月夜の散歩は・・・・
絶体絶命という言葉がこれほど似合う状況はないかもしれない。 と、パニック状態の頭の片隅であかねは考えた。 いや、パニックなのだ、本当に。 だって時刻はとっぷり日が暮れてお月様が中天に昇る時刻。 そんな時間に人気のない路地で5人の、いかにも柄が悪そうな男達に囲まれてパニックにならない女の子がいるだろうか? 邪な光を全開にしてジリジリと迫ってくる男達から同じ歩調で後ずさりながら、あかねは油断していた自分を呪った。 京に召還されてしばらくたつし、怨霊も大分封印できたから、と満月の綺麗さにつられてふらりと夜の散歩に出かけたのがまずかったのだ。 今夜はうまいこと頼久の目をくぐり抜けて、驚くほどスムーズに神泉苑までたどり着けた事に得意になっていたあかねは気づかなかった。 後ろから男達はつけてきている事に。 それに気づいた時には、もう囲まれていた。 (どうしよう・・・・) 逃げようにも彼らの足ならすぐに追いつかれてしまうだろうし、残念ながら神子の力では人間はどうにもできない。 (誰か・・・・!) あかねがとうとうぎゅっと目をつぶった ―― その時だった。 「ぐぇっ!」 (!?) 唐突に耳を打った潰れた悲鳴に、あかねが目を開けようとした瞬間、ふんわりと暖かさと侍従の香があかねを包んだ。 (!この香りって!) 信じられない思いで目を開けたあかねの視線の先で、驚くほど夜の似合う公達は柔らかく微笑んだ。 「やあ、神子殿。夜の散策かい?」 「友雅さん!!」 驚き半分、喜び半分であかねは自分を包んでいる腕の持ち主の名を呼んだ。 よく見れば一人の男が地面に転がっている。 血も見えないし、微かに動いているところを見ると素手で男を倒して来たらしい。 それに気づいて目を丸くしているあかねの耳元に唇をこれ見よがしに寄せて友雅は囁いた。 「こんな夜には月の姫と共に月を愛でるのも一興と思って訪ねてみれば、私を置いて一人で散策とはつれないねぇ。」 「と、友雅さん?」 どう見てもこの状況にみあわない台詞にあかねは慌てた。 こんな事をすれば当然・・・・ 「てめぇ!いきなり何のつもりだ!」 予想通り逆上した男達の大声にあかねはひゃっと首をすくめた。 しかし友雅の態度は一向に変わらない。 彼は薄い笑みさえ浮かべて男達に視線をくれてやる。 「おやおや、無粋な連中だ。このまま立ち去るのならよし、そうでないなら・・・・」 「ふざけるな!不意打ちで一人のしたぐれえでいい気になるんじゃねえ!!」 怒りのあまり顔を真っ赤にした男の一人が太刀を抜くなり斬りかかってきた! しかし友雅は微動だにしない。 「!!」 迫りくる太刀を前にあかねは身を固くした。 次の瞬間起こった事は男にも、あかねにも予想外に事だった。 ガッ! 鈍い音をたてて男の太刀を受け止めたのは、友雅の手にあった扇。 たった一本の扇だけで友雅は男の太刀をいなしたのだ。 「何!?」 「やれやれ、よほど血の気が多いと見える。しかたがない。 ・・・・神子殿、私の後ろにいなさい。すぐに終わるから。」 あかねを腕から解放して一歩前に出た友雅の気迫に押されるように、男達は数歩後ずさる。 しかしここで引く事ができるほど素直で身の程をわきまえている男達ならこんな事はしていない。 「やああああ!!」 一斉に斬りかかってきた男達を友雅は腰の太刀に手をかける素振りすら見せず、扇と素手で叩きのめしていく。 まるで舞いでも舞っているかのように一部の隙もなく動く友雅は戦っているとは思えぬほど優雅で、あかねはただただ見入る事しかできなかった。 月の光に太刀が光るたびに友雅の翡翠の髪がはねる。 頼久のそれのように毎日鍛錬しているとも思えないのに、扇と拳がたたき込まれる場所は正確で・・・・ 魅入られたように見つめていたあかねは男達が通り一辺倒な捨て台詞を吐いて逃げ出していった事にも気づかなかった。 「終わったよ、神子殿?」 「え・・・・あ、いなくなってる。」 地面にぺたんと座り込んでいたあかねはやっと我に返った。 その様子を見て友雅は苦笑した。 