足音
「ううっ・・・・怖いよぅ・・・・」 布団を頭からかぶって、元宮あかねは体を震わせた。 『小さな子どもならいざ知らず、今年16になる少女が夜一人で怖いなんて』と呆れるのは、この場合酷というものだろう。 そりゃあ、あかねだってちょっと動けば電気のスイッチに手が届いて光が付けられるような自分の部屋のベットの上で眠っているならこんなに怯えはしない。 しかしここはあかねの部屋でも世界でもない ―― 京という世界なのだ。 ほんの好奇心から覗いた古井戸からこの世界に引きずり込まれたのは、今朝の事。 わけがわからないままドタバタに巻き込まれて八葉という美形さん大集合みたいな男の人たちに護ると宣言されたり、思わず抱きしめたくなるような可愛いお姫様に泣きつかれたりして・・・・。 気が付けば龍神の神子としてがんばると約束させられてしまった。 まあ、どうやらそれ以外に帰る道もなさそうだし、と腹をくくって頑張ることに決めた。 ・・・・までは、よかった。 よかったのだがいきなりこんな所で挫折するとは思いもしなかったのだ。 ―― 京の夜が真っ暗というぐらいで しかし京の夜は本当に真の闇で、もともと恐がりなあかねの恐怖をあおるには充分だった。 目を開けていても閉じているのと変わらない闇。 起きているのか眠っているのかも曖昧になりそうだ。 わりと閑静な住宅街にあったあかねの家でさえ聞こえていた人の声も、車の音もしない。 時折聞こえるのは風が木々を揺らす音。 「な、何か・・・・歌ってみようかなぁ・・・・」 たとえ自分の声でも音がすれば少しは・・・・と思ってあかねは弱々しく鼻歌を歌ってみる。 が、これは思い切り逆効果だった。 がらんとした空間に吸い込まれていく歌は余計に闇の力を思い知らせるのだ。 あかねは上掛けの着物を鼻までずり上げた。 こうして何も注意を引かれるものもなく一人でいると嫌なことばかりどんどん思い出していく。 今頃、心配性な家族はどうしているだろう、とか。 自分がいなくなって探し回っているかもしれない。 それでも帰る道は厳しくて、一度でも失敗すれば後はない。 「・・・・帰りたい・・・・」 本音がこぼれた。 ほんの一日前までいた薄明るい自分の世界に。 「帰りたいよぅ・・・・」 口に出してしまえば心細い思いは一気に涙の形になってこぼれだした。 その時だった。 ―― ザクッ・・・・ 自分の声以外無音だった世界に飛び込んできた音にあかねははっとした。 別に危険な事はないと思うものの、あかねは息を詰めて寝床から出た。 しめられている妻戸をほんの少し上げて外をうかがう。 外の世界は思いの外、月明かりで明るかった。 その前庭に一人の人影がいた。 「あの人は・・・・」 遠目にも高い背丈、高い位置で括った髪に腰にさした刀・・・・それだけ特徴のある人物を忘れるわけもない。 「え〜っと・・・・源頼久さんだっけ。」 そういえば確か武士だと言っていた事もついでに思い出す。 (じゃあ警備なのかな。) 前庭から動かない所をみると、おそらくそうなのだろうと判断してあかねはそっと妻戸を元に戻すと寝所に戻った。 しかし真っ暗闇に戻ったものの、さっきほど怖くはなくなっている事に気が付いてあかねは首を傾げた。 と ―― ザクッ・・・ザクッ・・・・ (あ・・・・足音・・・・) さっきまで無音だった世界に、滑り込んできた音。 それだけで、近くに人がいる事を感じられる。 だからさっきほど闇が怖くないのだ。 一人じゃないから。 あかねは布団にもぐって耳を足音に向けた。 ―― ザクッ・・・・ザクッ・・・・ザクッ・・・・ (う〜ん、重々しい足音〜。) そりゃあスキップはしないよね、と自分で突っ込んであかねはくすっと笑う。 ―― ザクッ・・・・ザクッ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ (あ、止まった。) ―― ・・・・・・・・・・・・・ザクッ・・・・ザクッ・・・・ (また歩き出した。) 足音一つで外にいる頼久の動きが手に取るようにわかる。 あかねはくすくす笑って体を丸めた。 (大丈夫。もう、大丈夫・・・・頑張ろう。) 足音は闇の中であかねを包むように聞こえていて。 いつしか、あかねは足音に護られるように眠りに落ちていた。 ―― 実は足音の主はその出会った少女に淡い恋心を持って、彼女を警備するという緊張のあまり必要以上に動き回っていたりしたのだが・・・・ そんな事をあかねが知るのは、もう少し先の話になるのである。 〜 終 〜 |
― あとがき ―
久々の頼あか創作にもかかわらず、頼久さん出てきません(^^;)
いや、出てくるには出てくるけど足音だけ?
でもねえ、京の夜ってきっと真っ暗だろうし、最初は怖いと思うんですよね。
そんな時に足音が聞こえてくれたら心強いかな、と。
お話自体のコンセプトは気に入ってるんですけど、どうも文才が足りませんでした(泣)
うっうっ・・・・精進します・・・・
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