お仕置き?
泰明はてくてくと相変わらずの無表情で左大臣邸の廊下を歩いていた。 しかし見る者がみれば今の泰明が妙に嬉しそうであることがわかるだろう。 実際、泰明は心を弾ませていた。 というのも、仕事のために会えなかった愛しい恋人、龍神の神子であったあかねに三日ぶりに会いに来れたのである。 ―― 三日ぶり。 そのくらい会えなかったくらいで当代一と言われた安倍晴明の一番弟子がそんなにうかれるとは、と呆れてはいけない。 なんといっても今の泰明にとってはあかねに会えない程、辛いことはないのだ。 感情を知らなかった泰明が最初は穢れだと思い、ついで畏れ、最後にあかねの言葉によって暖かい大切なものだと思えるようになった『愛しい』という感情。 そしてそれをもたらしてくれたあかねは誰よりも大切で、できる限り近くにいて護ってやりたいと思う者なのだ。 もちろん彼女が自分を愛していると言ってくれる前からそうだったのだから、想いが通じた後はなおさらだ。 できるなら一時だって離れていたくない。 そんなわけで泰明は実に嬉しそうに早足で八葉の時に通い慣れた奥の対への廊下を歩いて行った。 「神子、失礼する。」 いつも通り遠慮するでもなく御簾を引き上げて部屋へ入った泰明は部屋の中を見て足を止めた。 部屋の中にあかねの姿はなかった。 いや、数刻前まで確かにあかねがいたらしく文机の上とまわりに数冊の本が落ちている。 おそらく勉強でもしていたのだろう。 では肝心の部屋の主はどこへ消えたのか? 泰明は無言で部屋を見回して・・・それから庭へ目を移した。 「・・・庭か。」 柔らかい、間違えることない彼女の気が庭にあるのを感じ取って泰明は手近にあった沓をとり庭へ出た。 庭は夏も終わりの陽射しで満ちていた。 色づく前の木々の葉が落とす影が美しい。 しかし殿上人ならここで立ち止まって和歌の1つでも詠まずにはいられないような美しい光景に目をくれることもなく真っ直ぐに泰明は庭をつっきり、一本の大きな木の下にあるモノの目をとめた。 それはあかねが愛用しているぽっくりもどきの沓。 それがいかにもあわてて脱ぎましたというように転がっている。 「・・・・・・・」 泰明は無言で上を見上げた。 キラキラと光を弾く青い葉が美しい梢。 ・・・と、不自然にその枝が揺れた。 「・・・そんなところで何をしている?」 「えっ?!や、泰明さん?!・・きゃあっ!!」 「神子!!」 ガサッガサッガサッーーーーーーーーーードサッ!! 「・・・ったあ・・」 足を滑らせて落ちてきたあかねを間一髪受け止めた泰明の上であかねが顔をしかめた。 彼女を受け止め損ねなかった事に泰明はほっと息をつく。 と、同時に彼女を失うかと思った瞬間の恐怖が怒りに変換される。 「神子!あんな所で何をしていたのだ!」 思いの外強い泰明の声にあかねはひゃっと首を竦めた。 「ご、ごめんなさい・・・」 「あやまってすむことか!私が受け止めなければ命を落としていたかもしれないのだぞ?!」 言ってから泰明はぞっとする。 もし、彼女を失ったら? 一人残されたら? ・・・考えたくもない! しかしあかねはむっとしたように泰明を上目遣いに睨み付けた。 「だ、だって、泰明さんがいきなり声をかけるから驚いちゃったんじゃない!そうじゃなきゃ枝から落っこちるなんてドジな事、絶対しないんだから!」 「それは屁理屈だ。私が声をかけなくとも落ちたかもしれないと言っている。」 「そんな事ドジしないってば!」 あかねは苛立たしげに言い放つと泰明の腕から逃れようとジタバタと暴れる。 ちょうどその時 ―― みゃー・・・ 「あ、忘れてた!」 小さな声にあかねはあわてて抵抗をやめると自分の襟元を探る。 と、その水干の襟元からぴょこっと茶色の毛玉・・・まだ幼い茶色の子猫が顔を出した。 「ごめんね。」 あかねはさっきまでの不機嫌は何処へやら、襟元から飛び出してあかねの腕の中で甘えている茶色の子猫に優しい声をかける。 「大丈夫だった?怪我しなかった?」 慎重に子猫を目線まで持ち上げて尋ねるあかねの姿に泰明はむっとする。 未だにあかねは膝の上にいるのにその目は子猫に向いてしまっているのが、なんとも気に入らない。 