桜月夜




―― 月が桜に透けて、魅惑的なまでに美しく見える・・・・

くすりと、友雅は持っていた杯を緩くまわして口元に笑みを刻んだ。

自邸の庭で今が盛りと咲き誇っている桜を愛でようと急に思いついて縁に酒を運ばせたが、思った以上に美しい世界がそこには広がっていた。

緩く暖かい夜風が桜を揺すれば、花びらが桜色の布を紡ぐように流れる。

その布を纏うのは、澄んだ光を放つ十六夜の月・・・・

「いい和歌が詠めそうな夜だねえ。」

そう呟いて、友雅は一瞬違和感を覚えて眉を寄せた。

・・・・違う。

詠ではなく、自分は別の何かを思いだしたはずだ、と。

そう思って杯を軽い苛立ちと共に飲み干した。

と、自然に上がった視線の先に桜色の衣を纏った月が映って。

(ああ・・・・そうか)

月に、夜桜に何を重ねたのか思い出して友雅は薄く微笑んだ。










―― 重ねた面影は、少女

―― 見知らぬ世界から今日、この場所へと連れてこられた龍神の神子と言われる娘










「確か・・・・あかねといったかな。」

友雅は彼自身が聞いた少女の名前を紡いだ。

そう、名を聞いた時の少女はきょとんっとして後で聞いた年よりもずっと幼く見えた。

ほんの少し悪戯心がうずいてちょっとからかってみれば、すぐに赤くなった。

くるくると表情のよく変わる少女。

それが第一印象。

神子という高尚で他を寄せ付けないような雰囲気は微塵もなく、それどころか貴族に使える童よりも人なつっこく見えた。

美しいという存在とは違う。

神聖という雰囲気でもない。

・・・・それでも、あかねは友雅の脳裏に焼き付いた。

桜色の髪の影から覗く、困ったような瞳。

その瞳が宿していた光は、今の月の光に酷似している。

そう、夜桜の中の月に重ねたのはあの瞳だ。

幾夜か過ごした姫君達の顔ですらおぼろげにしか覚えていない友雅の心にほんの数刻で焼き付けられたあの・・・・

胸についぞ忘れていた小さな疼きを覚えて、友雅は笑みを消した。

恐ろしささえ感じさせるほどにさえ渡った表情で友雅はゆっくり杯を持ち上げる。

(さて、あの少女は一体どんなモノをもたらすのだろうね・・・・)

京に・・・・自分に。

その時、友雅の杯にふわりと、桜の花びらが一枚舞い降りた。

「!・・・・・・」

暗示的な桜の花びらを友雅は驚いたようにしばらく見つめた。

杯には笑うように揺れる桜の花びらと、小さな月。

急に友雅は低く笑い出した。

「やれやれ。桜と月にからかわれるとは、なんと雅なのだろうね。」

実に楽しそうに友雅は自嘲ぎみに言うと、一気に杯を傾けた。





―― 月も桜も飲み干すように・・・・













                                                         〜 終 〜







― あとがき ―
季節な創作を書いてみたくてふと、パソコンを叩いてみたらこんなモノができました・・・・という代物(^^;)
バイトの帰り道に夜桜を見て最初に思い出したのが友雅さんでした。
だってねえ、八葉の中で夜桜が似合うといえば地の白虎しかないでしょう。
中途半端ですみません(><)