天然なのも困りもの




「痛っ!」

「神子?!」

部屋の響いた小さな悲鳴に泰明は目を落としていた書物を放り出してあかねに駆け寄った。

あかねは縫いかけの藤色の単衣を床に置いて左手を見つめている。

よく見ると目が涙目だ。

この単衣は物忌みの日に暇を訴えるあかねのために藤姫付きの女房が暇つぶしに、と用意したものだ。

以外と細かい事をやるのが好きなあかねはこれで暇をつぶすことができて、結構気に入っていたりする。

「どうかしたのか?」

ものすご〜〜〜く心配そうに覗き込んでくる泰明にあかねはあわてて笑って見せた。

そうしないとこの神子最至上主義の陰陽師にとんでもない治療を受けさせられる事になるかもしれないのだ。

・・・以前、くしゃみ1つで祈祷だ、薬湯だ、と2日も治療漬けにされて以来警戒しているらしい。

「あ、大丈夫だから!ちょっと針で指突いちゃっただけで・・」

ほんとに大丈夫だからね?っと両手をパタパタ振ってみせる。







と、振っていた左手を泰明がすばやく捕まえた。

「泰明さん?!」

驚くあかねを横目に泰明は捕まえた左手に目を落とす。

華奢な白い手。

いつも怨霊相手に戦っているなんて信じられないような細腕。

あかねは指が短いとか、丸っこい手が嫌だとか言うけれど、泰明にとってはどんな美しい彫像の手も比べ物にならない、美しいと思える手なのだ。

その左手の人差し指の先にぷくっと小さくだが血が盛り上がっている。

「・・・血が出ている。」

「も、問題ないです!痛くないですから!」

思わず泰明語を使ってまで一生懸命否定するあかねとその左手を見比べて・・・やおら泰明はその人差し指に唇を寄せた。


「 ?!☆△□○▼※×¥?!」


全身の血が沸騰してしまいそうになって、声にならない悲鳴をあげるあかね。

あわてて手を引っ込めようとするが、外見から想像するよりずっと力のある泰明にしっかり捕まえられていて、まったく動かない。

「や、や、や、や、や、泰明さん?!!!」

「・・・傷口から穢れが入らないように、清めているだけだ。問題ない。」

「も、も、問題ないって・・・」

耳まで赤くなって黙ってしまったあかねをちらっとだけ見て泰明は丁寧にその人差し指に唇を這わせる。






・・・本当は泰明だって問題なくはないのだけど。

唇に感じられるあかねの熱は泰明の体にも熱をもたらす。

柔らかい手。

暖かい手・・・この手を離したくない。

手だけでなく華奢なあかねのすべてを自分の物にしたい、と心の何処かで叫ぶ声がする。

真っ赤になって居心地悪そうにしているあかねを早く解放してやらなくては、と思っていても、なぜかその顔もずっと見ていたいような気がして、必要ないとわかっていても丹念に傷を舐め続けてしまう。

・・・その反面、自分の体が妙に熱くて、早く離さないと何かしてしまいそうな気もする。

多少なりとも世間のそういう部分に触れたことのある人間ならばあっさり名付けられるその感情。







――でもまだ泰明はその感情の呼び名を知らない。

だから泰明は名残惜しげに唇を離して言った。

「神子、お前は一体何を食べているのだ?」

「え?」





「神子の指はひどく甘い。」





ポカンっとして泰明を見つめたあかねがドバーっと赤くなったのはそれから数秒後の事。









後日、その話を聞いた天真とイノリが酸欠になるほど爆笑し、友雅が泰明に怪しげな書物を与えて教育しようとしてあかねに本気でどつかれたとか。

・・・まったく、『天然』なのも困りものである。









                                     〜 終 〜






― あとがき ―
う〜ん、今回は少し甘いか?
目指したのは極甘の世界です(笑)
しかし泰明ってばりばりの天然タラシだと思うんですよね。
あのゲームプレイ中に泰明のさりげない一言に落とされた神子様は全国に数知れないはず!
(私もその一人だし・笑)
某朴念仁武士もそういうところがあると思うんですが、やっぱり『天然』の王道は泰明でしょ。
というわけで、最後の台詞を言わせたいがためにこれを書いてしまった東条です。
・・・しかし最近甘い物ばっかり書こうとしている東条です・・・(^^;)