「それはどうしたのだ?」 明らかに不機嫌全開、怨霊でも裸足で逃げていきそうな恐ろしい声にもあかねはさっぱり動じずぷいっと顔をそらせて答える。 「この子が木の上から降りられなくなっていたから助けに行ったんです。・・・驚かなければちゃんと降りられたんだから。」 怒っていてもちゃんと答えるあたりが惚れた弱みなのか。 でも泰明にそこまで気がつけというのは酷というもの。 やっぱり子猫からそれない視線に段々苛立ってきた泰明はひょいっと手を伸ばすとあかねを独り占めしている子猫の首を掴むと取り上げてしまった。 「あーーー!!何するの?!」 「どうもしない。・・・神子がこちらを向けばいい。」 「こちらをって・・・・・んんっ!?」 驚いて泰明を仰ぎ見たあかねの唇を泰明は間髪入れず塞いでしまう。 そして驚いているあかねの唇をあっさり割って泰明は舌を滑り込ませる。 「ん・・んん・・・・!」 深く、角度を幾度も変えて繰り返される口付けにあかねは息をする事もままならずにすがりつくように泰明の胸元を掴んだ。 その弱々しい力で握られた泰明の胸が更に熱を帯びるとは気がつかずに。 やっと長い長いキスから解放された時、あかねは完全に泰明にもたれかかる状態になっていた。 「・・・はあ・・・はあ・・・」 空気を貪るように吸うとあかねはきっとこんなに苦しい思いをさせた犯人を見上げた。 「泰明さん!何するんですか!」 顔を赤くして潤んだ目で睨まれてもちっとも恐くない・・それどころか愛しさがこみ上げてきて泰明は口元だけで笑う。 「神子に口づけただけだが。」 「口付けただけって・・・だって・・・」 あんなに激しいのを、と言うのはどこか恥ずかしくてあかねは悔しそうに赤い顔を伏せた。 その頬をとらえて泰明は強引に自分の方を向かせる。 そしてあかねが一番弱い頼りなさげな視線であかねを見つめて言った。 「神子がいけないのだぞ。」 「え?」 「神子が・・・私を見ないから。」 ほんの少し色づいた泰明の頬とその言葉にあかねは目を丸くする。 (え?見ないって、それってまさか子猫に・・・) 「泰明さん、子猫にその・・・やきもちやいたの?」 「・・・・・・・」 泰明は答えるでもなくただ居心地悪そうに目線をそらす。 しかしそれは思いっ切り肯定を意味する動作で・・・ あかねは思わず吹き出してしまった。 「神子!」 「だ、だって泰明さん、可愛いv」 「それは男に対する褒め言葉ではない。」 ぷいっとさらに拗ねてしまう泰明の胸にあかねはいまだにクスクス笑いながらもことんっと頭を預ける。 「じゃあ、言い方を変えます。・・・あのね、私が好きなのは泰明さんだけ。大好き。 ・・・心配かけてごめんね?」 「神子・・・」 泰明は少し驚いた顔をして・・・すぐに見惚れてしまうような笑みを浮かべて言った。 「・・・あまり心配させないでくれ。」 「うん。ごめんなさい・・・」 すっかり素直になったあかねに泰明はさっきとはまったく違う優しい口付けをした。 「ところで泰明さん、さっきなんでその・・・あんな事したの?」 しっかり仲直りして二人で庭を散歩していたあかねはふと聞いた。 泰明はあかねの足下にまとわりついているさっきの子猫を抱き上げて事も無げに答える。 「友雅に聞いた。」 「は?な、なんて?」 なんだか聞くのが恐いような気がする。 そんなあかねの気持ちには気がついていない泰明はあかねの方へ行きたがる子猫をしっかり抱きしめて言った。 「『お仕置き』には口付けが一番だと。」 ―― 翌日、友雅があかねにこれでもかとばかりに怒られた事は言うまでもない(笑) 〜 終 〜 |
― あとがき ―
実はこの創作、6789番を踏んでくださったミリさまに差し上げようと思って書いたモノです。
なんですが書き上がってみたら、なんというか・・・こう・・・(^^;)
こんなもん人様に差し上げられない!!!・・・と悶え苦しんで別のお話を送らせて頂きました。
しかし今読んでもネタがありきたりな上に、へ〜ぼ〜い〜(T T)
ラストでなんとかまとめたと言う感じの苦しい創作ですね。
お目汚しですみません。
![]()