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好きなもの 「わあっ綺麗!素敵ね、友雅さん!」 神楽岡の満開の藤棚の下ではしゃぐあかねを見て友雅はくすっと笑った。 美しいものを見れば素直に喜び、それを目一杯友雅に伝えようとしてくれるあかね。 ちょっと子供っぽいともいえるそんなところは友雅の妻となって一年たった今でも、神子だった頃から少しも変わらない。 最もそんな可愛らしいところは変わってほしくはにのだけれど。 「あかね、そんなにはしゃぐと転んでしまうよ?」 すっかり呼びなれた妻の名前を呼んで、彼女が何か言うより先に腕の中に閉じこめてしまう。
しかしいつもなら『もう』と少し怒って抵抗するあかねが、今日は大人しく友雅の腕に収まっている。 不思議に思ってあかねを見ると、あかねは藤棚に目を奪われていた。 ふと友雅は言う。 「あかね、そんなに藤が好きなのかい?」 「ええ。好き! 特に神楽岡の藤は去年も見たけど、とても綺麗でしょ?」 嬉しそうに答えるあかねの言葉に、じわっと友雅の心に暗雲が広がった。
自分は去年、あかねと藤を見に来た覚えはない。 ということはあの頃、彼女の側にいた人間―つまり八葉の誰かと来た言う事。 藤の好きな八葉と言えば・・・
「そう言えば藤は泰明殿が好んでいたね。」 さりげない言葉に一滴籠もっている不機嫌に気がついてあかねはきょとんっとする。 そんな言い方ではまるで泰明が好きだったから、あかねも藤を好きになったように聞こえる。 (もしかして・・・) あかねは一つの結論に辿りついてくすりと微笑んだ。
その笑みに友雅の鼓動が跳ね上がる。 彼女は一年で美しくなった。 今のように大人びた美しい微笑みは一年前には見られなかったもの。 少女ではなく、女の表情。
その微笑みを浮かべたまま、あかねは言った。 「友雅さん、私、石楠花も好きなの。 それから銀色も侍従の香りも・・・。全部、こっちへ来てから好きになったものばっかり。 誰のせいでしょう?」 「・・・・・・」 友雅はあっけにとられたようにあかねを見つめる。
そして少し困ったような表情で、前髪をかきあげて・・・ ひどく優しく微笑んだ。 その微笑みはからかうような光も、大人の余裕を感じさせるものではなく、純粋な嬉しさを伝えるもの。 周りの満開の藤ですら色あせる笑みを真っ直ぐに向けられてあかねは赤くなる。
そんなあかねを引き寄せて友雅はその額に唇を寄せて囁いた。 「意地悪を言ってすまなかったね。 やれやれ、私はいつの間にこんなに嫉妬深くなったのかな。 ・・・だが、それだけ愛しているよ、我が姫君。」
満開の藤棚のした、こつんっと額を合わせた恋人たちはそれは幸せそうに微笑み合った・・・
〜 終 〜
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― あとがき ―
月さんの素敵な友雅さんの絵に煩悩刺激されて書いてしまったSSなのですが・・・すいません、これが東条の限界です(^^;)
でも迷惑なことに送っちゃいます(笑)
藤といえば泰明さん、ということで彼には脇役登場してもらいました。