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幸せな時間
「あかね?何をしている?」 ある休日、外が雨で出かけることを取りやめ、書をひろげていた泰明は背中に気配を感じて振り向きもせずに言った。 「ああ、ばれちゃった。泰明さん、なんで見てもいないのに私だってわかったの?」 肩越しに振り返ると桜色の水干姿のあかねが残念そうな顔で座っている。 泰明はその顔が可愛くて少し微笑んだ。 あかねが京を救った、あの戦いから半年が経とうとしていた。 異世界からいきなり連れてこられたのに、この京のために一生懸命になって戦った少女は、感情を持たなかった泰明に心をもたらすという奇跡をおこした。 何故そうなったか、泰明は忘れられない。 それは「神子と一緒にいたい―ずっと側にいたい・・・」 人ならぬ身には過ぎた願い。 しかしその想いはもうどうしようもなく強くなっていて・・・ 双ヶ丘で溢れ出したそのの気持ちを、そっと受け止めて泰明に心をもたらしたのは他ならぬあかねだった。 そしてすべての戦いが終わった後、泰明のもとに残ると言ってくれたのも・・・ 愛しくて、愛しくて、何があっても守り抜こうと決めている少女の気を読み違えるなどあり得ないことなのだ。 ―などと泰明が思っていると、あかねの手がすっと伸びて泰 明のトレードマーク(?)のおだんごをほどいた。 「あかね?」 「何でもないの。泰明さんは気にせず本、読んでて。」 あかねはそう言うとにっこり笑顔を添える。 この笑顔にめっぽう弱い泰明は、怪訝そうな顔のまま書に目を戻した。 戻した―が、書の内容が頭に入るはずがない。
全神経は彼の髪の間を滑るあかねの指に集中してしまっているのだから。 そんな泰明を知ってか、知らずか(わかってやっていたらかなり小悪魔だ!)あかねは鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌で泰明の髪をあっという間に『三つ編み』にしてしまった。 「これは・・・?」 「三つ編みっていうの。ほら私の髪、短いでしょ?だからいつか泰明さんの髪で三つ編みしてみたいと思ってたの。」 「・・・そうなのか?」 よくわからないと言いたそうな泰明にあかねは苦笑する。 「そうなの!あー満足、満足。」 そう言うとあかねは泰明の背中に背中合わせに寄っかかった。 あかねのあたたかさと柔らかさを背中ごしに感じて、泰明の心臓が跳ね上がる。 と、背中であかねがくすくす笑った。 「あかね?」 「あ、うん。ごめんね。半年前は今、こんなふうに泰明さんと過ごす日がくるなんて思わなかったから。」 そう言うとあかねは背中をはなすと泰明を横から覗き込むと言った。 「私、今、本当に幸せだなって思ったの。」 瞬間、あかねは泰明の腕に抱きしめられていた。 「や、泰明さん?!」 「・・・私もだ。」 突然の泰明の行動に驚いているあかねの耳元で泰明はあかね以外には絶対に聞かせないような、優しい声でささやいた。 「私もこんなに幸せになれるなんて思いもしなかった。心を持って、側にはあかねがいて・・・だからずっと側にいてくれ。 あかねがいなくては私は存在する意味がない。」 泰明の飾らない言葉に頬を朱に染めつつ頷くあかねが愛しくて、泰明はそっと彼女の唇をふさいだ。 ―言葉では伝えきれない想いと心を伝えるために・・・
〜 終 〜
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