花火とプラスチックの指輪



遠くから祭囃子が聞こえる夏の宵の口。

どうやら元宮家はいつも以上に大騒ぎの様子・・・・

「お母さん!帯ってこれでいいの?!」

「うーん、それよりその浴衣にならこっちの緑の方が似合うわね。」

「え、でもそっちじゃちょっと子どもっぽいから・・・・」

「ま、生意気言って。でもねえ・・・それじゃこっちの白地の浴衣に黒の帯なんてどう?」

「あ、それがいい!」

和箪笥のある和室の方から聞こえる何やら修羅場な妻と長女の声に、リビングでナイター中継なんぞ見ながらビールを飲んでいた元宮家の家長は、首を傾げた。

「おい、あかね。一体何をドタバタしてるんだ?」

しかし返ってきたのは

「はい!出来上がり。」

「ありがとう!ところで巾着ってどこにあったっけ?」

およそ質問の答えとは遠いドタバタ会話であった。

だが答えは意外な所から返ってくるもので。

「お姉ちゃん、今日は彼氏とお祭りに行くんだってさ。」

「は?彼氏?」

リビングテーブルで本を開いていた次女の答えに父はきょとんっと聞き返した。

「そ、か・れ・し。これから迎えに来るっていうんで今大騒ぎなの。」

「・・・・・・・・・・・あかねに彼氏なんかいたのか?」

初耳だ、とばかりに聞き返してくる父親に次女は悪戯っぽく笑って言った。

「いるんだな〜。すごく素敵な人なんだから。春頃、お姉ちゃん3日ぐらい行方不明になってたでしょ?その頃から付き合いだしたらしいんだけど・・・・」

・・・・まさかその3日の間に、実はあかねが龍神の神子として京という世界で3ヶ月も鬼と戦いその中で噂の「素敵な彼氏」との愛を育んだなどとは、さすがの妹も知らない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうか」

―― ピシッ

「・・・・父さん、グラス握り潰さないでね」

次女が思わず冷や汗をかいてそう呟いた、ちょうどその時

ピンポーン

来客を告げる可愛らしいチャイムの音がリビング及び家の中に鳴り響いた。

無言でがばっと立ち上がる父。

しかしその目の前を、どうしたら浴衣でそんなスピードが出せるのかというスピードで突っ走っていく娘が通過した。

娘はあっという間に玄関に到達してげたを履くと

「いってきま〜す♪」

バタンッ!

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遅くなるなよ。」

玄関に寂しく父の声だけが響いた。










もちろんそんな父の声などすっかり耳に入っていないあかねは、玄関の外に飛び出すと大切な恋人の姿を探す。

「あかね。」

「あ、ともまささ・・・・」

背中側から聞こえた耳障りのおっそろしいほどいい声にあかねはぱっと振り向いて・・・・そのまま絶句してしまった。

街灯に照らされたあかねの彼氏こと、橘友雅はかすりの着物姿だった。

お祭りの時によく見かけるごくありふれた男性の浴衣。

しかしその似合い方が半端じゃなかった。

かすりの浴衣を着流して、柔らかいウェーブの髪もそのままに立つ姿は、男性らしい色気を最大限引き出していて、不用意に彼を見たならしばらくの間ノックアウトされて動けなくなりそうだ。

もちろん、それがいくら彼を恋人として見慣れたあかねであろうとも。

「あかね?どうかしたのかい?」

どこか面白がっているように覗き込まれて、あかねは初めてはっと我に帰った。

「あ、ごめんなさい。だって・・・・」

「だって?」

わざわざ言わずに口ごもった事を察知して意地悪に先を促す友雅に、あかねは頬を赤くしてぽつっと言った。

「だって・・・・すごく素敵だったから・・・・」

「ふふ、ありがとう。あかねも美しいよ。月ですら君と己を比べて、恥ずかしさに身を隠してしまうほどに、ね。」

相変わらずの美辞麗句にあかねはさらに顔を赤くした。

「もう!言い過ぎですってば。」

「そんな事はないさ。少なくとも私にとっては月ですら比べモノにならないほど、君は美しく見えるよ。
・・・・さてと、月がその姿を隠してしまう前に行くとしようか?姫君」