「すまなかったね。このような場面を見せてしまって。姫君の前で血を流すのはいかがなものかと思ったのだが、やはり怖かったかい?」 覗き込まれるようにそう言われてあかねは慌てて首をふった。 「違うんです!怖かったからとかじゃなくて・・・・友雅さんって武官だったんだなあって・・・・」 それを聞いて友雅はますます苦笑を深める。 「信じてもらっていなかったのかい?これでも一応宮中では今上帝の懐剣という字まで頂いているのだけどね。」 「あ〜ごめんなさい!そうじゃなくて・・・・その・・・・すごく綺麗だったから。」 「綺麗?」 首を傾げる友雅に、あかねは大きく頷いて見せた。 「そうです。なんて言うかすごく洗練された動きっていうか見とれちゃうくらい綺麗でした!」 自分でも納得するように何度も頷くあかねを一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに友雅は柔らかく微笑んだ。 めったに見られない友雅の本当の微笑みにあかねの胸が大きく脈打った。 (うわぁ、友雅さんってこんな風にも笑うんだ・・・・) どんどん熱を持つ頬に気づいてあかねは隠すように手をあてる。 そんなあかねに目先を合わせるように友雅はかがみ込むと囁いた。 「月の姫にお褒めに預かるとは身に余る光栄。ではそのお礼に・・・・」 「?きゃあっ!」 いきなり目線が高くなってあかねは悲鳴を上げた。 かがみ込んだ友雅が軽々とあかねを横抱きにしたのだ。 「と、と、友雅さん!?何するんですか!?」 近くなった友雅の秀麗な横顔にさらに鼓動が早まってあかねは慌てて抗議した。 しかし友雅の腕は緩む様子もなくいかにも楽しそうに笑った。 「姫君を抱いて送るという名誉も与えて欲しいのだけれどね。それとも歩くかい?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 あかねは黙り込んだ。 実はすっかりさっきの事で腰が抜けてしまっているのだ。 当然友雅はそれを見ぬいているに違いない。 友雅に抱き上げられたまま帰るというのは恥ずかしい。 それ以上にさっきっから心臓が爆発しそうなぐらいドキドキしているのに、このまま友雅の体温を直に感じていくなんて、どうなかってしまいそうな気がする。 ・・・・しかし実際問題、一人で歩けそうもない。 とすれば、選択肢は1つしかないわけで・・・・ 「・・・・お願いします。」 「まかせておきなさい。」 満足げに微笑んだ友雅はゆっくりと歩き出した。 最初のうちはすっかり固くなってうつむいていたあかねだったが、伝わってくる振動と友雅の体温に少しずつ顔を上げて見る。 友雅の翡翠の髪ごしに見える月は屋敷を抜け出した時に見たより美しく輝いて見えて、あかねは目を奪われた。 ひどく優しく美しく、でもその姿からは見えない部分が冷たさを感じさせる。 そして意外にも闇に飲まれない強い光。 (あ、月って・・・・友雅さんに似てる・・・・) そう思った瞬間、あかねの肩がぐいっと友雅の方へ押された。 「?なんですか?」 あっという間に月から友雅の牡丹の柄の着物へ視界に驚きながら聞き返したあかねの耳元に友雅は唇を寄せて・・・・ 「――――――――――」 「え?なんて言ったんですか?」 微かな、微かな友雅の声が聞き取れなくて問い返したあかねの頬を、友雅の唇がそのまま掠めた。 「!友雅さん!!」 「はは、神子殿は可愛いねえ。」 「からかわないでください!!」 もう!っと真っ赤になった顔を背けたあかねは知らない。 ・・・・その横顔をどんなに切なそうな瞳で友雅が見つめていたか・・・・ ただあかねはもう一度月に目を戻してフワフワしているような感覚と共に思ったのだった。 (もう少しこうしていたい・・・・なんて我が儘かな。) ―― 中天に浮かんだ月が微笑むように光を放っていた・・・・ ―― 君を月には渡さない・・・・ ―― 友雅が囁いて、あかねが聞き逃した言葉をその光に包み込んで・・・・ 〜 終 〜 |