女房さんの真剣な悩み
爽やかな顔を出したばかりの太陽の光が眩しい、京の朝。 稀代の陰陽師、安倍晴明の屋敷の賄いは今日も朝餉の準備に忙しく女房が働いています。 家主の職業柄(?)不思議なことが絶えないこの屋敷の使用人はあまり多くありません。 ですから今朝もちょっとやそっとの事では動じない強い女房さん達数人が一生懸命働いています。 ・・・・おや、朝餉の膳がととのったところで女房さん達が落ち着かなさげにそわそわしだしました。 どうしたんでしょう? 「・・・ねえ、昨日は私だったんだから、今日は讃岐が行ってよ。」 一人の女房さんが困った顔で膳を並べていた女房さんに声をかけます。 「ええ?!私は一昨日行ったじゃない。芙蓉、お願い。」 「そんなあ。」 どうやら、何かを押しつけあい中のようですが・・・ そんな女房さんたちに古参の料理係のおばさんが苦笑して言った。 「誰でもいいから覚悟を決めて早く行きな。でないと、泰明様がまた遅刻されてしまうよ。」 おばさんの言葉に心底困った顔で女房さん達は顔を見合わせました。 そう、彼女達が押しつけ合っているのはこのお屋敷の離れに住む安倍晴明さまの最強の弟子、安倍泰明さんの朝餉を運ぶというお仕事なのです。 あ、誤解のないように言っておきますが、彼女たちはけして泰明さんが嫌いなわけではないのです。 かつての彼は確かに冷たい美貌と、鋭い言葉で遠くから眺めるならいざしらず、側近く仕えるには少しやりにくい人でした。 でもちょうど1年前、八葉として龍神の神子に仕えるという役目についてから彼は変わりました。 人形のように凍り付いていた表情は時折優しい笑みに溶けるようになり、戸惑ったような口調になる事も多くなりました。 そして女房さん達がやっと泰明さまにもお仕えしやすくなったわ、と喜ぶようになった頃、泰明さんはなんとお嫁さんをもらったのです。 しかもまだ幼さを残すお嫁さんは、京を脅かしていた鬼を退けてくれた龍神の神子さまだったのです! 女房さん達は思わず腰を抜かしそうになりました。 なんせあの泰明さんが恋をするなんて天地がひっくり返ってもない、と思っていたのにいきなりお嫁さんをかっさらってきたと思ったら、世にも希有な神子様だったんですら。 なにか恐ろしいことでも起きるのでは〜、と彼女たちが心配してしまったのも無理はないでしょう。 でも女房さん達はそんな心配が不要な事にすぐに気がつきました。 神子様は思っていたよりもずっと可愛らしい人で、気さくに女房さん達に接してくれますし、労いの言葉も出し惜しみなんかしません。 泰明さんもかつての冷静沈着、能面陰陽師の通り名はどこへやら、奥方様にはめっぽう弱い旦那様に変身しました。 そしてなにより一緒にいる時の2人は本当に幸せそうで、みているだけで幸せになれるぐらい優しい空気をまとっておりましたから。 ・・・ただ、その頃から彼女たちに1つの試練がかされたのです。 「わかったわ。今日は公平をきすためにくじにしましょう。」 女房さんの一人の提案にみんなが神妙な顔で頷きました。 そして提案した女房さんは人数分お箸をかき集めます。 「このお箸の中に一本だけ先が欠けてるのがあるわ。それをひいた人が今日の当番よ。」 そう言うと女房さんは成り行き上そこにいた料理番のおばさんにお箸の先を隠すように持ってもらいます。 そしてみんながそれぞれどれを引き抜くか決めて、そのお箸に手をかけます。 「いい?一、二の三!」 「あああーーー!!」 一気に全員でお箸を引き抜いた直後、一人の女房さんが崩れ落ちました。 どうやら彼女が『当たって』しまったようです。 おや、よく見れば一昨日届けたという讃岐さんですね。 「じゃ、頑張ってね!」 「・・・ご愁傷様。」 「早く行かないと、時間なくなるわよ。」 口々に慰めているのか、追い立てているのかわからない言葉を口にする同僚達を睨み付けるがまったく彼女たちはそっぽを向いて知らん顔。 讃岐さんは覚悟を決めて、二つの膳を手に取りました。 爽やかな朝の渡殿を歩きつつ、讃岐さんは溜め息を付きます。 「はああ・・・私、一昨日踏み込んじゃったのよね・・・」 一昨日の朝の出来事を思いだして、思わず頬が熱くなるのを感じてしまいます。 讃岐さんはあわてて首をふって足を早めました。 どんなに気が進まなくとも、あまり泰明さんの出仕が遅れてしまうと奥方様も気に病んでしまいます。 「昨日は物忌みで1日一緒にいらしたから、今日はきっと大丈夫だわ。」 自分を励まし讃岐さんは主夫婦の暮らす対へやってきました。 そして庭を望むことができる部屋に膳を向かい合わせになるように置きます。 ここまではよし。 問題はここからです。 讃岐さんは溜め息をついてさほど広くないこの対のもう一つの部屋へ向かいます。 他の部屋と違い、戸が閉められたその部屋の戸に手をかけようとして讃岐さんは中から聞こえる声にぴくっと手を止めました。 『・・す・・あきさん!もう、誰か来ちゃいますよ!』 『問題ない。』 『ないわけないじゃないですか!それに早く起きないとまた遅刻しちゃ・・・・』 唐突に奥方様の抗議が遮られて数秒。 『あかね・・・』 普段の彼からはぜっっっったいに想像できないようなあま〜い声。 『うっ・・・そんな顔したって、駄目です・・・』 『あかねは私と共にいたくはないのか?』 『そんなことないです!・・・本当はずっと一緒にいたいぐらいなんだから・・・』 『あかね・・・』 可愛すぎる奥方様の言葉に僅かに震えた泰明さんの声が呟きました。 『私も共にいたい。』 『あ、でもだからってお仕事はしなくちゃ・・・あ・・・だめで・・・すってばぁ〜』 弱々しくなった奥方様の抗議の後に聞こえるのは、悩ましげな溜め息だけ・・・ (あああああーーーー・・・・) 讃岐さんは力無くその場に膝をつきました。 どうやら彼女は『今日も、また』他人には毒と紙一重のあま〜い時間に踏み込まなくてはいけないようです。 安倍家の女房さん達の朝の悩み・・・それは、仲良しすぎる夫婦をいかに引き剥がして旦那様を仕事へ追い出すかという、深くて辛い悩みなのでした。 〜 終 〜 |
― あとがき ―
久しぶりのギャグ創作です。
最近、シリアスとかラブラブばっかりでギャグらしいギャグ書いてなかったんですけど、
久々に書くと楽しいですね〜。
それにしても私があの時代の女房だとしたら安倍家には仕えたくないですね(^^;)
朝の一時を邪魔された泰明さんはそうとう恐そうだし。
受難な讃岐さんに激励プリーズv(^^;)
そいういえば丁寧語で創作かくのって初めてだけど、楽でした。
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