始まりは一人
|
― 生まれた時は一人だった
私は大地から産まれた。 生まれた時、近くに人はいたが母がいたわけでもなく、父がいたわけでもなかった。 生まれ落ちた時から誰の力を借りずとも生きてゆけた。
だから私は一人で生きていく、誰も必要としない、そういう存在だと思っていた・・・
なのにお前に出逢った ―
「泰明さん!」
誰かに名を呼ばれるだけで、これほどにも満たされるなど、知らなかった。 明るく微笑みかけるだけで、私に心をもたらした神子・・・ お前のいない所でも、お前の事を考え、心の中にお前がいることに気付いた時から、私は一人ではいられなくなった。
愛している・・・
一人で生きる存在だと思っていた私が自分と並び、共に生きていく存在を求めた。
「神子、京に残って私と共に生きてもらえないだろうか・・・?」
お前が頷いてくれた時、私は一人から二人になった。 私の片翼、二人で生きていける存在・・・ 私は幸せの意味を知った。
そして・・・
「あかね!洗濯などしなくていいと言っておいただろう!」 まさしく洗濯日和の青空の下、洗濯物を干し終わって一息ついていたあかねはの姿に、泰明は珍しくあわてた調子で言った。 普段の泰明を知る人々が見たら目を剥きそうなほど、血相変えて家から飛び出してくる泰明を見てあかねはちょっと困ったように笑う。 「だって私が洗濯しないで、誰が洗濯するの?」 「私がする。」 至極当然、という感じで言い切る泰明。 あかねは泰明が仏頂面で洗濯する光景を思い浮かべたのか、ぷっと吹き出す。 「あかね!」 「ご、ごめんなさい。 でも心配しすぎよ。なるべく動いた方がいいって言われてるんだから。 この子のために。」 そう言ってあかねは僅かに膨らんだ自分のおなかに愛おしげに手をあてた。
その笑顔の美しさに泰明は見惚れる。 子を宿してから、あかねは美しくなった。 少女から女性へと。 「・・・不思議なものだな。女とは子ができると美しくなる。」 「やだ、泰明さん。恥ずかしいよ〜。 そのうちおなかが出て、美しいなんて口が裂けても言えないようになっちゃうんだから。」 いつもながらのストレートな泰明の言葉にあかねは頬を染めて照れてしまう。 そんな仕草は初めて出逢った頃と変わりがなくて、愛おしさに泰明はそっとあかねを抱き寄せて囁いた。
「あかねがどんな容姿になろうとも問題ない。 お前が美しいのは魂が美しいからだ。 ・・・でも、できるなら産まれてくる子はお前に似ているといいな。 無事に丈夫な子を産んでくれ。」 「・・・うん・・・」
最初は一人だった。 やがて自らの片翼に出逢って、二人になった。 でも、それで終わりじゃない。 二人から、三人へ。 きっと幸せは続いていくものだから・・・
〜 終 〜
|