ほんの少し冗談めかして差し出された友雅の腕に、もう・・ともう一度呟いてからあかねは腕を絡めて歩き出した。






お祭りの行われている神社はすでに大分賑わっていた。

参道からずらっと夜店がならび、夏休みを堪能している子ども達やお祭りの雰囲気に年を忘れて盛り上がる大人達が所狭しと遊び回っている。

友雅とあかねも参道から夜店をひやかしつつ歩き始めた。

「すごい人だな。」

「そうですね。でも楽しそうv」

もうすでにじっとしてはいられない、とばかりにキョロキョロしているあかねを見て友雅はくすっと笑った。

(こうしていると年相応に無邪気な少女だな)

「あんまりはしゃぎすぎて迷子にならないでくれると助かるのだけれどね。」

わざわざ意地悪なスパイスを加えた言葉に、あかねはちょっとふくれた。

「子どもあつかいしないでくだい!迷子になんかなりませんよーだ。」

思った通りの反応に友雅は高らかに笑った。

その横顔をにらみながら心のなかであかねはでも、と付け足した。

(きっと、迷子になってもすぐに見つけられるんだから。)

絶対に自信がある。

だって遠い時空の彼方にいた彼すらあかねは見つけたのだから。

こんな人混みなんかに惑わされるはずもない。

それに・・・

(女の人の黄色い悲鳴を辿っていけば会えそうだし)

さっきから周りの女の子達が向ける熱烈な視線を感じていたあかねは、思わず苦笑と共にそう思ってしまった(笑)

ふと、その時あかねの視界の端でチカッと何かが光った。

「?」

なんだろう?と足を止めて光の正体を確かめようと近くの露店を覗き込んだあかねは、その店先にあったモノを見て納得したように笑った。

光の正体は玩具を売っているお店の店先に並んだ玩具の指輪だった。

「懐かしい〜。これ昔欲しかったんだ・・・」

「ふうん?」

つられたように友雅も露店を覗きこむ。

「昔、こういう指輪が欲しいってだだこねた事があるんですよ。偽物だってわかってるんだけどこのお祭りの光の下だとなんだか本物みたいに見えて・・・。
欲しくて欲しくて一生懸命だだこねたんですけど、買ってもらえなくて。」

悔しかったなあ、と呟いて笑うあかねに友雅は少し考えるようにしてから言った。

「それであかねはどんな指輪が欲しかったんだい?」

「え?うーんと、そう!ブルーのやつです。サファイアなのかな・・・あ、こんな感じの!」

そういってあかねが指さしたのは丸い形のプラスチックの青い宝石がはまった指輪だった。

「なるほど。じゃあ・・・・」

友雅はひょいっとあかねの指さした指輪を取るとあっさり買ってしまった。

「と、友雅さん?」

すばやい友雅の行動にきょとんっとしているあかね手を取ると友雅は柔らかく笑った。

「あかねはいくら言っても我が儘の1つも言ってくれないからね。昔の我が儘でも叶えてあげるしかないだろう?」

言うが早いか、友雅はあかねの指に指輪をはめてしまった。

―― 左手の薬指に・・・

(ええええ?こ、これって意味わかってやってるのかなあ)

あかねはドキドキしながら友雅を見上げるが、彼は何も言わずに片手を差し出しただけだった。

「さあ、どうやら花火が始まるようだよ。行こうか。」






シュウウウン・・・・ドオンッ!!

