紫煙と君への言葉




「別荘?」

現在取り仕切っている会社の書類をめくっていた友雅は、嬉しそうにあかねが言った言葉に怪訝そうに顔を上げた。

「そう!詩文くんの家族が春休みに別荘に行くんだけど、私も一緒にどうですか?って誘ってくれたの。
・・・よかったら旦那様も一緒にって・・・」

最後の一言を少し恥ずかしげに言うあかねがひどく可愛くて友雅は優しく微笑んだ。






友雅があかねと結婚したのは2ヶ月前の事。

ここではない京という世界で龍神の神子として降臨したあかねに八葉として出逢った友雅は始めて本気の恋に落ちた。

そして彼女がこちらの世界に帰る時、友雅は一緒にやってきた。

・・・彼女が自分と元の世界とどちらも選べず悩んでいるのに気がついていたから。

でも自分は彼女と京での生活を天秤にかければ傾くのは試すまでもなく彼女の方だったからなんの躊躇いもなかった。

そしてこちらの世界にやってきて友雅は詩文の父親の口利きにより持った会社の事業をいともあっさり成功させていき、あかねが絶句してしまうほどの早さでこの世界に根を下ろしてしまったのだ。

・・・もちろん、そのとんでもない早さには理由があった。

すなわち早くあかねと結婚するため、彼女の両親に認めてもらう社会的地位が必要だったからだ。

まあ、そのおかげでこちらの世界にきて半年、念願叶ってあかねと結婚する事ができたわけである。

というわけで只今、友雅とあかねは新婚2ヶ月。 あま〜〜〜い新婚生活まっただ中なわけである。






「ね、友雅さん。予定あけられない?」

「そうだね・・あけられないこともないかな。」

「ほんと?!じゃあ行きましょう?」

「ああ、構わないよ。」

「やった!嬉しい!!」

ぱっと飛びつかれてちょっと友雅は面食らった。

照れ屋なあかねは普段はあんまりこんな風に接してくれる事はないのだ。

「そんなに嬉しいのかい?」

「うん!・・・だって友雅さんと始めての旅行だもん。」

本当に嬉しそうに言うと「じゃあ夕御飯の仕度してくるね」っとすばやく台所に行ってしまった。

その後ろ姿を見送る友雅は抱きしめ損ねた手を持て余して仕方なく前髪を掻き上げると、全国の友雅ファンが見たら悶絶死してしまうほどあどけない顔で苦笑したのだった。










あかねが楽しみにしていたとおり、詩文の家族と天真と蘭まで加わって旅行はなかなか楽しいものになった。

一足早い花畑を見てみたり、湖でボートに乗ってみたり・・そのたびにラブラブモード全開な友雅とあかねは天真に冷やかされたり。

もっとも友雅としてはいつも以上に輝くあかねの笑顔が見られることが何より嬉しかったのだけど。






旅行に出て三日目の朝、友雅はふと目を覚ました。 隣のベットで天真がまだいびきをかいて寝ている。

・・・あかねは蘭と詩文の母にとられてしまったのだ。

友雅は時計を見て少し考えてから、音も立てずにベットを出た。

まだ起きるには早いのだが、なんとなく眠れそうになかったのだ。






外はひんやりとした空気に満ちていた。

コートを羽織った友雅は軽く肩をすくめて歩き出した。

どこへともなく歩いて、ウッドテラスに出た友雅は手すりの背を預けてポケットから取り出したキャメルに火をつける。

火のついたキャメルをくわえて、ライターをしまおうとして友雅はふと口元を緩ませた。

このライターはあかねが友雅にプレゼントしてくれたものだ。

最初は使い方すらわからなかったこの小さな機械をいつの間にか普通に使っている自分にふとおかしさを覚える。






本当はこちらの世界に来ることに躊躇いがなかったわけではない。

それは京の生活への未練ではなく、こちらの世界で自分があかねを支える存在になれるかどうか不安があったからだ。

彼女と生活していく事ができるか否か。

あかねに不自由をさせないでいられるか。

しかし・・・






友雅は紫煙をはいて二階の一つの窓を見上げた。

そこはあかねと蘭が泊まっている部屋。

今頃、きっとぐっすり眠っているであろう愛しい姿を思い描いて、友雅は柔らかく微笑んだ。

こちらを選んでよかった、と今では思う。

なによりあかねのくったくない輝く笑顔が見られるから。

まったく唯一人の笑顔1つで幸せになっている自分など、以前の自分が見たら笑ってしまうだろう。

女性を溺れさせる事はあっても、溺れることなどないと思っていた。

妖艶な美女でさえ呼び覚ます事のできなかった自分の情熱。

それをあっさり引き出したのは、あどけない純粋な少女だった。

名前を呼ばれるだけで、香りを感じるだけで、笑顔を見せてくれるだけで自分を捕らえていく少女。

・・・友雅は苦笑して、小さく呟いた。





「抱きしめるだけでどれほど私が緊張しているかなど、君はきっと気がついていないのだろうね。 私の何より大切な、月の姫君・・・」





甘い響きの言葉は紫煙と共に清廉な朝の光に溶けていった・・・












                               〜 終 〜