孤軍奮闘泰明君!
まだ日が昇らない京の夜明け ―― がばあっ!! ぱちっと目を開くなりいきなり安倍泰明は布団跳ね上げて起きあがった。 そして電光石火の早業で身支度を整える。 猛スピードで夜着から水干に着替えて、あの独特のおだんごをものの数秒で結い終わる。 「・・・・泰明、お前何をドタバタしているのだ?」 戸口によりかかって呆れたような、感心したような声で聞いてきた晴明の横をすり抜けながら一言。 「・・・出遅れるわけにはいかない。」 「は?」 晴明が振り返った時には泰明は廊下の向こうに消えていた。 「何に出遅れるのか・・・など、聞くだけ野暮というものか?」 すでに屋敷の外に出ていったであろう泰明を思って晴明は軽く溜め息をついた。 まだ薄暗い京の街を無駄のない歩きで泰明は目的地 ―― 否、目的の人物を思った。 今はたぶんまだ夢の中にいるであろう、ちょっとのんびりやでお人好しで誰よりも愛しい存在・・・龍神の神子、元宮あかね。 あかねは心を持たなかった泰明に感情を与えるという奇跡を起こした。 何も考えず、何も感じず、ただひたすらに京を救うために彼女を護ろうとしていた自分。 それが一体いつから彼女に目を奪われるようになったのか。 あかねが笑えば心が弾み、あかねが悲しめばどうにかしてやりたいと思う。 ・・・あかねのすべてを独り占めしたいと思う・・・ 制御できない先走る感情に何度振り回されてしまいそうになっただろう。 だから彼女の前から姿を消した。 あかねを穢してしまわないように。 ―― それでも会いたくて、会いたくて耐えられなくなって闇に紛れて京に帰ってきてしまった泰明をあかねは探し当てて言ってくれたのだ。 この胸に宿る想いは穢れではない、と。 ・・・その瞬間から、あかねは泰明にとって龍神の神子という存在以上に大切な譲れない存在になったのだ。 しかしあかねを大切に想っているのは泰明だけではないのである。 ・・・というより、泰明が最後だったと言っていい。 あかねを大切に想うようになって初めて朝、同行を求めに出向いた時、彼は知ったのである。 泰明が参戦する前から『1日同行権争奪戦』が繰り広げられていた事に。 要するに朝一で藤姫に同行を申し出た者だけが彼女との同行を許されるということだ。 その日から泰明の起床がとんでもなく早くなったのは言うまでもない。 (頼久は今日は左大臣の警備の仕事、鷹通は参内の儀で同行はできぬのであったな。) 事前に式神で探りを入れて置いた情報を確認する泰明。 なんせ頼久、天真、詩文の3人はあかねと同じ邸内にいる強力なライバルなのだ。 一人いないだけでも大分可能性が上がるし、以外に勤勉に時間をはかって現れる鷹道がいないのもありがたい。 (昨日は同行しそこねたのだ。今日こそは・・・!) 泰明が無表情の顔の下で闘志を燃やしたその時、視界をちらっと赤い影が掠めた。 (!あれは・・・) 泰明の数歩前を走っていくその人物は・・・天の朱雀、イノリ。 泰明は無言で懐に手を入れると、取り出した何かをいきなり投げた! すっこーーーーーーんっ!! 「いってえ!!」 後頭部にお椀(何で懐に持ってるんだ?!)の直撃を食らってイノリは涙目で襲撃者を探す。 その横を罪悪感の欠片も感じさせない表情ですり抜けながら泰明はぽつりと一言。 「今、向こうに子供が走っていったぞ。」 「なにい?!ってことはあいつだなー!!」 ・・・何か思い当たる事があるのか、イノリ・・・ 馬鹿正直に泰明の嘘を信じてしまったイノリは血の上った頭で左大臣邸から逆方向に走り出した。 (これで一人減ったな。) ・・・いつのまにか悪役になっていると思うのは気のせいだろうか・・・ しかしそんな外野の心配をよそに泰明は夜明けの近づいた街を駆け抜けるのである。 