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大きな幸せ、小さな不幸?
―最近、頼久が元気がない。
左大臣の武士団の武士達の間でまことしやかに囁かれる噂が一つ。 もちろん、その噂を最初に耳にした者は信じられずにまず、笑うだろう。 なんたって今の頼久は幸せまっただ中なのだから。
龍神の神子であったあかねを八葉という強力なライバルから勝ち取って妻に迎え、つい二ヶ月前には長男、頼仲が生まれたばかり。 れを幸せと呼ばずして、何を幸せというのか、という勢いなのだ。
・・・しかし、頼久は確かに元気がない。 稽古中に溜め息はつくし、帰宅の時間が迫るほど、嬉しいような悲しいような複雑な顔ばかりしている。
「若、奥方様と何かおありになったのですか?」 すっかり初夏の風情を匂わせる夕方、とうとう心配(好奇心?)も限界になった武士団の若い武士がビクビクしながら頼久に問いかけた。 それに何か考えにふけっていたらしい頼久はちょっと驚いたように答える。 「あ?いや、何もないが?」 「ほんとーに何もないんですか?」 「ない。」 「では言わせていただきますが、最近の若おは元気が無いように思われますが?」 「それは・・・」 めずらしく頼久は言葉を詰まらせる。
そして数秒後、その精悍な顔に苦悶の表情を浮かべた後、力無く首を振った。 「いや、なんでもない。気にするな。 明日は、休みだったな。お前達も鍛錬のためによく休めよ。」 それだけ言うと頼久はさっさとその場を去ってしまった。
・・・残された武士団の面々が騒然としたのはいうまでもないだろう。
翌日、朝起きていきなり頼久は溜め息をついた。 隣で眠っていたはずのあかねの姿がない。 ちょっと前まで、朝、ぐっすりと幸せそうに眠るあかねの愛らしい寝顔を見るのが頼久の小さな幸せだったというのに・・・
と、頼久からそんな小さな幸せを奪ってしまった者の声が聞こえてきた。 「・・・んぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ!」 「ああ、泣かないの。良い子ね、頼仲。」 あかねのあやす声が聞こえる。
―そう、頼久が元気がない理由・・・それは生後二ヶ月の頼仲の世話で大忙しのあかねがかまってくれないこと、なのだ。 武士団や他の八葉が聞いたらぶっ飛びそうな理由ではあるが、頼久は本気も本気、大マジなのだ。 生まれみてわかったことだが、赤ちゃんというものはとにかく手がかかる。 昼夜問わずおなかは空かすし、おしめも取り替えなくちゃならないし。 しかもそれらすべて、あかねの都合など考えてくれない。 (あまりに大変そうなあかねの様子に頼久が口走った『乳母を付けたら』という提案は一瞬にして却下された)
・・・しかし頼久には、そんなことはないとわかっていても、頼仲がわざとやっているような気がしてしまう。 なんせ頼仲の泣き声で、口付ける一瞬手前で止められたこと十数回、あかねの首筋に顔をうめた所で中断させられた事数回、抱きしめそこねたことなど数知れず・・・ そのたびにするっと腕の中からぬけていくあかねを見送りながら小さな頼仲を恨んでしまう頼久なのだ。
とはいえ、頼久だって頼仲は可愛い。 なんたって自分とあかねの子である上に亡き兄の名を持った小さな息子なのだから。 そんなわけで、あかねによく似た(あかねは違うというけれど、絶対そうだと頼久は思っている)頼仲は頼久にとって最強の恋敵なのだ。
はあ、と頼久は溜め息をついた。 さっきの泣き声はおさまっているけれど、たぶんあかねはそのまま朝食を作りに行ってしまったのだろう。 しかたなく頼久はもう一度、布団に転がる。
「幸せですが・・・少し不幸です。あかね殿・・・」 武士団の者が聞いたら卒倒してしまいそうなほど情けない呟きを残して一人寂しく頼久は夢の世界へ戻っていった。
しばらくして、朝食を作り終えて寝所に来たあかねは眠っている頼久を見て微笑んだ。 そして起こさないようにそっと頼久の寝顔を見つめる。 「・・・やっぱり、頼仲は頼久さん似だわ。寝顔がそっくり。」 呟いてあかねは幸せそうな笑顔で頼久の髪を梳く。 それから眠っている頼久に語りかけるように言った。 「いつも頼仲ばかりにかまっていてごめんね。 ・・・でも、今日は久しぶりのお休みだからお隣のおばさんの頼仲を預かってもらったの。 だから今日は一緒に過ごしましょうね、頼久さん。」 あかねはそっと頼久に口付けた。
―どうやら明日は頼久の溜め息をきかずにすみそうである。
〜 終 〜 |
― あとがき ―
賭は頼久の勝ちです(笑・わからない人は、『一年後の桜の下で』を読んで下さいませ)
ま、そんなわけで頼久とあかねの息子、頼仲くん登場です。
しかし、なんか今回の頼久は、情けなさ過ぎでしょうか?
頼久ファンの方、ごめんなさいm(__)m
とにかく家族ものが書きたくて、こんなになっちゃいました(汗)
なにはともあれたぶん頼仲くんはこの先も出てきます。
もしかしたら彼の妹、蘭ちゃんもでるかも!?