四人のちょっとした日常






「泰明さんのバカーーーーーーーーーーーーーー!!」






晴天の空の下、普通の京の人間であれば寄りつかない闇と人間世界の狭間にある陰陽師、安倍泰明の屋敷に悲鳴のような怒号が響きわたった。

直後、屋敷から二つの小さな影が転がりでるように飛び出してきた。

一人は10歳そこそこという感じの異色の瞳と翡翠色の髪をみずらに結った少女。

もう一人は5歳ほどであろう桜色の髪をポニーテールに結った深緑の瞳の少年。

よく見ればお揃いの藤色の水干を着た二人のなんとも可愛らしい人形のようにととのった顔立ちは纏う色彩が違うとは言え、どこか似通ったものがある。

しかし今愛らしい二人の顔に浮かんでいる表情はどこか年齢と不釣り合いな憂えているような、呆れているような、なんとも複雑なもの。

そんなお互いの表情を見合わせて・・・二人は溜め息をついたのだった。








「月香(つきか)?なんだ星樹(せいじゅ)も一緒じゃねえか。」

人混みの中から己の名前を呼ぶ声に二人の幼い兄弟は繋いだ手を離すことなく振り返った。

そして賑わう市の向こうから人を縫ってやってきた緋色の髪の青年の姿にぱっと顔を輝かせる。

『イノリお兄ちゃん!』

見事にはもった二人の声に二人の前まで来ていたイノリは顔が綻ぶのを止められなかった。

子供の信頼に満ちた視線は嬉しいが、この二人は特別嬉しい。

なんせかつて焦がれた少女の血をしっかり引いているのだから。

・・・まあ、半分の血は彼の少女をかっさらっていってしまった能面陰陽師のものなのだが・・・(笑)

「おう。なんだ今日はあかねも泰明も一緒じゃねえのか?」

心配性な二人の保護者が一緒でない事にイノリは首を傾げた。

と、その問いに困ったように二人は目を合わす。

「えっと、一緒じゃないんです。」

「なんだ。じゃあ抜け出して来たのか?」

「そうでもなくて、そのお・・・」

言葉を濁す月香にイノリは『何か』を感じ取って二人の目線までしゃがみ込むと言った。

「なんかわけがありそうだな。取りあえず家にでも来るか?」

「ほんと?!」

目を輝かせた星樹の頭をイノリは軽く撫でて笑った。

「ああ。確か今日は詩文の奴がおはぎでも作ろうって言ってたしな。」








市からさほど遠くない所にイノリの家はある。

かつて龍神の神子を守る八葉として戦った者にしては質素な家の居間でかつての朱雀コンビははくはくとおはぎに没頭している月香と星樹を微笑ましげに見つめていた。

「美味しい?」

『はい!』

口の端っこにあんこをくっつけたまま顔を上げて大きく頷く二人にイノリが豪快に笑った。

「あかねの料理より美味いんじゃねえか?」

からかうような口調に月香はう〜んと唸った。

「母さまのお料理もとっても美味しいです。・・・でも」

「ときどきおこげがでます!」

「せ、星樹!」

思わずいい返事でした、と太鼓判を押してあげたくなるような弟の言葉に慌てて月香が押さえる。

しかししっかりその言葉を聞いていたイノリと詩文は吹き出した。

「あははは!そんなもんだろうと思ってたぜ。」

「うん。でもきっとがんばってるんでしょ?」

詩文が入れてくれたフォローに月香は大きく頷いた。

しかしちらっとその幼い表情が翳ったのを詩文は見逃さなかった。

「月香ちゃん、どうかしたの?」

「えっ?」

動揺を隠せずに目をしばたかせる月香に詩文は確信を強めて言った。

「もしかして月香ちゃん達が市をうろうろしてた原因ってあかねちゃんのお料理の事でなにかあったの?」

「!なんでわかったんですか?」

「う〜ん、なんとなくね。それで、どうしたの?」

聞かれて月香は少し困ったように小首を傾げて話し出した。

「今朝、母さまがお料理に失敗しちゃったんです。」

「ふむふむ・・」

「失敗って言ってもお魚がちょっと焦げてて、ごはんがちょっと柔らかかっただけなんですけど・・・」

「あかねの奴落ち込んじまったんだろ?」

ほとんど性格に変わりのない少女を思ってイノリが言った言葉に月香ではなく星樹が頷いた。

「かあさま、げんきなかったね。」

「うん。そしたら父上が・・・」

「泰明さんが?」

「『焦げてるな』って」

「あー・・」

「泰明さんだね・・」

よく言えば素直、悪く言えば馬鹿正直な泰明の感想がビジュアル付きで浮かんでしまって詩文とイノリは溜め息をつく。

「それでおこったかあさまが『みなかったことにしてくれても』って言って・・」

「父上が『目の前にあるのに見なかったことにはできない』って言って・・それで」

『『泰明さんのバカーーーーーーー!!』・・・って。』

その光景がありありと目に浮かんでしまって詩文とイノリは苦笑した。

「変わっちゃいねえなあ。」

「・・・それで喧嘩に巻き込まれないように出てきたの?」

気持ちはわかるかも、と思いながら聞いた詩文の言葉に予想外に月香は目を泳がせて言った。

「そうじゃなくって・・・」

「じゃない?」





「父上と母さま・・・喧嘩の後はらぶらぶだから。」





詩文は今度こそおーきく溜め息をついた。

(あかねちゃん、泰明さん・・・10歳の娘に気を使わせてどうするの・・・)

八葉と神子だった頃の二人のラブラブ具合を思い出して詩文はどっと疲れるのを感じた。

そしてぽんぽんっと月香の頭を撫でて言った。

「月香ちゃんも苦労するね・・・」

「・・・それほどでもないです。」

見つめ合った二人の瞳には同じ苦労を背負った者の共感がありありと浮かんでいたとか。

―― その後、『らぶらぶ』の意味を聞いたイノリが叫んだ言葉は誰もが共感したものであった。

すなわち・・・




「あの万年新婚夫婦がーーーーーーーーーーーーーー!!!」









・・・安倍家のほんの小さな一コマでした♪











                                〜 終・・?! 〜






― あとがき ―
あ〜、この創作は8888番を踏んでくださった蘇芳さまに差し上げる・・・んですが、すいません!
面白くないですね(- -;)
なんかほのぼのというか、泰明〜あかね〜!娘に気をきかさせてどうする!って感じですよね。
でも一応息子も出してみました。
お姉ちゃんが『月香』で月なので、弟くんは『星樹』で星にしました。
それにしても・・・蘇芳さま、こんなキリリク創作ですみませんでした!!
どうか見捨てないでやってください!(切実)