頼られるという事

 

「・・・眠れない・・・」

あかねは闇の中で目を開けた。

さっきまでは眠ろうと努力していたのだ。

四神も半分は解放できたが、まだ二柱残っている。

明日だって呪詛を探しに行かなくてはいけないのだから、寝なければみんなに迷惑をかけてしまう。

・・・それはわかっていても心の奥底で燻っている想いがあかねを寝かせてくれないのだ。

 

そっとあかねは寝床から身を起こした。

そして極力音をたてないように、簀の子縁に出る。

ふと頬を涼しい風が掠めて、あかねは少し笑った。

「月が綺麗・・・」

青白い光は明るく人を、世界を照らす太陽とは違い、薄布の向こうから語りかけてくるような月の光にあかねは身をさらす。

遠い手が届かないように思える月にふとあかねは切ない想いを重ねたかのように溜め息をついた。

 

ガサッ

ふいに草を踏む音にあかねは驚いてさっと顔を向けた。

「・・・月を想うかぐや姫の様相だね、神子殿。」

軽く口元を扇で被った雅やかな姿にあかねはほっと息をつくと同時に少し呆れた。その隙のない姿には焦りの欠片もない。

こういう状況に慣れているのが一目瞭然だ。

「そうやって現れて女の人を口説いてるんでしょ?友雅さん。」

「おや、口説いて欲しいのかい?」

からかうような口調で流し目をくれる友雅に赤くなるのが止められないあかねは苦笑しつつ言う。

「遠慮しておきます。・・・それよりもし迷惑でなかったら話し聞いてもらえません?」

「姫君のお許しさえいただければ私は一向に構わないよ。」

パチンっと音をたてて扇を閉じると友雅はあかねの隣に腰を下ろした。

 

 

「・・・それで姫君は何を悩んでおいでだい?」

しばらく無言で月を見上げていた友雅は不意にあかねを覗き込んで言った。

「・・・やっぱりそう見えます?」

「見えるよ。もっとも昼間の神子殿を見て悩んでいると気付くのは私ぐらいだろうがね。」

安心していいよ、という意味が含まれた言葉にあかねは肩を落として力無く笑った。

「友雅さんにはばれちゃうんですよね・・・」

「君たちよりは少し長く生きているからね。

・・・ところで神子殿を悩ませているのは、泰明殿だね?」

「・・・・・はい・・・・・・」

あかねはそう言うと月を仰いだ。

 

「私・・・帰りたくない・・・」

まるで月からの使者を拒むようなあかねの様子に友雅は小さく息を吐く。

(まさしく月の姫だな・・・)

誰のためにその使者を拒むのか、知っているから友雅は言った。

「泰明殿のために、かい?」

「はい。」

「だったら残ればいいじゃないか、こちらに。」

あっさり友雅に切り替えされてあかねは思わず眉を寄せる。

 

「そんなに簡単に言わないでください!あっちには両親も、友達も・・・」

「だけど、言って欲しかったのだろう?」

「!」

荒げた声をやんわりと遮った言葉にあかねははっと息を飲んだ。

雷に打たれたように身動き出来ないでいるあかねを優しい眼差しで友雅は包み込む。

「言って欲しかったんだろう誰かに。別にいいんだと、ここに残ってもいいんだと。

私にはそう見えたよ。」

「友雅さん・・・」

まだあっけにとられているようなあかねの頭を優しく撫でた。

「いいんだよ。あちらの世界にいる人々も神子殿の事を責めたりしない。もちろんこちらの世界にも。

だけど神子殿、君の居場所は自分で見つけなさい。

居場所がないならここにいてもつらいだけだ。わかるね?」

 

「・・・でも泰明さんにとって私は神子以上の価値なんてないかもしれない・・・」

そんなことは絶対にない、と言いそうになって友雅はすんでの所で踏みとどまる。

あの人形のようだった青年があかねにだけ、無防備に様々な表情を見せるように様を見れば、青年があかねの事を何よりも想っていることなど子供でもわかる。

 

・・・しかしここで彼女にその想いを告げるわけにはいかない。

恋に揺れる少女は自分の想いを確認して悩んで進んでいかなければいつか壊れてしまう。

ガラス細工のように脆いそれが壊れるのは自分にもなにより辛いから。

 

とその時、友雅の視界の端をちらっと深緑色が掠める。

(?・・・あれは・・・)

ちらっとあかねを見るが彼女は気付いていない。

(・・・しょうがないな)

「神子殿、顔を上げてごらん?」

「はい?」

俯いていたあかねが何の疑いも抱かず顔を上げる。

その瞬間、友雅は片手であかねの頬を支えると柔らかい頬に素早く口付けた!

「!!!!!!!」

ガサッ!!

「友雅!!!!」

「えっ?ええ?や、泰明さん?!」

友雅の狙った通り茂みの影から飛び出してきた泰明を見てあかねは軽いパニックに陥った。

そのあかねの様子が目に入っているのか、いないのか泰明はズンズンあかねの前まで来るとその細い体を有無を言わさず抱き上げる。

「え?な、何するんですか?!」

「問題ない。」

「問題ないって何が?あ〜〜〜〜〜友雅さ〜〜〜〜〜〜ん〜〜〜」

抱き上げられたまま連れ去られてしまったあかねの声がに友雅は苦笑した。

 

 

(あの様子なら明日は神子殿の笑顔が見られるな。)

一人、あかねの部屋の前に残された友雅はふっと今まで浮かべていた笑みを消した。

そして冴え冴えと輝く月を仰ぐ。

(神子殿にとって今夜の月は嬉しいものになるのだろう・・・)

しかし自分にとっては・・・

 

友雅はきつく唇をかんだ。

あかねは無防備に自分を慕ってくれる。兄のようだと言って。

自分の心に迷うといつの間にか自分に相談してくれるようになった。

友雅の心を知らない無邪気な天女・・・

 

(それでもたとえ兄としてでも慕ってくれる事が嬉しいとは・・・私もどうかしているのかもしれない・・・)

自嘲気味に口元を歪めると友雅はそれを隠すように扇を広げた。

そして呟く。

「・・・誰よりも想っているよ、我が姫君・・・」

 

さっと友雅は身を翻した。

この戦いが終わってもきっと月の姫が月に帰ることはないだろう。

そしてまた何かあれば友雅を頼ってくるだろう。

それでもいい。

見つめ続けていられるかぎり、内なる情熱を隠して兄を演じてみせる。

望んでいる言葉をかけ、必要なら道化すらも演じよう。

それで彼女の微笑みを守れるなら。

・・・たとえそれが自分以外の誰かに向けられる笑みであろうとも。

(まったく・・・どうかしているな・・・)

胸が疼く。

・・・たぶん一生、友雅を苛む疼き・・・

友雅は一度だけ切なげな瞳で主のいない部屋を振り返った。

そして何かを吹っ切るようにそこを後にした・・・

 

 

                                                     〜 終 〜

 

 あとがき 

あ〜、何が書きたかったんでしょう(^^;)

たぶん『切ない友雅さん』が書きたかったのでしょう。

でも不発〜(泣)友雅さんの方、片思いさせた上に不発ですみません。

だめです。やっぱ東条には切ない系は向かないのかも。

じゃあ、何が向いているんだ!という突っ込みはなしということで。