左大臣邸の門をくぐって八葉の控えの間に向かおうとした泰明は一瞬考えて足を庭に向けた。 「はあっ!はあっ!」 ビュッビュッと風を切る音とまだ若い青年の声が聞こえてくる。 武士団の住まいにほど近い庭で天真が朝の稽古をしていた。 「お、泰明じゃねえか。今日はえらく早いな。」 泰明の思惑にさっぱり気付くことなく、天真は汗を拭きながら声をかけてきた。 その天真に泰明は一言。 「天真、今しがた鬼の娘をみたぞ。」 「なに?!蘭の事か?どこでだ?!」 ばっと顔色が変わる天真。 「桂川の方へ消えていったが・・・」 「ちょっと行って来る!」 脱兎の勢いで飛び出していく天真を見送って泰明は無表情で控えの間のほうへきびすをかえした。 (可能性は潰しておくべきだからな。) ・・・気のせいじゃなく、悪役かも・・・ (永泉の牛車はまだ着いていなかった。詩文は恐らく神子の食事の仕度を手伝っているはずだ。) 潰した(?)2人を含めてこれで7人。 外野(?)の心配を無視して、泰明は勝利を半ば確信して八葉控えの間に入った。 と、瞬間 ―― 「おや、遅かったね。泰明殿。」 「!」 艶めいた耳障りのいい声に泰明はあかね以外にはめったに見せない驚きが思いっきり現れた顔をしてしまった。 昨日も友雅に出し抜かれたのだ。 一部の隙もない身だしなみと表情でこの少将は昨日もこうやって待っていた。 ・・・一体いつ起きているのか・・・ 思いっきり怪訝そうな泰明のその表情に友雅は笑った。 「残念だが、今日も私の勝ちのようだね。」 そして至極嬉しそうに呟いた。 「今日は神子殿を誘って随心院へでも行ってみようか・・・」 ぶちっ! 「・・・玄武召還・・・」 どんがらがっしゃーーーーーーーんっ!!! 「うわっ?!」 轟音と軽い揺れに朝餉を食べていたあかねは目を丸くして横に控えていた藤姫をみた。 「今のって何?」 「さ、さあ。様子を見て参りましょうか・・・」 藤姫がそう言って立ち上がったその時、バタバタという足音がして・・・ 「神子!」 「は、はい!!」 何故か息を切らせて入ってきた泰明にあかねはびっくりして答える。 「な、なにかあったんですか?」 あわてて聞いてくるあかねの姿にちょっとほっとしたのか、泰明は息をついて少し笑って言った。 「いや、問題ない。ところで神子、今日は私を連れていってはくれないだろうか?」 めったにお目にかかれない泰明の笑みに思わず頬を染めてあかねは頷いた。 「はい。もちろん、いいですよ。・・・それじゃあ、あと一人は」 「今日は皆都合が悪いそうだ。」 まったく、な〜んにも罪のなさそうな顔で泰明は断言した。 「あ、そうなんですか?ならしょうがないよね。 ・・・そうだ!泰明さん、神楽岡の藤が満開なんですって!見に行きませんか?」 「藤?」 「ええ。」 そういうとにっこり笑ってあかねは泰明を覗き込んで言った。 「確か好きだって言ってたでしょ?」 言ったかもしれない。 しかしそれをあかねが覚えていてくれるとは思ってもみなかった泰明は嬉しさのあまりあかねを抱き寄せそうになる衝動をなんとか押さえて、かわりに満面の笑みで言ったのだ。 「ああ、好きだ。今日は神子と共に1日を過ごそう。」 ―― こうして争奪戦を勝ち抜いた(奪い取った?)泰明はあか二人っきりの1日というこの上ない賞品を手にいれた。 ・・・ただ、この後の神子様争奪戦で泰明が最危険人物として八葉全員からマークされることになり、あかねと会えずに枕を濡らす泰明の姿が見られたとか、見られないとか・・・ 〜 終?(汗) 〜 (Special Thanks 4567hit! 東条瞠) |