口付け、甘いかしょっぱいか




―― ファーストキスはレモンの味なんて言うけれど

                      ・・・・それなら、貴方とのキスは・・・・?










ある日、突然(しかも早朝)泰明さんがやってきた。

そして唐突に言った。








「神子、口付けに味があるというのは本当か?」








・・・・・ガチャンッ!!

「わあ!?」

思わず持っていた汁物の椀を取り落として私は悲鳴を上げてしまった。

あわあわと手近にあった布でこぼれた汁を拭く私を見て泰明さんは一言。

「落ち着きがないぞ、神子。」

「誰のせいですか!!」

叫んだ後、私ははあ、と深くため息をついた。

だって泰明さんってば「誰のせいなのだ?」とばかりにキョトンと見返してくるんだもん。

「・・・・・・・・・それで、なんでこんな朝早くに来て、そんな事を聞くわけですか?」

とりあえず彼の非常識を今更責めても無駄だと判断して、私は話をそもそもの言葉に戻した。

泰明さんも釈然としない感じだったけど、この話題展開についてくることにしたらしい。

「昨晩、以前友雅から貸された書物を読んでいたのだ。」

「ちょっと待ってください。友雅さんからって、いつ?」

なんとな〜く嫌な予感を覚えつつ聞いてみると、泰明さんはいつもの無表情で答えた。

「友雅に口説き文句を知らないと言われたので、それが理解できる物を貸せと言ったら、貸された。」

ああああ〜〜〜〜何変な物貸してるんですか。友雅さ〜〜〜ん!

心の中で彼に恨み言を言ってみるが、そうしたところでどうしようもない。

きっとあの人は面白がってやったに違いないんだから、絶対!

「・・・・・・それで?」

「その書物の中にあったのだ。想い合った者同士の口付けは甘いと。
だが神子。では想い合った者同士でなければ口付けの味は変わるのか?片方のみが相手を想っていた場合はどうなるのだ?」

そんな事知らないですよーーーーーーーー(><;)

だいたい口付けっていうのは想い合った者限定の行為だっていう前提を忘れてませんか??

しかし私がそう言うより早く、泰明さんは好奇心全開な瞳を私に向けて言ったのだ。








「だから神子、試してみてもいいだろうか?」








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?

「・・・・・ええええええええ!?」

ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!!

何て事を言い出すの、この人は!?

別に泰明さんが嫌いって訳じゃないけど、でも、でもねえ。

顔を赤くしてわたわたしだした私を見て爆弾を投下してくれた張本人は少し首を傾げた。

「どうかしたのか?顔が赤い。気が乱れている。」

「み、乱れますよ!泰明さんが変な事言うから!」

思っていたより鋭い口調になってしまった事に気づいて、しまったと思った時はもう遅かった。

泰明さんは急にしゅんっとしてしまったのだ。

「そうか。・・・・やはり嫌なのだな。」

「え?あの・・・・」

「私のような人に有らざる者と口付けをするなど、厭われて当然だ。神子、すまなかった。・・・・だが」

そう言って泰明さんは、あの捨てられた子猫そのものの頼りない表情で言ったのだ・

「神子ならば私の願いを聞いてくれるかと自惚れた事を考えてしまったのだ・・・・。
やはり・・・・だめだろうか?」

――・・・・・・・・1つ聞きたい。

こんな事を、こんな人に、こんな表情(かお)で言われて、頭の中がショートしない女の子っているんだろうか・・・・

少なくとも私は、無理だった。

ショートした頭で私は首を横に振っていたらしい。

目の前でさっと泰明さんの顔が輝いたかと思ったら・・・・








―― 目を閉じる間もなく、唇に柔らかい感触

ついばんだだけで離れていった、その味は・・・・・・








ガタッ!

「神子?・・・・神子!?」

私は何も言わずに立ち上がると、全速力で泰明さんの驚いた声を背に部屋を飛び出した!

そのまま土御門のお屋敷を飛び出し、一条戻り橋を通って・・・・走りに走り通して、力つきた時にはもう北山まで来ていて。

荒い息を押さえて、私はずるずると木の根本に座り込んだ。

・・・・心臓の音が、めちゃめちゃにうるさい。

めったにないぐらい走ったせいと、さっきのキスのせい。

「・・・・あんな風に逃げてきたら泰明さん、誤解しちゃうよね・・・・」

誰に言われずともそんな泰明の反応は予想できる。

でも、逃げ出さずにはいられなかったこっちの気持ちも考慮して欲しい。

・・・・まさか、キスの味で自分の気持ちがわかるなんて、考えてもみなかった。

片手で心臓を、もう片方できっと誰が見ても真っ赤になっているであろう顔を覆って、私は呻いた。

「・・・・・・・甘かったよ〜〜〜〜〜〜〜」

胸が痛くなるほど、甘かったキス。

それはつまり・・・・私が、泰明さんを・・・・・

「うう、どうしよ〜。もう、顔見られないよ。」

泰明さんの顔を見るたびに、さっきのキスを思い出してしまいそうだから。

そうしたらきっと真っ赤になって、言葉にしなくったって私がなにを思ってるかなんてばれちゃうんだ・・・・

私は心底困って頭を抱えてしまった。

―― ああ、龍神様。前途多難な恋になりそうです・・・・









―― お答え:貴方とのキスは、恋の始まりの味♪















                                                        〜 終 〜