―― 美しいものが好きだと思っていたし、そう、公言してもいた。

―― ・・・・その実、『美しい』とはなんなのか、知らなかったのかもしれない・・・・















幸せについて本気出して考えてみた
















「友雅さん?」

耳障りのいい、柔らかい声に友雅はゆっくりと目を開けた。

用心して細く開いた視界に飛び込んでくるのは、彼が贈った紅梅襲の袿姿の妻 ―― 昨年の夏まで龍神の神子という称号を得ていたあかねの顔。

ちょうど真上からのぞき込まれるようなその角度に最初少し驚いた友雅は、すぐに自分の状況を思い出した。

(そういえば今日は休みだったな。)

年明けの行事が一段落した事もあって、友雅はしばしの休暇を取ったのだ。

もちろん、その主な動機はやむおえない事情とはいえしばらくゆっくりと過ごせなかったあかねと、いちゃいちゃ・・・・もとい、一緒に過ごすためである。

だから今日も外出はせず、軽装のままあかねと過ごしていたのだが小春日和の日差しに誘われて縁に出たのが間違いだったらしい。

いたずら半分にあかねに膝枕をねだって、恥ずかしがる彼女になんとかそれを承知させて転がったまではよかったのだが・・・・

「私は・・・・寝ていたかい?」

「ええ。疲れてるんですね。」

くすっと笑うように言うあかねの髪を透かして太陽が目に入る。

その太陽のせいか、それともあかねの笑顔のせいか・・・・友雅は軽い眩しさを感じて目を細めた。

「友雅さん、結構すぐに寝ちゃったんですよ?あとは呼んでも揺らしても反応なし。このまま夜になっちゃったらどうしようかと思ってたんですから。」

口調だけは不満げに、笑顔は極上に優しく話すあかねを間近に見上げながら、友雅は微笑んだ。

「?なんですか?」

その笑みがあまりに唐突だったせいだろう。

首を傾げるあかねに、友雅はゆっくり髪を掻き上げて言った。

「・・・・美しい、と思ってね。」

「なっ!」

かあっと赤くなったあかねの表情にこらえきれなくなったように、友雅が吹き出した。

「友雅さん!!からかわないでっていつも言ってるでしょ!?」

「別にからかってなどいないよ。」

「嘘!からかってるじゃないですか!!」

「からかってなどいない。本当にそう思ったから口にしてみただけだよ。君も、太陽も、風も・・・・すべてが美しく見えると思ってね。」

「太陽も、風も?」

「ああ。」

その答えにあかねは周囲を見回すようにして、それから納得したようにうなずいた。

「綺麗な青空ですしね。」

にこにこ笑って言うあかねに、友雅は苦笑する。

「違うよ、あかね。ただ空が綺麗なだけなら私はわざわざ口に出して言ったりしない。」

「え?」

「空が綺麗に晴れ上がっていれば風も日も美しいのは知っているよ。だが、今は口に出した。なぜだかわかるかい?」

「???」

謎かけのような言葉にあかねは首をしきりに傾げる。

が、彼女の性格ではそんな言葉の裏側までは読めなかったらしい。

すぐに困った顔で軽く両手を揚げた。

「わかりません、降参。」

「ふふ、教えてほしいかい?」

「はい!」

「さて、どうしようか・・・・」

「えーーー!?」

教えてくれないの?とばかりに大きな目を見開いて見つめてくる少女の表情に危うく吹き出しそうになるのを、なんとかこらえた。

(そうしていると、まるで子犬か子猫のようなのだけれどね。)

無邪気な仕草がこの上なく似合うあかね。

友雅と夫婦になって半年以上たつというのに、艶めいた女の雰囲気にはほど遠いあたりを見るに、彼女の性質がそうなのかもしれないと最近友雅は思っている。

戯れに逢瀬を重ねた女達とは明らかに違う・・・・違うからこそ愛しいと思ってやまない。

そんな最愛の妻の頬に柔らかく指を滑らせると、友雅は密やかに言った。

「私は美しいものをたくさん見てきたと思っていたよ。美しい人、美しい風景、美しい音色・・・・でもね、私は最近思ったのだよ。本当は私は美しいものなど知らなかったのではないかと、ね。」

「え?どうしてですか?」

「それは・・・・」

もったいぶった仕草で頬から唇に指を滑らせて
















「君の存在を感じながら見るものすべてが、私が今まで見たものなど比べものにならないほど ―― 美しいから。」















あっさりと言った言葉に、予想通りあかねは目を丸くして真っ赤になった。

「と、と、友雅さん!!」

未だに友雅の頭が乗っているから立ち上がりこそしないものの、それぐらいの勢いで叫ぶあかねに、友雅は表情を崩さず笑う。

「怒られても本当の事だからねえ。」

(そう、本当の・・・・)

生まれて初めて本気で愛しいと思った者が側にいるということ。

それは予想していた以上に劇的な変化をもたらした。

あかねが側にいればどんな些細なものでも、事でも美しく感じる。

まるで無色だった世界に急に色が溢れかえったように。

去年と同じ季節を暮らしているはずなのに、あかねが側にいる今はすべてが初めて見るかのように新鮮だった。

そして気がついてみれば、あかねに出会う以前の事は色がない映像でしか思い出せなくなっていた。

この世界中の色のすべての源が、あかねであるかのように。

(やれやれ、初めて恋を知った男でもこれほどひどくはないと思うがね。)

初めて恋した相手が実際よりもずっと綺麗に見えるというのはよく聞く話だが、相手だけではなく彼女を中心に世界が美しく見えるなど、貴族の間で口にしたらいい物笑いの種になるだろう。

けれど、たぶんそれがきっと・・・・

(幸せ、というものなのかも、しれないね。)

無縁だと思っていた言葉が少しくすぐったくて、誤魔化すように髪を払うと友雅は口を開いた。

「あかね。」

こぼれ落ちた名が、何か神聖な力すら秘めているように澄んでいて。

からかわれたと判断したのか、すねてそっぽを向いてしまったあかねもわずかに視線を戻す。

あかねの視線と、友雅の視線が微かに重なる。

ゆっくりと、友雅が片手であかねの頬を捕らえて身を起こす。

その仕草に、あかねは仕方なさげに友雅の視線を正面から捕らえる。

「あかね。君も・・・・」

本来の高さに戻った目線を下げて、友雅は頬を傾ける。

そして、唇に吐息を感じる距離で















「・・・・君もそう感じてくれていると、嬉しいけれどね。」















あかねの答えは、口づけに溶けた・・・・




















―― 幸せについて本気出して考えてみたら

                     いつでも同じところへいきつくのさ

―― 君も幸せについて考えてみてよ

                     僕の姿は浮かんでる?







                      ―― いつまでも、消えないように ――



















                                                         〜 終 〜






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