無理は禁物
(なんか、怠い・・・かな) おつきの女房さんが運んできてくれた朝餉を食べながら、あかねは小さく首を捻った。 「神子様、どうかなさいましたか?」 すぐ近くで一緒に朝食をとっていた藤姫にそう聞かれてあわててあかねは首をふった。 「ううん、なんでもないよ。」 「そうですか?お顔の色が悪いような気もいたしますけれど・・・・」 まだ心配〜という色を目にありありと浮かべて藤姫は聞いてくる。 「大丈夫だって。ほらここのところ夜でも少し暑かったでしょ?だから夢見がちょっと悪かったの。」 あながち嘘でもない、とあかねは心の中でフォローした。 実際、ここ ―― 京へ龍神の神子として召還されて2ヶ月近くが過ぎて、最初の頃は暖かかった気温は徐々に夏の暑さを増してきている。 盆地ならではのじわっとくる暑さはあかねには馴染みのないもので、ちょっとばかりまいっているのは確かだった。 ・・・・もっとも、睡眠不足の原因はそれだけではないのだが。 しかし藤姫も笑ってみせるあかねにそれ以上追求することもできなかったのか、納得したように頷いてくれた。 「では神子様、今日はどうなさいます?」 朝餉の膳を片づけていく女房達を横目に尋ねられたあかねは、少し考えた後わずかに頬を染めて言った。 「それじゃ、頼久さんと・・・友雅さんを呼んでくれる?」 希望通り、八葉の控えの間にいた2人と左大臣邸を後にした直後、いきなりあかねは少し後悔した。 (まずいかも・・・・) なんとはなしに目眩がする。 それに胃の収まりもなんだか悪いし・・・・ 神泉苑を過ぎて音羽の滝近くなった頃には、本当にぐらぐらする頭を支えるような気分にあかねは襲われた。 (でも、迷惑かけるわけにいかないもんね。) 「神子殿?どうかされましたか?」 半歩後ろを歩いていた頼久にそう聞かれて、あかねは笑顔を作って首をふった。 「別にどうもしませんよ。 あ、まだ言ってませんでしたね。今日は案朱と剣神社で力の具現をしましょう。それから時間があったら将軍塚へ・・・」 そう言って横にいる友雅を振り返ろうとした瞬間だった。 ぐらっと大きくあかねの体が傾ぐ。 『神子殿?!』 2人の驚愕した声がすでに遠い。 「あ・・・・」 何か言おうとして開いた唇からこぼれた言葉はそれだけだった。 ・・・・視界がブラックアウトする直前に感じたのは、背中を押さえる力強い腕と・・・・仄かな侍従の香りだった・・・・・・ 目を開いてまず飛び込んできたのはまったく見覚えのない天井だった。 左大臣邸にしつらえられた部屋の天井ではない、まして自分の家の天井でもない、見慣れない天井。 どうやら御帳台の中にもうけられた寝所の中にいるらしいが。 「こ・・・・こ・・・・・?」 体を起こそうとして、あかねは見事に失敗した。 まるで体中に鉛でも乗っけられたように重い。 ちょうどその時、御帳がさっと持ち上げられて友雅が入ってきた。 「ああ、気付いたんだね。」 「とも・・・まささん・・・?」 口調はあくまでいつもの優しい友雅・・・・なのだが、どこかいつもと違う響きを感じてあかねは小さく問いかけた。 しかしその問いかけをどう受け取ったのか、友雅は言った。 「ここは私の屋敷だよ。左大臣殿のお屋敷に戻るよりこちらの方が近かったのでこちらに連れてきた。」 「頼久さんは・・・・?」 「・・・・頼久には藤姫の元へ仕えを寄越すように言いに行ってもらったんだ。」 (まただ。) あかねは眉をひそめた。 友雅の態度がいつもより固いし、それになぜかあかねと視線を合わせようとしない。 「あの・・・迷惑かけちゃってごめんなさい。」 弱々しくそう言ったあかねに、友雅はぴくっと肩を振るわせた。 「迷惑・・・?」 怪訝そうに問い返されて、あかねはさらにしゅんっとなる。 あの大人で些細なことでは怒らない友雅を怒らせてしまうほど情けなかったんだ、と。 「私が・・・その、自己管理してなかったから・・・・」 「違う!!」 鋭くあかねの言葉を遮った直後、友雅ははっとしたように視線を伏せた。 なにがなんだかわからなくて友雅を覗き込もうとしたあかねの耳のポツッと呟きが滑り込んできた。 「・・・・倒れるまで、なぜ何も言わなかったんだ?」 「え?」 あかねが意味を理解するより先に友雅は小さく首をふって額に片手を当てる。 「・・・そうじゃない。なぜ、倒れる前に気付くことができなかったんだ・・・・」 (・・・・友雅さん・・・・) 友雅の言葉と態度から推測できる事に気付いて、あかねは息が詰まるかと思った。 (これって・・・・もしかして、私が倒れるまで体調悪かった事を気づけなかったって、自分を責めてるの・・・・?) 鼓動が二割り増し早くなる。 「あの、友雅さん・・・?」 そっと伺ったあかねの声にはっと友雅は顔を上げて、思いだしたように笑顔を繕った。 「すまないね。こんな風に話していてはちっとも神子殿が休めないな。もうしばらく神子殿は眠っていなさい。」 そう言って立ち上がろうとする友雅の袖を慌ててあかねは捕まえた。 「あの!もう少し・・・側にいてもらえませんか?」 「神子殿?」 珍しく戸惑ったような友雅の瞳をしっかり見つめてあかねは言った。 「友雅さんの側が、一番落ち着くから・・・・」 きっとこれだけで伝わる、そう思った通り友雅はわずかに見開いた。 「・・・・やれやれ、都合のいいように解釈しそうだよ。」 半信半疑という感じの響きにあかねは握っている袖に力を込めた。 「あの、たぶん・・・・友雅さんが思ってるとおりに解釈してかまい・・・?!」 あかねの言葉が唐突に途切れた。 友雅は彼女の唇で言葉を阻止した人差し指をゆっくりもどすと、その手であかねの目を覆った。 「その言葉、今は言ってはだめだよ。・・・・君は病人なのだから。」 「え?」 「・・・・その先を言ってしまったら、月の姫を手に入れたと舞い上がった男が何をするかわからないからね。」 目を覆われていても・・・いや、覆われていたからこそ耳元で囁かれた微苦笑混じりの言葉がゾクッとくるほど艶めいていて。 あかねはどばっと赤くなるとまるで倒れるように布団の中に潜り込んだ。 そのあまりに素直な反応に思わずクスクスと友雅は笑ってしまう。 「友雅さん?!まさかまた私の事からかいました?」 上掛けからそっと顔を覗かせて赤い顔でにらんでくるあかねがどうしようもなく可愛くて、友雅はさらっと彼女の前髪を梳いた。 「そんな事はないよ。さっきの言葉の続きは是非聞きたいね。だから・・・・」 そう言って友雅は身をかがめるとあかねの額に優しい、優しい口付けを落として言った。 「早く治って、私に幸せを実感させておくれ。」 ―― ほんの少し、体調を戻した時が恐くなったあかねだった。 〜 終 〜 (Spsial Thank’s 20000hit!! by、東条瞠) |