなり頼久があげた。 その強い意志と、奥底に不安を滲ませたような瞳と至近距離から見つめ合う形になってしまったあかねの心臓がどきっと大きく鳴る。 しかしそんなあかねの心情はお構いなしに、頼久は堰ききったように言った。 「私は他の褒美など何もいりません。 宝も、金も、名誉も、何もいりません。 そんなモノを頂いたところで、私にとっては必要がないのです! ・・・私には貴女以上の宝など考えられない。 そして最上の宝物を知ってしまった以上、それ以外などもう、重要なモノには見えないのです。」 そこで言葉を切った頼久は瞳の色を優しく変えてあかねを見つめる。 「・・・貴女は本当に素晴らしい宝です。 たった一言の言葉で私に無限の力を与え、笑顔1つで夢を見ているような気持ちにさせてくれる。 貴女が涙を零される事がないように、お側でお守りすることすら私には喜びなのです。 ・・・しかし、人は欲深いものです。 貴女の素晴らしさを、尊さを知るたびに、一言の言葉では、笑顔1つでは満足できない自分が心の何処かで呟く。 ・・・神子殿を自分だけのものにしたい、と。 その輝く笑顔を私だけに向けて欲しい・・私に強さを与える優しい言葉を、もっと紡いで欲しい・・一生、貴女を側で護ってゆきたい・・・」 「頼久さん・・・」 「ですから、これが私の本心です。 私の一番『欲しいもの』・・それが神子殿なのです。 ・・・でももし他に想う方がおありなら、どうぞ今、私の手から降りてください。 諦める事など、もう叶いませんが、貴女の幸せを祈りますから・・・」 切なそうにそう言って頼久は顔を僅かに伏せた。 まるで審判を待つかのように、神妙に。 でも、あかねを支える手は、ちっとも緩まないで、さっきより一生懸命抱きしめている事に気がついてしまっって ・・・あかねは1つ溜め息をついた。 そして柔らかく口元を緩ませる。 (この人・・・実はとっても強引な人だったんだ。) 無口だから控えめだと思っていた。 きっと恋愛なんかに興味なんてないのだと。 ・・・だから叶わないと思っていた。 この時、頼久が顔を上げていなかったのは、はっきり言って不運だった。 ・・・折角の恋が成就した一瞬の喜びに輝く笑顔を見逃してしまったのだから。 あかねはそのまま至近距離にあった頼久の首に抱きついた。 「み、神子殿?!」 「あのね、頼久さん。私も・・頼久さんが大好きです・・・」 耳元で甘く囁かれた言葉に頼久は初めて『天にも昇る気持ち』というものを味わった。 今、腕の中にある愛しい宝物が誰のものでもない、自分のものになった瞬間故に。 (誰にも、一生、渡さない・・・渡すものか!) きゅっと愛しさを込めて抱きしめた『宝物』がそっと頼久に言った。 「だから・・・お持ち帰りで、頼久さんのものにしてください・・・」 「承知」 頼久は見惚れるほど幸せそうに笑った・・・ 〜 終 〜 |
― あとがき ―
・・・うう、なんか非常に強引・・・?(汗)
ただただ『お持ち帰り』が使いたくて使いたくて、その一心で書いたモノで・・・
掲示板とかで時々、『現代に頼久さん、お持ち帰りだね』とか言うじゃないですか!!
それでついつい、たまにはあかねもお持ち帰り〜っとか思ってしまったんですよ!!
(必死の言い訳・・・汗)
あはは〜どうも壊れてますね(^^;)
最後の頼久のめちゃくちゃ熱い告白でごまかしてしまいました。
強気のようで強気でないような頼久です。
お願いですから誤魔化されてください!!!m(_ _)m
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