永久の降る日
シトシトと雨の降る朝、八葉の控えの間に現れた友雅に藤姫は驚きの声をあげた。 「友雅殿、どうなされたのですか?」 「どう、とは?」 驚かれた事をいぶかしんで友雅は聞き返す。 「だって今日は神子様がお休みなさるのにわざわざいらしたのでしょう?」 そう言われて友雅はなるほど、と踞頷いた。 (どうりで他の八葉がいないはずだ。) 「藤姫、私は昨夜遅く帰って文も見ずに眠ってしまったのだよ。」 「まあ・・それではご存じなかったのですね。」 「そのようだね。」 申し訳なさそうにする藤姫に友雅は軽く肩をすくめた。 「まあ、折角来たんだ。姫君のご機嫌を伺いにいってもよろしいかな?」 「はい。そうしていただけると助かりますわ。私はお父様に呼ばれていまして・・・」 言葉の裏の意をくみ取って友雅は苦笑する。 「はいはい。神子殿に逃げられないようにちゃんと捕まえておくよ。」 「お願いいたします。あ、でも神子様をおからかいにならないでくださいませ。」 手を出したら許さない、とばかり睨みをきかせてくる藤姫に友雅はくすっと笑った。 「ご心配には及ばないよ。」 「本当でしょうか?」 「本当だとも。それよりも左大臣殿に呼ばれていたのではないかな?」 あっと小さく呟いて藤姫は絶対ですわよ!と念を押すと裾を翻して去っていった。 それを見送って友雅はゆっくりと神子 ―― あかねの対へと歩き始めた。 「神子殿、失礼するよ。」 「友雅さん?」 聞こえてきた返事が少し遠い事に首を傾げつつ御簾をあげて部屋に入った友雅はその理由を知った。 あかねは部屋の中ではなく反対側の縁に座っていた。 「おはようございます。どうしたんですか?」 ちょこっと首を傾げながら縁から動かないあかねに友雅は近づいた。 「神子殿こそどうしたんだい?そんな所にいては雨に濡れるよ?」 屋敷には縁に吹き込む雨を防ぐほどの軒はない。 実際、今も雨の飛沫が頬や髪にかかってくる。 「それが気持ちいいんです。」 楽しげに笑うあかねに友雅は苦笑した。 気持ちいいと言われてもこのまま雨に当たっていれば風邪をひいてしまうだろう。 しかし当の本人はそんなこと考えてもいないというように目を細めて雨に見入っている。 その姿が幼子のようで無理に部屋に連れ帰ってしまうのはかわいそうな気さえしてしまう。 (どうしたものかね・・・・) 少し考え込んだ後、友雅は中へ一度戻る。 「?」 友雅の行動を目で追っていたあかねが視線を雨に戻す間もなく友雅は手に何か持って帰ってきた。 「??」 友雅の意図が読めずに不思議そうに視線で訴えくるあかねを、友雅は背中からひょいっと抱きしめた。 「?!な、え?」 「大人しくしておいで。」 耳元で柔らかく囁かれて、わたわたと暴れていたあかねは固まるように大人しくなった。 友雅は満足そうに微笑むとさっき持ってきたもの・・・・一枚の袿で器用に自分ごとあかねをくるみこんだ。 「なんで・・・・」 「こうしていれば雨が多少かかっても体が冷えることはないだろう?」 「それは・・・・そうかもしれないですけど・・・・」 なんともおちつかなさげにあかねは身をよじらす。 「雨を見ていたいのだろう?」 これは少し意地の悪い聞き方。 別にこうしなければ雨を眺められないわけではないけれど、この方法しか選ばせない聞き方。 案の定、む〜っと考え込んだ後少し顔を赤くしてあかねは改めて友雅の腕の中に収まりなおした。 その預けられた重さと、体温に友雅は僅かに目眩を感じた。 小さな、華奢な体・・・・この体のどこに打ちのめされても戦う力が、傷を隠してかたくなに心を閉ざしていた八葉達を癒す力があるのかと思ってしまう。 しかし確かにこの少女は持っているのだ、その力を。 それは彼女によって今までけして持ち得なかった情熱が心に生まれつつある事を自覚している友雅自身がよくわかっている。 ・・・・その情熱がいったい何故生まれたかもわかっているけれど。 友雅は僅かに溜め息をついて腕の中のあかねに目を翌ニした。 あかねは少し落ち着いたのか、視線を雨に戻している。 「そんなに雨が好きなのかい?」 妙に一生懸命なあかねの様子に友雅は素朴な疑問を覚えてきいた。 「うーん、雨が好きっていうか・・・・雰囲気が好きなんです。」 「雰囲気?」 「はい。向こうにいたときもお休みの日に雨が降るとなんだか嬉しかったんです。あ、もちろんお出かけがあるときは嫌だったですけど、なんにもない日に雨が降ると。 なんていうか、晴れてるときと風景が全然違うでしょ?」 「確かにそうだね。」 「でしょう?それにほら、こうしていると・・・・」 あかねは体を反転させて友雅を見上げるとにっこり笑って言った。 「こうしてると雨の作った部屋に2人でいるみたいでしょ?」 目を、奪われた。 僅かな雨の滴を髪に飾っただけのあかねは、争って飾り立てた宮中の女御達など比べものにならないほど美しくて・・・・ ついぞ感じたことがない跳ねる鼓動に友雅は苦笑した。 (まったく、たまらない・・・・) こんな感情は自分にはないものだとばかり思っていたのに・・・あかねにかかると思いがけない自分を引き出される。 (それも面白いか。) 友雅は口元だけで笑うとあかねを抱きしめている腕にほんの少し力をこめた。 「友雅さん?」 「神子殿が風邪をひいてはいけないと思ってね。君が苦しむ姿をみるぐらいなら自分が苦しんだ方が何倍もいい。」 「え?そんなのだめですよ!じゃあ、戻りますから。」 慌てて立ち上がろうとしたあかねを友雅は抱きしめることで引き留めた。 「?」 「もう少し、このままでいてくれないかな?雨の雰囲気を楽しみたいからね。」 「・・・・わかりました。」 柔らかく懇願されてあかねは溜め息をつくと友雅の腕の中に戻った。 そしてまた、雨の音だけが空間を満たす。 (・・・・願わくば) 雨ではなく、あかねを飽くことなく見つめながら友雅は胸の内で呟いた。 (この時間が永遠であればいい・・・・) さらさらとふる雨の音に友雅は永久を願った・・・・・ 〜 終 〜 |
― あとがき ―
これは月咲夜さまの友雅&あかねのイラストに煩悩h激されて書いてしまった創作です。
いや、いつものごとく月咲夜さまのサイトに行って更新されたイラストを見た瞬間がーーっと
頭の中をこのストーリーが駆けめぐりまして思わず書いてしまったという代物です。
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