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一年後の桜の下で (なんだか、体が怠い・・・かな?) 左大臣邸の藤姫の部屋で縫い物をしていたあかねは手を止めて軽く溜め息をついた。
―あのあかねが龍神の神子として戦った日々から一年の月日が流れていた。 本来ならばあかねは戦いが終わった後、自分の世界に帰るはずだった。 実際、一緒にこの京にやって来た天真と詩文、それにアクラムの術が解けた蘭は戦いが終わった数日後、元の世界に帰っていった。
しかしあかねは一人、京に残った。 その原因(?)は天の青龍―源頼久である。 無骨者の頼久と天然鈍感娘のあかね・・・見ている周囲をイライラさせていた二人は最終決戦の前夜、やっとお互いの想いをはっきり知った。 まあ、そんなわけであかねは大切な頼久のために京に留まった。 そして京に秋の気配が見え始めた頃、あかねは晴れて頼久の妻となり幸せ一杯、愛目一杯な生活を送っているのだ(笑)
そのあかねはここの所、体調が思わしくない。 「お姉さま、どうなさいましたの?」 あかねが首をひねっていると鈴を転がすような可愛い声と共にお茶を持った侍女を連れた藤姫が顔を覗かせた。 「あ、藤姫。大丈夫、なんでもないよ。」 あかねは神子でなくなった後も『お姉さま』と呼んで懐いてくれている藤姫に心配をかけないように笑った。 「そうですか?お姉さまはよくご無理をなさるから・・・」 「大丈夫だって。少し怠い気がするだけ。 それより、これ見て!大分できたでしょ?」 あかねはそう言うと今まで縫っていた群青色の着物を広げてみせる。
実は頼久の妻となったあかねだったが、もともと性格が性格だけに家でじっと旦那様の帰りを待っているだけなんて生活が出来るはずもなく、藤姫に頼んで左大臣邸で簡単な女房仕事をさせて貰っているのだ。 元々わりと手先が器用だったあかねは今ではすっかり一端のお針子だ。 今、あかねが縫っているのは藤姫の初夏ようの小袖だ。 一部の隙もないその出来映えに藤姫も周りの女房達も溜め息を漏らす。 「まあ・・・お姉さま、とても美しいですわ。」 「そう?えへへ、良い出来でしょ? あ、そうだ!どんな感じになるのか知りたいから藤姫、ちょっと羽織ってみてよ。」 素直な褒め言葉に照れたあかねは、それを隠すようにあわてて立ち上がった。
―その瞬間、ぐらっとあかねの体が傾いだ。 (あ・・・れ・・・) 「お姉さま?!」 藤姫の悲鳴のような声を聞いたのを最後に、あかねは意識を手放した。
次にあかねが目を覚ました時、目の前にいたのは藤姫と左大臣邸の薬師だった。 (あ・・・そうか、私気を失って倒れたんだっけ・・・) あかねはやっと自分がこんな所に寝ているわけを思い出した。 ・・・しかし、とあかねはぼんやりとした頭で考える。 (普通、いきなり倒れたんだから、もっと心配そうな顔しない・・・?) あかねがそう思うのも無理はない。 だって藤姫も薬師も笑顔で何か話しているのだから。 「あ、お姉さま!気がつかれたのですね!」 「うん・・・私、どうして・・・?」 体を起こして首を傾げたあかねは、次に藤姫が耳打ちしてくれた言葉に彼女達の笑顔のわけを知った。
翌日、頼久とあかねは墨染に来ていた。 「頼久さん!早く早く!」 一足先に兄の墓がある桜の木の下に辿りついたあかねが手を振っているのを見て、頼久は柔らかい笑みを漏らした。 墨染は桜吹雪が舞っていた。
今日は頼久のお仕事がお休みだからと、何が何だかわからないまま上機嫌のあかねに引っ張られて此処まで遠出してきたのだ。 もちろん頼久は昨日、あかねが倒れた事など知らない。 知っていたらその凛々しい瞳にうっすらと涙まで浮かべて心配するだろう事は目に見えているので、あかねが一生懸命口止めして回ったのだ。 (それにしても・・・) 頼久はあかねのいる所に辿り着くと、ふっと隣にある桜を見上げた。 「頼久さん・・・?」 何も言わない頼久を不信に思ったのか、あかねが聞いてくる。 戸惑ったような彼女の口調にさえ愛しさを感じながら、頼久はあかね限定の笑みを見せて言った。 「もう一年になるのだな、と思ったのです。」 「ああ、そうだね・・・あの戦いから、もう一年たったんだよね。」 「いいえ。」 やんわりと否定の意をしめされてあかねは驚いた。 (一年前って他に何があったっけ?) 