暗い夜空に大輪の花が咲く。

「わ〜!綺麗!」

神社の裏手、ちょうど花火が上がるのがよく見える場所に陣取って花火を堪能していたあかねは一際大きい花火に思わず歓声をあげた。

周りにまばらにいる人もあちこちで歓声を上げている。

「これはなかなか趣があるな。」

感心したように呟く友雅の声にあかねはそうでしょう?とふりかえって、どきっとした。

友雅が真っ直ぐにあかねを見つめていたから。

「友雅さん、花火見てました・・・?」

「見ていたよ。でも・・・・」

そう言うと友雅はすぽっとあかねを背中から自分の腕の中に包み込んでしまった。

「天に咲く花よりも、その花に照らされた私だけの花があまりに美しいのでね、見とれていたのだよ。」

「と、友雅さん!恥ずかしいです!」

いくら暗くて人がまばらだとはいえ、こんな姿を見られるのは恥ずかしいとあかねは慌ててジタバタしたが、もちろんそれぐらいの抵抗じゃ友雅の腕が緩むはずもない。

結局あかねは観念して大人しく友雅の腕の中に収まった。

シュウウウン・・・・ドオンッ!ドオンッ!

クライマックスを飾るかのように立て続けに打ち上げられる花火、かすかな硝煙の香り・・・

ふいに胸が痛くなってあかねはきゅっと友雅の腕に置いた手に力を込めた。

「どうかしたのかい?」

聞いてくる声のあまりの優しさに、あかねはもっと切なくなって微笑んだ。

「・・・・来年も」

「ん?」

「来年も一緒にここで、花火を見てください、ね?」

肩越しに振り返ってそういうあかねに、しばし友雅は目を奪われる。

(まったく、この姫は・・・・)

今自分がどんな顔をしているか、わかっているのだろうか。

さっきまで夜店にはしゃいでいた顔とは全然違う、切なげな女性の顔していると。

そしてその表情が、その言葉に籠もった気持ちがどれほど友雅の心をかき乱すか・・・・

(きっと欠片もわかっていないのだろうな)

友雅は苦笑した。

純粋で素直で、そんな彼女に振り回される。

彼女は友雅に振り回されていると思っているだろうが、実はあれは彼女にはるか時空おも越えてきてしまうほどに振り回された自分のささやかな仕返しである事にあかねが気がつくのはいつのことだろう・・・・?

(もしかしたら一生、無理かもしれないね・・・)

そう結論付けて、友雅はあかねの左手をすくい取るとその薬指に輝く指輪に口付けて、またささやかな仕返しを仕掛けた。





「来年ここへ来るときには、この指輪が本物になっている事を祈るよ。」





「え?それって・・・・」

ドオンッ!!ドオンッ!!

あかねの声は最後の花火と・・・・友雅の唇に飲み込まれてしまって・・・・

花火見物をしていた周りの人々が動き出しはじめる。

友雅は真っ赤になったまま、自分を見つめる深緑の瞳に微笑んで手を差し出した。

「さあ、もう少しまわったら送っていくよ。あまり連れまわすと承諾がもらえなくなりそうだからね。」

「もう・・・・」

あかねは困ったように笑って、大きな手に自分の手を重ねた。

「友雅さん」

「なんだい?」

「あのね、この指輪・・・大事にしますね。」












                                        〜 終 〜





― あとがき ―
夏!夏と言えばお祭りでしょう!・・・といわけで、できたお話がこれでした。
友雅さんとプラスチックの指輪っていうなんとなくミスマッチな組み合わせが気に入って
書き始めたお話だったんですけど、私的ポイントは実は友さんの浴衣姿〜vv
自分で書いておきながら友さんの着流しを想像して撃沈してしまった大馬鹿者です(- -;)
でも似合いそうですよね〜v
あかねちゃんの格好(白地の浴衣に黒の帯)というのは某ワイドショー番組で浴衣のコー
ディネートの例として出てきたんですが、黒の帯がすごく色っぽくって東条は一目で気に
入っちゃったんです。
もっとも、自分じゃできないんですけどね(^^;)