考え込んでしまった彼女の頬に優しく触れて頼久は言った。 「天女が私の腕の中に落ちてきて、一年です。」 「えっ・・・」 悪戯っぽい頼久の表情にあかねは一年前の失態を思い出して真っ赤になった。 その表情を頼久はこの上なく愛おしそうに見つめる。 「あの時は本当にこの胸が潰れるほど心配しました。もうあのよな事はしないでください?」 「もう、頼久さんったら!・・・でも、確かにしばらくはできないなあ。」 「?しばらく?」 いつもと違う反応と気になる言葉に首を傾げる頼久の耳元に、思いっきり背伸びをして口を寄せるとあかねはちょっと恥ずかしそうに言った。 「あのね、赤ちゃんができたの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」 理解不能の言葉を言われたかのように固まってしまった頼久を見て吹き出すあかね。 「だから、赤ちゃん!」 「私の・・・?」 「当たり前でしょ!他に誰がいるんですか!」 思わず信じられないくらい、間の抜けた事を聞いてしまった頼久を相変わらず笑顔まま、あかねが怒る。 そして兄の墓に目を移して言った。 「本当は昨日わかったんだけど、どうしてもここで・・・お兄さまの前で言いたかったの。」
―瞬間、やっと意味を理解した頼久が勢いよくあかねを抱きあ げた! しかも、いつもの(笑)お姫様抱っこではなく、子供を抱き上げるように。 「よ、よ、よ、頼久さん?!」 顔を真っ赤にして慌てるあかねに頼久はとろけそうな笑顔を見せた。 普段の隙のないきりりとした武士の表情ではなく、少年のようにあどけない顔にあかねは言葉を失う。 すっかり自分に見惚れているあかねに、また頼久も見惚れながら言った。 「貴女は本当に私に思いがけない幸せを運んでくれる。 貴女が、本来なら自分の世界に帰ってしまうはずだった貴女が私の元に留まってくれている・・・これ以上の幸せはないと思っていたのに・・・」 その先の頼久の言葉はあかねの小さい唇に飲み込まれた。
触れるだけですぐに唇を離すと呆然と固まっている頼久に最高の笑顔を見せてあかねは頼久にとって最高の言葉をくれた。 「私も本当に幸せ・・頼久さん、大好きよ!」 「はい・・私も貴女を愛しています。」 あかねから教わったあかねの世界の言葉で彼女への想いを告げて頼久はそっと手の中の天女に唇を寄せた。
「ね、頼久さん」 「はい?」 墨染からの帰り道、あかねは寄り添って歩く頼久を見上げた。 「赤ちゃん、女の子かな、男の子かな?」 素朴で可愛らしいあかねの疑問に頼久は緩んだ口元をそっと片手でかくして言った。 「そうですね・・・でも、もし男の子だった時は、名前は私が付けたですね。」 「え?どんな名前?」 「頼仲と・・・私の兄の名前です。」 頼久の声に滲んだ悲しさと懐かしさにあかねは気付かないふりをした。 頼久の中で兄の事はゆっくりと思い出になっていく。 それをあかねはちゃんとわかっているから、あえて明るい声で言った。 「ね、賭けてみましょうか?」 「え?」 「だからね、生まれてくる子が男の子だったら頼仲って名付けて、頼久さんの勝ち。 で、女の子だったら私の勝ち。名前は蘭ってつけたいの。」 「あかね殿・・・」 今は遠い時の向こうにいる友人の名を言う彼女が愛しくて、抱きしめようとした頼久の腕をするっとかわすとさっきとは逆に悪戯っぽい顔であかねは言った。 「でね、もし私が勝ったら・・・私のことあかねって呼び捨てにして。」 痛いところを突かれてうっと言葉につまる頼久。
しかしすぐに気を取り直したように言った。 「では、私が勝った時も願いをきいて下さいますか?」 珍しく積極的な言葉にあかねは首を傾げる。 「うん、いいけど・・・どんなお願い?」 頼久は少し笑ってあかねの耳元に口を近づけて言った。
「二人目は女の子を産んで下さい。」 「?!」 あかねが真っ赤になったのは言うまでもない(笑)
二人のどちらかが賭けに勝ったか、それはまた別のお話で・・・
〜 終 〜 |
― あとがき ―
・・・賢明な皆様は東条が何をしたかったか、きっとわかるでしょう。そうです!最後の台詞が言わせたかったんです〜〜〜(笑)
私は頼久が強気の頼久×あかねっていうのも結構好きなんですよvてなわけで、こんな話が出来ました。
時期的に『夕暮れと月明かりの間』の半年後の話しになります。